伏見稲荷物語

祐喜代(スケキヨ)

伏見稲荷物語

あれ、おかしいな?

近所の公園を散歩していたら、日が照っているのに雨が降って来た。

シャン…、シャン…、シャン…と、鈴の音が聴こえ、振り返ると、紋付き袴と花嫁衣装を纏った狐の一行がやって来る。

狐の嫁入りだ!…どこへ行くんだろう?

狐たちが通り過ぎて行く様子を眺め、好奇心に駆られて自分も列の最後尾に並んでついて行った。

狐の嫁入り一行がたどり着いたのは京都の伏見稲荷。

商売繁盛の神様だ。

「ここからは私たち狐だけの祝宴になりますゆえ、あなた様とはここまでです。ごきげんよう」

そう言って狐の花婿と花嫁が拝殿の奥に消え、一行も続けて奥に消えていった。

自分一人だけ、ぽつんと伏見稲荷の境内に取り残されてしまった。

「狐ら、あんさんら人間のおかげでたんまり儲けたから、今宵の祝宴はさぞ豪華やろな」

突然後ろから声を掛けられ、振り返ると、金色の猿みたいな小僧がいた。

「この伏見さんちゅうのは、この山に住む狐らが運営している神社でおま。ここの狐らは皆賢いもんやから、昔から人間を誑かして稼ぎまくっとる」

金色の猿みたいな小僧がとことこと歩き出し、手招きしながら拝殿の裏手に自分を誘う。

「この絵馬見てみい。あんさんら人間はこの鳥居の形をした絵馬に願い事を書きよるやろ。病気を治したいだの、恋人が欲しいだの、やれ結婚したい、良い仕事に就きたい、志望の高校、大学に入りたい言うて、思いついた事を何でも願いはるやろ?」

「はい」

「それがニーズになんねん。商売の基本はまず客のニーズを知ってそれに応える事やからね」

「ええ…」

金色の猿みたいな小僧がまたとことこと歩き出し、今度は社務所の方へ手招きする。

社務所には所狭しとお札やらお守りなどの開運グッズが並んでいる。

「はじめは五穀豊穣だけやったのが、あんさんら人間が拝殿に賽銭投げて、ジャラジャラと呟いた願い事や絵馬に書いた願い事を狐らが集めてな、お札やお守りなどの商品を作ったんや。あんさんらを騙すための魔法の文字や不思議な絵柄をデザインしてな、病気に効く、恋人が出来る、金が儲かる言うて売る。あんさんらも伏見稲荷は商売繁盛の神さんや思てわざわざ出向いて来るもんやから、普段は神仏なんかまったく信じへん人も、観光の記念につい買うてまうんやな」

「なるほど」

金色の猿みたいな小僧はお札を一枚取って破り捨てた。

破ったお札は地面に落ちると、ただの葉っぱに姿を変えた。

「ただの葉っぱに魔法の文字を書けば金の成るお札になるいうこっちゃね。あんさんらはその魔法の文字を見て、なんとなく願いが叶う気がする。その気を持ち帰って大事にしてはる人なんかは、何か良い事があった時に、ホンマに伏見さんのご利益があった!言うて喜びよるわ。それがここの狐らのご利益になるんや。よく出来てるやろ?」

「はい」

「ほな、次行こか」

金色の猿みたいな小僧は石段をピョンピョン上り、千本鳥居のある山の方に向かった。

「この山は言うたら、狐があんさんら人間に金を落とさせるためのテーマパークみたいなもんやな。この千本鳥居は迷路みたいに楽しめるアトラクション。ほれ、ここ見てみい」

金色の猿みたいな小僧が鳥居の柱の裏をポンポン叩いた。

「この鳥居はあんさんら人間のお布施で立てたんや。あんさんら人間の商売人が柱の裏に、自分のお店や組合の名前と住所を書いて、迷路を楽しむ参拝客にアピールするんや。人間の商売人が伏見稲荷のスポンサーになって、鳥居の柱の裏に自分の店や組合のコマーシャルを打つ」

