第四部 最終章 そして、念願成就へ

 ̄last scene 呪_


被害者遺族である老人が、呪いを行い死んだ…。 だが、そんな事など、広縞は知る由も無い。 午後4時頃まで、テレビのニュース特番に釘付けだった。


テレビの番組が変わる頃。 突如として、ゴロゴロと雷が鳴る音を感じて。


(ハッ)


身震いをして窓の外を見れば、ドス黒い暗雲がマンションの間近に湧き上がり。 急に、部屋が暗く成り始める。


「あっ、雨か・・。 驚かすなよ」


と、広縞が呟く時だ。


「うっ、うぅ…」


この暑さの最中、適温設定をした部屋だと云うのに。 瞬間的に、うち震える様な寒気を覚えた。 それは、とてつもなく恐ろしい何かが、自分の直ぐ其処に来た様な感覚と云って良い。


そして、それは確かな現象で、広縞の眼に現れ出した。


部屋の灯りを点けようかと、思い立った時。


― に゛・くいぃぃぃぃ・・・。 おま・え・・が、にぃぃくぅいぃぃぃぃ…。 ―


広縞の耳元で、こんな男の声がするではないか。 まるで心に直接、ワァっと襲い掛かられるような、そんな響きの声にゾッとした広縞。


(あっ! あああああ・・・きっきききききたっ・・来たっ)


何が遣って来たのか、その何かを朧気ながらに解るからか。 俄に震えだす体と、急速に脅える心。 クーラーが掛かっているが、冷や汗が全身から噴出す感触が身体に走る。 間近から明らかな敵意を感じるままに、声のした方へ向いた。


すると、


「わあっ!!!!!!!!!!」


ギョットして、限界まで見開いた目の中には、42型のテレビ画面がまるまる吸い込まれた。 夕方のこれから、再放送の医療ドラマが始まる告知が流れたのに・・・。 今、テレビに映っているのは、白髪の老人だ。 その様子は、テレビから這い出てきそうな感じで。 テレビ画面に這い付いては、此方を狂気の形相で睨みつけて。 不気味な声で、憎しみの言葉を吐いている。


「うああああっ・・くっくるなあっ!!!」


恐怖に脅えた広縞は、後退しながら叫んだ。


然し。 今度は、テレビ横のベランダに出る窓から、バンバンと窓を叩く音がして。


― おまえが・・・にく・・い・・にくい・・・にくいっ!!!! ―


と、また別の声が。


「へえっ?!!」


更に怯える広縞が、その顔を窓に向けると。 見た目は、中年ぐらいだろうか。 眼鏡を掛けた大男が、何故か頭から血を大量に流して、窓の向こうに立っていた。 血走った目が、鬼気迫るような鋭い視線であり。 この男もまた、広縞に向かって呪いの言葉を吐き散らしている。


「う"っ、うううわああああああーーーーっ!!!!!」


流石に広縞でも、それが生きた人の所業では無い事ぐらいは、直ぐに解る。 実は、この血みどろの大柄男性も、彼が過去に殺した女性の遺族で。 テレビでは、死んだと報道されていたのだから。


(まずっ、ままま・マズいヒぃぃっ)


もう、此処から逃げる事しか、広縞には思い浮かばない。 立ち上がり、慌てふためくままに廊下を転がりながら玄関に向かった。 あの先程に会った神主の元に向かい、全てを話して助けを求め様とした。


(なんでっ・・なんで2人もっ?!!!)


と、素足で玄関のドアにへばり付いた時だ。


― にぃぃぃく゛ぅぅぅいいいい・・・。 おま・・・まえがぁぁぁ、にぃく゛ぅいぃ・・・。 し・・ね・・・しね・しねぇぇぇっ! ―


おぞましい響きの声が広縞の心臓を握り潰さんとして、目の前のドアの向こうから突き抜ける様に、此方へと響いて来るではないか。


「あ・・、あああ・・・ああああ…」


恐る恐る・・・、震えるままに。 ドアに付いた覗き穴へ、その目を合わせると。


「あ"っ」


自分の張り付くドアの向こうには、痩せこけた青白い顔に、白い帯を鉢巻にし。 耳の上辺りに、鬼の角の如き二本のロウソクを鉢巻に挟み込んだ中年の女性が居て。 死人の形相をそのままに目をギョロギョロ見開いては、此方を覗き返しているではないか。


「う゛わっ、う゛わっ! うううわああああああああああーーーーーーーっ!!!!!!!!」


驚いた広縞は、もう腰が抜けてしまい。 まともに立つ事も出来ない様子で、部屋の方に逃げていく。


(あ゛っ!! 窓に御札は貼ったがっ、テレビには貼ってないっ。 まさ・まっ・・さか…)


冷や汗を全身に溢れさせた広縞は、恐る恐る覗き込む様にしてリビングに戻ると・・・。 テレビには、もう何も映っていない。


また、窓にも誰も居なかった。


(げっ、げんか・く?)


