後日 霊峰にて
第108話 わたしベッド欲しい。ふかふかのやつ
お上が最終的な決定を下したのが、アドレア・バルバニアらを捕縛してからちょうど一週間後。そしたらもう王都には用もないってことで、ようやく帰路についた。わたしとアーシャにとっては、帰路。
列車に乗って王都を離れ、辺境の片田舎から車で霊峰の麓まで。そしてそこからは歩きで山登り。大急ぎで王都まできた母様と違ってこっちはゆったりまったり、多分二倍くらいの時間をかけて。
「──やはりお上は、隠すことを選んだね?」
そうして数カ月ぶりに戻ってきた故郷──霊峰の只中にひっそりとある血族の集落。愛しの我が家でわたしは、四人がけの机に座って父様と向かい合っていた。となりにはもちろんアーシャが。父様のとなりには母様が腕を組んで座っている。母様も今日はわたしたちお馴染みの恰好、緩くて質素な貫頭衣姿だ。
「まあ、政府が万が一にも、アドレア・バルバニアの言い分に同調しちゃったらマズイからねぇ」
「それはそうだ」
例によってわたしと父様しか読めない報告書を挟んで、ふたりして頷き合う。たぶんだけど、普通の人からしたら、人類種の能力拡充ってけっこう魅力的な響きだろうし。妙な気を起こして“カミを捕らえて利用せよ”なんて言い出されたら堪ったもんじゃない。神霊庁としても、霊峰の血族としても。
てわけでまあ、『学院騒動』(ってお上が呼称してた)はあくまで“カミを利用しようとするも御しきれずに大変なことになった“事例として、王立政府には通達された。こんなことになっちゃうんだから、神様を利用しようだなんて考えちゃ駄目だよーってね。コトの真相を知っているのはわたしたち血族と、ここに居る
「──貴様らも、決して口外する事無きよう」
母様がわたしの後ろに立つ四人──アリサさん、アトナリアさん、マニさん、レヴィアさんに睨みを効かせる。一見して柔和な優男に見える父様と、偉そうで居丈高な母様。なんというか、人に言うことを聞かせたいときには良さそうな組み合わせだよねぇ。我が両親ながら。
「お任せ下さいっ。何せ口の硬さには定評がありますからねぇ!」
そんな評判聞いたこともないけど、まあ元諜報員なんだし口は固くないとマズいか……なんて、自分の目的をべらべら喋ってた頃の姿を思い出しつつも、ここはアリサさんの言うことを信じるしかない。ほかの三人もこくこく頷いていた。幸いにしてアリサさん以外の面々は、カミの力の恐ろしさを──自分や大事な人が狂わされたという意味で──身に沁みて味わったから、価値観はすでに
「頼もしいね。我々の同志としても、今後も期待しているよ」
「お任せ下さいっ、この当代最優のメイド忍者、アリサ・アイネにねぇ!」
ほんと好きだねぇ、その肩書き。
無事に忍び衆から足抜けして、神伐局の局員として正式に迎え入れられたとあってか、ここ数日のアリサさんは上機嫌だ。いつも楽しそうと言えばまあ、そうなんだけど。
「もちろん皆さんも。我々の手の届かない部分のサポートを、是非に」
それぞれの顔を見回しながら言う父様に、みんなやっぱり神妙に頷く。対して母様は、レヴィアさんをひと睨み。
「レヴィア・バーナート。本来であれば、貴様のような罪人が自由にその辺をうろちょろしている事自体が有り得べからざる話なのだと、しかと心に留めておきなさい」
「……ええ、それは勿論」
血族的に一番特殊な立ち位置なのは間違いなくレヴィアさんだし、実際彼女だけは神伐局局員補佐、っていう肩書きになってる。本人も、それに異を唱えるでもなく粛々と従っていた。まあ一歩間違えれば第二のオウガスト・ウルヌスだったかもしれないわけだし、彼女としても罪の自覚は強まってるんだろう。
「──まあそういうわけで。何かと不便な場所ではあるけど、ここが神伐局の活動拠点になるから。改めてよろしくー」
あんまりねちねちやるのもかわいそうなので、ちょっとだけ話題を変える。“ここ”っていうのはこの集落全体って意味でもあるし、局長と副局長がいるって点ではある意味この家がってことでもある。いやもちろん、局としての本拠も建てるけども。四人の家もね。今は空き家にすし詰め状態で入ってもらってます。ごめんねぇ。
「インフラとやらの整備も進めていくという話ではないですか。なんやかやと言って、血族も変わらざるを得ない、と」
「まあ、時代ってやつだね?」
外から入ってきたわりに血族に馴染み過ぎている母様が、感慨深そうに唸っている。
実働部隊なのだから、今回の『学院騒動』のような事態に際してわたしたちは、現地に赴いて調査・解決に当たらなくちゃいけない。だけどカミの本来の性質上、この霊峰を完全に空けるわけにもいかない。というわけでお上は、この集落を活動拠点にしつつも身軽に動けるように移動の便を良くして……それに合わせて、集落全体を近代化しちゃおうって計画を立ててるらしい。魔導線も引いて、現代の魔術家具なんかも導入していくんだってさ。すごいねぇ。
「我々としては正直、ありがたい話です」
ってこぼしたアトナリアさんとか、マニさんレヴィアさんなんかはずっと現代文明の中で生きてきたわけだからまあ、ここの生活様式にも慣れないだろうし。神伐局の人員だって、今後も増やしていく方針らしいし、住み良くなるのはいいことだ。ほどほどに人里離れてる感は維持しないといけないけども。
「わたしベッド欲しい。ふかふかのやつ」
「そうね」
「……敷布団というのも……中々新鮮で、面白い……ですが……」
マニさんは逞しい。レヴィアさんは正直落ち着かないって言ってた。
「イノリもすっかり都会に染まったね」
「そうかな……そうかも」
指令が下った当初はめんどくさーいって言ってばっかりで……いや今もやっぱり我が家が一番って気持ちは変わらないけど。ふかふかベッドだったり缶のしゅわしゅわのお酒だったり、そういうのがないのが少しだけ物足りなく感じちゃう程度には、王都の文化に毒されて帰ってきてしまったらしい。この集落と同じで、わたしも変わらざるを得なかったってわけだ。
「そういえば、『学院』の制服も持って帰ってきてるよ」
「へぇ、それはちょっと見てみたいかな」
「私は既に一度見ていますが。どうですか、羨ましいでしょう」
「母様はなんでどや顔なの」
「どや……?」
「そういう得意げな顔のこと」
「成程……どや……」
「──あ、一応ワタシも忍び衆時代の正装などかっぱらってきてますよ」
「誰もお前の話はしてないわ」
「辛辣っ。ご主人様、奥方様が相変わらず冷たいのですが。もう我々は正式に同じ局の仲間となったわけですし、もう少しマイルドに接して頂いても良いとは思いませんか?」
「まいるど」
「お断りよ」
「だってさー」
「ですよねー」
「……このやり取りだけは、『学院』にいた頃と何ら変わりないな」
「……だね……」
「正直、少し落ち着きますね。アリサさんには悪いですが」
ただ、諸々変わっていく一方で、どこに居ようがどこに行こうが変わらないこともまた、あるわけで。
わたしにとってのそれがたぶん、アーシャといるってことなんだろうなぁって。『騒動』に頭を悩ませることもなくなって、だけども『学院騒動』以前よりも賑やかになった我が家で、そんなふうに思った。
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