第109話 うーん……わりとそう


「──拳が軽いッ!攻め手が単調ッ!!脇が甘いッ!!!」


「ごっ、はぁッ……!」


 派手に吹き飛んでいった。マニさんが。母様にぶん殴られて。


「……お前の母親は、蛮族か何かなのか……?」


「うーん……わりとそう」


 霊峰に戻ってから数日。集落のはしっこの方、ざっくり円形に切り開かれたちょっとした広場のような場所で、マニさんがぼこぼこにされている。母様が「交流がてら腕を見てやりましょう」なんて言い出して、それに率先して手をあげちゃったせいで。

 わたしたちは木陰から見てるだけ。涼しい。この、周りを全部高い木に囲まれてる風景を見ていると、集落に帰ってきたなぁって感じがする。


「大体、何なのですかその紋様は。死にかけの蛍のようになまっちょろく光っているだけではないですか」


「……一応、本気の証なんですが……」


 ぜいぜい言ってるマニさんに対して、母様はほとんど息を乱していない。相変わらず殴り合いはめっぽう強いみたい。わたしなんか、一回も勝てたことないからねぇ。


「あの人も戦力に数えた方が良いんじゃないのか?」


 ちょっと引き気味に言うレヴィアさんだけど……うーん、それはちょっと難しいかも。

 

「しかし、まあ。今日はこの辺にしておいてやりましょう」


「……待って、下さい……!私はまだっ……」

 

「私が体力の限界だと言っているのです」


 母様、むかし父様と一緒にカミと戦った時に、結構酷い手傷を負わされたとかで。それ以降、長時間の激しい運動なんかはできなくなっちゃったらしい。あとわたしを産んで弱ったっていうのもありそう。血族当主の子はだいたい、母親に無理をさせて産まれてくるから。それでも普段は集落じゃなくて山の中で過ごしてることの方が多いっていうんだから、我が母親ながら変わってると思う。


「……でしたら、あの……明日も稽古を……お願い、したいのですが……」


「……良いでしょう。イノリの部下が不甲斐ないままでは困りますからね。最終的には私の幼龍を一人でのせる程度にはなって貰います」


 なんかそういうことになったらしい。マニさん、熱心だねぇ。アリサさんが「じゃあ次はワタシが面倒見てやりますよぉひよっこぉっ!」とか叫びながら、集落に戻った母様と入れ替わる。このままじゃいずれは、マニさんの暴力ぱわーがとんでもないことになりそうな気もしないでもない。まあ、部下が強いのは良いことだよね。たぶん。


 まあそんな感じでマニさんの奮闘を見守ってたら、アトナリアさんがふと思い出したように。


「──ところで、アーシャさん」


「はい」


「我々の所属も定まった事ですし、そろそろ例の『アイリス』について聞かせて頂きたいのですが。勿論、差し支えなければですが」


「ああ、そういえば……」


 アーシャもすっかり忘れてたって感じで頷く。わたしも忘れてた。


「マジの人骨ってのは分かりましたが、オラァッ……ズバリ誰の骨なんです?」


「私の母親のものです」


「……それは、また……」


 ああ、レヴィアさんがまたマニさんみたいな喋り方になっちゃった。アリサさんアトナリアさんなんかは、あんまり驚いてはいない様子だけど。というかアリサさん、こっちの会話にも参加するんだ。器用だねぇ。


「……正直、親族か縁ある人物なのではないかとは考えていました。ただの直感ですが」


 まあ、誰とも知れないやつの骨を大事にするようには見えないよね、アーシャは。


「とはいっても、その母はわたしを産んですぐに亡くなったそうなので、あまり実感は」


「では、あの杖を作ったのは奥方様ではなく」


「父ね」


「……奥方様がちょっと理由の一端が、垣間見えた気がしますねぇオラァッ!」


「ごふっ……!」


 アリサさんは妙に納得したような顔でマニさんを転がしていて、でも確かに、アーシャはお父さんに似てる部分が結構あるというか。全然似てない部分もいっぱいあるけども。

 

「母は優れた魔法使いのヒューマンで、父はエルフ……その中でもとりわけ、他の文明圏から離れた秘境で生きる集団の若長だったそうです」


「……確かに、源流氏族に近い血筋のエルフには、そのような者達もいるとは聞いていましたが……成程」


 その氏族っていうのがどういうものなのかは正直良く分からないけど……少なくともアーシャのお父さんは、とにかく偉そうなエルフだった。自分のこと“俺様”って言ってたし。でも一方で気風も良くて、笑うときはガハハって大口を開けるような快活な人だった。わたしはわりと良い人だと思ってたよ。根っこのところは傲慢だったけど。それはわたしもだし、アーシャもだ。


「隠れ里に迷い込んだ人間の母と恋仲になり、里も何もかも捨てて二人で外に飛び出して……母が死んでからは幼いわたしを連れて片田舎を転々と。そんな折にこの霊峰、血族の集落に流れ着いた」


 どういうわけだかアーシャはハーフエルフなのに魔法が使えたから、彼女のお父さんはそんなアーシャと一緒に身を隠しながら生きてたらしい。それでいっそ、山の中にでも籠もるかーって霊峰を登ったら、わたしたちの集落を発見した。確か本人がそんなことを言ってた気がする。ちなみに、ふつうこの集落はそんな簡単に見つけられるものじゃない。


「……妻の脊椎を杖にしようなどと、正直理解が及ばないが……それで何故、魔法の出力が向上する?そも父親は普通の──魔術に秀でたエルフだったんだろう?」


「母はひどく妖精に好かれていたそうよ。『アイリス』はその名残で、妖精が寄ってくるようになるだけのもの。直接魔法の出力を上げているわけではない」


 妖精が多く集まればその分、魔法も強力になっていく。アーシャのお父さんは単純に、奥さんを連れて歩きたいから作っただけだって笑ってたけど。


「……ちなみに……そのお父様は、今はもうここには……?」


 お、ひとしきりすっ転がされたマニさんがこっちに戻ってきた。小休憩、らしい。


「死んだわ。私が殺した」


「憑いたカミをわたしが祓ったあとにね」


「…………」


 レヴィアさん、だから聞くのはやめておけと……みたいな顔でマニさんを睨んでる。いやまあ、もう過ぎたことだし、特段隠すほどの話でもないんだけどねぇ。数年前に、流れてきたカミに魅入られて色々しでかそうとしたっていうか、反魂のなんとか?みたいなことをしてアーシャのお母さんを蘇らせようとしたっていうか。まあでもそんなこと、たとえカミの力があろうともできるものじゃないし。何やかんやで祓って、本人がそう望んだから、アーシャが殺した。それだけ。


「……流石にそれを罪と咎める事は、私には出来そうもないですね」


 複雑な表情をしているアトナリアさん。ちょっと重たくなっちゃった空気を変えるためにか、レヴィアさんが今度はわたしの方に目を向けてきた。


「『アイリス』に関しては分かったが……ではあの『大祓戦羽衣』とやらは何なんだ?随分と体に悪そうな代物だったが」


 みんな、アドレア・バルバニアとの戦闘の終わり際を見ていたらしくって、ならそんな感想を抱くのも分からないでもない。悪そうっていうか、実際体に悪いし。寿命縮むし。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 本文中に失礼します。

 次回で完結となります。

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