第110話 どっちが良い?


「──っていっても、正直わたしたちもよく分かってないんだよねぇ」


『大祓戦羽衣』。

 

 大昔から血族当主の家系に伝わっていて。

 強大なカミが現れたときのみ、使用が許されて。

 使うと体に負荷がかかり、寿命が縮む。


 生地に何を使ってるのかすら分からない、とにかくすんごい代物。真っ白けの重ね羽織。っていうことを、つらつらと説明してみる。


「はぁー。ある意味オーパーツみたいなもんですね」


「うんそれ。たぶんそれ」


 意味は知らないけど。


「……あの、確か以前に……血族は元々短命だと……言っていた気がするのですが……」


「うん。だから使うと余計に早死しやすくなっちゃうよ」


 たとえば父様なんか今は三十三で、たぶんあと五年そこら、長くても十年は生き長らえないだろうし。血族、特に当主の血筋は代々そんなもの……なんだけど、ああ、またアトナリアさんが悲しそうな顔をしてる。


「……私はその話、聞いていないのですが。しかし、それでは……」


 眼鏡越しの視線は、わたしとアーシャを行ったり来たりしていて、まあ、言わんとすることは分かる。ハーフエルフのアーシャはただでさえ──エルフほどじゃなくとも──寿命が長いのに、結婚してるわたしがうんと早死しちゃうのは……ってことだろう。

 でもでも大丈夫。そこはさすがわたしのアーシャって話でね?


「私達については心配無用です。対策済みですので」


「ほうほうほう、対策とは?」


 うわ、アリサさんが食いついてきた。なんというか、この人はこの話で大喜びしそうなんだよなぁ……マニさんレヴィアさんの『契約の首輪』でもはしゃいでたからなぁ……


「イノリの寿命が、そのまま私の寿命になる。そういう魔法を使ってるのよ」


 わたしに合わせて、アーシャは長い人生を切り捨てることを選んでくれた。わたしたちは一秒の狂いもなく、全く同じ長さの生を歩んでいる。だからなにも憂うことはないのだー。


「……と、いうわけなんです」


「……」


「……」

 

「──エンッ!!!」

 

 鼻血吹いて倒れた。

 誰とは言わないけど。


「…………アーシャさん……同志……ッ!」


「癪だけど、まあそうなるわね」


「なんでどいつもこいつもすぐ、一緒に死にたがるんだ……」


 対象的な反応のマニさんとレヴィアさんが面白い。唯一信じられないような──たぶん一番まともな──顔をしているアトナリアさんに向かって、先んじて言っておく。


「アトナリアさん。心配無用ってことは、口出し無用ってことでもあります」


「それは、ですがっ…………いえ……」


 一番常識的で一番やさしいアトナリアさんだからこそ、色々考えてしまうことがあるんだろう。

 わたしは血族の当主で、つまりいずれは世継ぎを残さないといけなくて……だけどその子は両親とも、早くにいなくなってしまう。血族の中じゃそれは当たり前のことだけど、外から来たアトナリアさんには、すぐには受け入れられないかもしれない。母様なんかも、父様が死んでも生きられる限り生きてやるって言ってるし。ひ孫の顔までは余裕で見られるんじゃないかな?


「まあ、アトナリアさんにはできれば、わたしとアーシャの子に常識とかを叩き込んであげて欲しいです。わたしたちは甘やかしちゃいそうだから」


「……何とも、荷が重いですね」


 ひとまずは、弱々しくだけど笑ってくれた。なんというか、アトナリアさんには今後も、色々と苦労をかけそうな気がするなぁ。申し訳ない気持ちもあるけど、霊峰ここまで来ちゃったからにはもう、そう簡単に逃げられるとは思わないで欲しい。残念だったなーがはは。


「──お任せ下さいご主人様!お子様にはこのワタシの技術技量の粋を全て伝授して差し上げますよぉ!」

 

 うわ復活した。


「誰もお前には頼んでないわ、メイド」


 んでアーシャに睨まれた。




 ◆ ◆ ◆




 ──とまあ。

 昼間はわちゃわちゃしたり、四人と集落のみんなとの交流を見守ったりしてた。んで夜は愛しの我が家にアーシャと二人っきり。落ち着くねぇ。

 

「これからしばらくは、ちょっと騒がしくなるかもね」


 アリサさん、アトナリアさん、マニさん、レヴィアさんが集落の一員になったって意味でも。同時に、この集落が色々と変わっていくって意味でも。帰ってきたとて、王都へ行く前とは全く違う生活が続くことになる。まあでも、悪い気分じゃない。