だが、もう怖くて怖くて仕方が無い。 ソファーの上に残る御札を握り締めて、クリスタル製の支柱に設けられた螺旋階段を這い上がった広縞。


この部屋のロフトとも云うべき場所は、16畳の間取りがある広いスペースだ。 左には、本棚とデスクが。 右の奥にはベッド。 その手前の壁には、引き戸の付いた収納スペースが在る。


無我夢中でベッドの上に上がり、御札をばら撒いて布団を被った広縞。


「うあああ・・・ななななんまだぶ・・なんまんだぶ………」


全く信心深くも無い人間の広縞が、布団に包って手を合わせるのは、実に滑稽だが。 逆に云うなら、今、自分の出来る事をしているのだろう。


それから、どのくらいが・・・経っただろうか。 空に広がった暗雲が雷鳴を轟かせ、何時しか降り出した雨の音。 それが、不思議と広縞を少し落ち着かせた。 


「………」


ガタガタ震えながら広縞が、布団からこっそりと眼を覗かせると。 部屋の中は、夕暮れの闇に包まれる頃である。


(暗い・・な)


灯りが欲しくなった広縞。 辺りを酷く警戒してから、ゆっくりと顔を出し。 辺りを見回しながら、ベットを出て明かりを点けに行こうと動く。


処が、その時だ。 上と下からゆっくりと湧き出してきた何か。 それを広縞は、知る事など出来なかった。


「なんまんだぶ・・・なんまんだぶ………」


震える口を動かし這い蹲って、恐る・・恐る・・と床に降りる為に、ベッドの縁に手を掛けた時だ。


(あ・・・あああ、な・んだ? な・ななん何か・・居る?)


薄暗いロフトルームを見る視界の下の方に、白い何かがチラッと見えていた。


(ゆっ、ゆっくり・・ゆっくりだ)


ちょっとずつ視線を床に移すと…。


「はヒィィっ!!!!!」


悲鳴を吸い込み釘付けとなる広縞の目は、居る筈の無い別の者の目を見てしまった。 床には、また転がっていた…。 そう、何時だかエレベーターの中に転がっていたあの顔が。 あの時に見た憎しみに染まった獣のような瞳と、また目が合ってしまった。


「うぎゃああああああーーーっ!!!!!!! うわあああっ!!! あああっ!!!!」


首が持ち上がって来る様な気がして、悲鳴を上げる広縞。 元居た場所へもんどりうつ様に、後ろに転がった時。 何かがまた、視界の斜め上の片隅に入る。


(ほっほほほほ、ほかっ、他にもっ?)


フッと天井に向くと。 其処には、白い能面の様な顔をした中年女性が、目だけは血走った獣のように炯々て光らせ。 広縞をギリギリと睨み付け見下ろしているではないか。


「ああああ・・・あわあああ・・・はああ・・・はあああああっ・・・・はあああああああああああっ!!!!!!!」


広縞の悲鳴が正気を失い掛けた様に成るのは、その見上げる人物が死人と解るからだろう。 胸に、乱雑に皮膚や肉を抉った様な穴を作って、赤い体内を見せている。


そして、広縞と目の合うその遺体姿の女性は、体中を血に染めながら。 闇の様な中からダラ~っと、ぶら下がる様な体勢をしていて。


― にくいっ、にくいっ! にくい・にくいにくいにくいにくい・・・・・にくいぃーーーーーーーっ!!!!!!!!! ―


と、言いながら。 絡繰り人形の様な辿々しい動きで、上半身を広縞にヌゥ~ッと伸ばして降りて来た。


「来るなっ! くくくっ、くる・なな。 止めろぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」


ベッドの上で逃げ場を失った広縞は、其処から飛び出す様にロフトの床の中心近くに転げ落ちた。


「あばぁっ! たずけでっ、たたす・・だでか・・助けてっ」


もはや、逃げ道は外しか無いと、広縞は思った。 暗がりの中を螺旋階段に方へ、縺れる足で転げ回るように向かおうとするのだが。 怖れ戦(おのの)いて砕けた腰では、立ち上がる事も出来ず。 必死に思う心と繋がらない体を這いつくばらせては、階段の方へと運ぶ広縞だった。


然し、胸に穴を開けた女性の死体が、ベッドの上に手を着いて。


また、ベッドの下に転がる生首は、ゴロン・・・ゴロンと広縞の方に転がって来る。


助かりたい一心で、何とか這いつくばって階段に辿り着いた広縞は、逃げ降りようと体勢を起こし。 足を階段へと踏み出した。


処が、その時だ。


― しね・・・しね・・しね・しね・・・。 おまえが・・おまえが・・・にくいぃぃぃ……。 ―


新たに、枯れて割れる不気味な声を聴く広縞。


(まだ・・い・居るのが?)


声の出所を耳で辿れば、降りようとしている螺旋階段の先から聞こえて来る。


(嘘だ・・ウソ・だろ?)


絶望感すら漂う気持ちの中で、暗い下に目を凝らせば。 白く長い髪を振り乱した老婆が、ペタリ・・ペタリ・・・と手を使い。 此方へ目掛けて、這い上がってくるではないか。


「ああああああああああ・・・なん・・なんで・・・なんでっ、なんでだあああああああああーーーーーーっ!!!!!」


瞬時に、パニックを超える混乱が広縞の脳裏を襲う。


(嫌だーーーーーっ!!!!!!!!!! 死にたくないっ!)