「なるほど」

「鳥居の柱は大、中、小とサイズがあってな、目立つコマーシャルを打つにはそれなりのお金がかかるんや。おまけにここの狐らは弘法大師さんと手を組んで、伏見稲荷を全国展開したもんやから、もう超有名になってもうて売り上げは鰻のぼりや」

さすが商売繁盛の神様。スケールが大きい。

しばらく鳥居の迷路を進んでいくと、お稲荷さんの石像を配置したたくさんの塚が見えてきた。

「ここは山に仰山おる狐が自分の貯金箱を置いて小遣い稼ぎをするエリアや。全部に賽銭あげとったら金なんぼあっても足らんで。ほなもうすぐ行ったら茶屋あるから、そこで一服しよか」

金色の猿みたいな小僧の後に続き、汗をかきながら傾斜のきつい石段を上って行くと、茶屋についた。

「狐の商売についていろいろレクチャーしてやってんから、ここはあんさんの奢りで飲ましてもらうわな」

金色の猿みたいな小僧はよく冷えた「冷しあめ」を注文して、美味しそうにゴクゴクと飲んだ。

「人が集まれば、この茶屋みたいに、ここで商売やりたなる人間も出て来る。頂上行くまでの山上りは一苦労や。そりゃ途中で喉が渇いたり、小腹が空いてきたりもするわいや」

「そうですね」

「本来神社ちゅうんは古代の祭祀場やったり、神代の自然の生態系を後世までずっと守る役割としてあるもんなんやけど、いつからかすっかりお金を生む舞台装置みたいになってしもうて、ホンマの神さんはもうおらんようになってしもた」

「ホンマの神さん?」

「そや、ホンマの神さんは皆宇宙からこの地球に来てはったんや。磐座に乗って宇宙から降りて来たんや。神代のこのお山には神さんがウジャウジャおって、元は猿だったあんさんらに宿り、人間にしたんやで。ホンマの神さんはもうおらんけど、この山の頂上にもホンマの神さんが乗って降りて来た磐座がまだあるで」

金色の猿みたいな小僧は話しながら、頂上を目指してスタコラサッサと、石段を上っていく。

「磐座は神社やお寺の“奥の院”と呼ばれてるとこにある事が多いな。ホンマの神さんは目に見えん。あんさんら人間は“ウィルス”とか呼んでるみたいやけど、あれがホンマの神さんや。宇宙から来たホンマの神さんウィルスやったら、どえらいご利益あるで」

頂上付近につくと、注連縄がしてある大きな岩があった。

大人の背丈くらいはあり、苔が覆って緑かがっていた。

立て札には「剱石」と書いてある。

その石の前に立つと、時折ひんやりと冷たい風が吹き、身が引き締まる思いがした。

「ほな、伏見の案内はここまでや。皆ご利益につられて、拝殿拝んで鳥居潜って山上りよるけど、ここの磐座を拝んで帰る人間はあまりおらんな。昔の人間はこの磐座を祭祀場にして、ホンマの神さんウィルスを体に憑りつかして、その力を利用してたんや。ここにはもうおらん思うけど、余所の神社に行ったら、まだホンマの神さんがおるかもしれんから、見つけたら必ず拝むんやで」

金色の猿みたいな小僧はそう言ってスタスタと山を降りて行った。

自分だけがまた一人ぽつんと取り残された。

剱石。

ここが伏見稲荷のホンマの神さんか…

試しにポンポン柏手を打ってみた。

ふと冷たい風が吹き、何かが体の中に入って来る気がした。

ホンマの神さんがまだいるのだろうか?

どんなご利益があるんだろう?

気付くと日がもうだいぶ傾いていた。

さぁ、狐に化かされる前に帰ろう。

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伏見稲荷物語 祐喜代(スケキヨ) @sukekiyo369

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