「……程々にして欲しい所ね」


 アーシャも悪くないって言ってる。

 夕食も終えて、湯も浴びて、アーシャの魔法で適温に保たれた寝所で二人、並んで座る。どうせ誰も見てないし、胡座をかいて。床にべたっと敷かれた布団の感触は、数日経ってもまだ、ああ帰ってきたなぁって気持ちを思い起こさせてくれた。


「アーシャ」


「んー?」


 膝立ちになって、アーシャの背中に回り込んでみる。いつもの一つ玉は解かれていて、ただただ綺麗で真っ直ぐなサクラ色の髪から、指で梳くほどに湯の残り香が漂ってくる。湯上がりで少しだけ色付いた三角耳が、髪のあいだから覗いていた。


「はむ」


「んっ……」


 口に含む。耳の先端を、少しだけ。唇で柔く揉んでみれば、その度にぴくんぴくんってわずかに跳ねて、可愛らしい。


「あーひゃ」


「んっ、なに、いのり……?」


 耳を食み食まれながらでも、呼べばすぐに応えてくれる。背中をまるごと抱きすくめるように腕を前に伸ばしたら、するすると伸びてきたアーシャの手が胸の前で、わたしの手と重なった。すこーしだけきゅっと押さえつけられて。両手が柔らかな胸元に沈み込む。

 耳から口を離して、でもまだうんと近く、唇が触れるか触れないかくらいの距離で囁きかける。


「まだ、もう少し先にはなると思うんだけど」


「ええ」


「わたしたちもそろそろ、本格的に考えないといけないかなぁって」


「……」

 

 昼間にをしたものだから、夜、アーシャと二人きりの家の中でも、少し考えてしまう。こう、子供だとか世継ぎだとか、そういう類のあれそれを。実際に子供を作るのは、神伐局やら集落近代化の諸々やらが落ち着いてからになるだろうけど。でもまあ、今から話し合っておくのも大事だとは思う。


「というわけで、アーシャ」


「なぁに?」


 すっかり柔らかくほぐれたアーシャの声音が、静かな夜には心地良い。


 

「──産むのと産ませるの、どっちが良い?」


「っ」


 くひゅ、みたいな音が、アーシャの喉元から聞こえてきて。気が付けばぐるりと、視界が反転していた。一瞬だけ見えた天井も、すぐにアーシャの顔とサクラ色に遮られる。押し倒されたー、って分かったときにはもう、両腕もがっちり抑え込まれていた。


「……どこで覚えてきたの、そんな煽り」


「わたしは至って真面目な話をしてるんだけどなー……」


 血族の未来の話をしてるのであって、決して煽りとかじゃないんだけどなー。アーシャは風に捉えちゃったんだー。ふーん……♡


「やらしい目付きね……っ」


「アーシャには言われたくないでーす……」


 薄い敷布団の上で、ぎゅーってのしかかられて。床の硬さが背中越しに感じられるけど、そのぶん体に覆いかぶさるアーシャの柔らかさも、いっそう強く感じられる。だから組み敷かれるのは好き。組み敷くのも好きだけど。


「……じゃあ、どっちが相手を屈服させられたかで決めるっていうのはどうかしら?」


「んー……乗った♡」


 こういう戯れも、何だかひさしぶりな感じがする。いや、『学院』の寮でもけっこう好き勝手やってたけど。なんやかんやとここ最近は忙しくて、あんまりこう、がっつりはなかったから。


「まずは、さっきのお返しからね……ぁむ」


「ん、ぁんっ……あーしゃってば、負けず嫌いなんだぁ……♡」


 騒がしいのも、そんなに嫌いじゃなくなったけど。

 やっぱりアーシャと二人でいる時間が一番好きなことには変わりないなぁって。それを再確認できたのが、もしかしたら、今回の指令の一番の収穫だったかもしれない。なんて、血族の長としてはどうなんだってことすらも、脳裏をよぎってしまう。


 とにかく、とにかく。

 ふふふ……霊峰の夜は王都よりもずーっと、長いのだー……♡



 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 本文中に失礼します。

 お読み頂きありがとうございました。

 拙い部分も多々ありましたが、読者の皆様のお陰で何とか完結まで辿り着けました。いつかはイノリとアーシャの出会いの話なんかも書いてみたいなぁと少し思いつつ、ひとまず予定は未定とさせて頂きます。

 もう一度、最後までお読み頂きありがとうございました!

(♡使いたい欲を抑えきれませんでした。すみません)

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イノリとアーシャの学院潜入記~霊峰の血族当代、山から下りてきたけど早く仕事終わらせて帰りたいです。ね、アーシャ?~ にゃー @nyannnyannnyann

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