これまで己がして来た所業を考えるなら、何を言うかと云う処。 なれど、これも確かに人の“在りの儘”でも在る。


さて、外に逃げる道を塞がれたと、広縞が後ろへ振り返ると。


― ごろ゛じでやるぅぅぅ……。 しねぇ・・・しねぇぇぇぇぇぇぇぇ………。 ―


ベッドの下に現れた首が、呪詛の様に不気味な声を発し間近へと転がって来ていて。


また、その先を見れば、心臓の無い異形の女性が、ベッドの上から床に降り様としているのだ。


「来るな゛ぁっ! こっちに来るな゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


囲まれたと悟った広縞は、机の方に退きつつ。


“外に出たい!!!!!!”


と、この一心が内心に噴き出した。


慌ててロフトルームを見回せば。 暮れる頃の鈍い光を僅かに部屋へと零す、ロフトの側面に在る大窓が見える。 この大窓を開いた先には、日光浴も出来る別のベランダに出れるのだ。


然し、其処は只の行き止まりなのに。 戦慄に心を染めた広縞には、それしか見えていなかった。


逆の見方をするならば、


‘誘い込まれた’


とも、言えよう。


「止めてくれっ!!!! もうやめてくれえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ!!!!!」


喉を潰さんばかりの大声を張り上げて、最上階なのにベランダに向かった広縞。


“外が雨だ”とか。


“もう直ぐ夜だ”とか。


諸々・・・そんな事は、もうどうでも良かった。 ただ・・、逃げ出せる場が在れば・・・。 大窓に走って飛び付き、鍵を外して勢い良く開いた窓の外は、‘ザーザー’と音が響く程に降る雨だった。


それでも広縞は、濡れたベランダに飛び出した。


『助かりたい』


この一心で。


然し、40階の上から何処かに逃げ出そうとした広縞は、ベランダから下を見ようとして手摺りに飛びついた。


だが、この時にマンション上空の暗雲より叫び声の様な雷鳴が鳴る。 そして、広縞の頭上にだけ広がった暗雲が俄に渦巻き、何かへと変化して行く。


― このみにうけた・・うらみぃぃ・・・いまこそ・・・はらさんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ―


雨や雷鳴と共に、天から凄絶な声が降って来た。


その声が、己に向かって来たと感じる広縞は、


(嗚呼・・・、ああああああ・・・・あの女、だ)


と、全身を雨に濡らしながら、徐に天を仰いだ。


すると。


(あ゛っ!!!!!)


自分の開ける限界まで、この雨の中に於いて目を見開いた広縞。 やはり、その目に飛び込んで来たのは・・・。 憎しみに顔を歪めた、あの怨霊と化した女性の顔である。 なんと、マンションの天に渦巻く巨大な暗雲からその顔が、はっきりと解る形で産み出されていた。 然も、雷鳴が光る時。 目玉の様な場所が、異様なほどにギョロギョロと動き。 此方を睨んでは、喜ぶ様にニタリと大きく口を開いたではないか。


「ヒッ! ヒィェェェっ!!!! たっ、助けてくでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


己を殺そうとあの被害者女性が来たと解り、精神的に限界まで追い詰められた広縞が逃げたい一心で手摺りに掴り。 グッと200メートル近い落差の有る外側に、その身を乗り出した。


普段ならマンションの裏手に走る大通りを、其処から良く見下ろせる筈だった。


だが・・・。 身を乗り出した所で時間を止める様に、動きを止めた広縞。 自分が殺した筈のあの女性がスぅ~っと下の空間から広縞に目掛けて、怨霊と化した姿で湧き上がって来たのだ。


「・・・」


「・・・」


丁度、身を乗り出して覗いた広縞と、怨霊と化した女性の顔が、直ぐ手の届く範囲で鉢合わせした。


― ゴクッ ―


緊張のあまりに、生唾を飲んだ広縞。


(終わり・・だ)


逃げ場が無いと思う広縞へ。


― さぁ・・・、しねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!―


おぞましい大絶叫を張り上げて怨霊の女性が言った声。 その全てを、広縞は恐らく理解できなかっただろう。 何故なら、言う前に広縞の顔へ手を伸ばした怨霊の女性は、言いながらに広縞の頭を外へと引っ張り出したからだ。


雨が、降る激しさを一層と増す中で、怨霊の女性に掴まれた広縞の首が千切れ。 また、勢いに引きずられて引っ張られた身体が、空中に投げ出された。 そして、引っこ抜いた広縞の顔を天へ投げ上げた怨霊は、胴体から腕、足と引き千切って行く。 バラバラに引き千切られた身体は、落下する首と共に道路に目掛けて落ちて行く…。


その直後。 肉片と化した体と共に、鮮やかな血の雨が一瞬だけ道路に降り注いだ。


天へ昇る悪霊の彼女は、霧の様に消えて行く。


怨霊と化した者達の念願は、成就した。


復讐は、果たされたのだった。





       ―誕生編・完―

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A CURSE 蒼雲綺龍 @sounkiryu999

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