第107話 んじゃーお言葉に甘えて
「……秘匿される可能性が高いという事は、やはりお上はカミを超常的な存在のままにしておきたい……のでしょうか」
「と、思います。血族的にも、カミを資源と考えるだなんてとてもできないはずです」
アトナリアせ──さんの問いに、アーシャが代わって答えてくれた。相違次元生命、たとえ生命であったとして、人類種など遠く及ばぬ埒外の
ハトア・アイスバーンの参加によって、カミ──相違次元生命がこちら側の次元に干渉する際に、人類種の脳みその一部を媒介にすることが判明した。そしてその副次効果として、人類種の、特に魔力を扱う能力が飛躍的に高まることも。魔術も魔法も、体の内側だか外側だかの違いはあれども魔力をどうこうして発現させるところは一致している。だからカミの片鱗を用いた者たちは、それらの技量が向上する。
「……それだけ聞くと、夢の新技術のようだがな」
ふと、自爆の傷ももう全く残っていないレヴィアさんが、反芻するわたしの声に反応した。全く言う通り、これのせいで人生めちゃくちゃになった当人からしてみれば堪ったものじゃないだろう。
──そもそも、カミの干渉が人類種の能力を向上させる一方で、一般的に人類種は、他次元からの干渉を遮断する機能を頭蓋の内側に備えている。それもまたハトア・アイスバーンの研究で判明した事実の一端……らしい。
「アイツらが『フィルター』と名付けたその機能が、干渉してこようとするカミの力と反発し合い、脳に多大な負荷がかかる。その結果、多くの場合精神に異常をきたし言語と意思を失ってしまう、と」
なんかそういうことらしい。アリサさんの説明を何回聞いても、この辺りからちょっと、私にはよく分からなくなってくる。
「大昔からカミの干渉を受け続けてきた人類種が、世代を重ねるごとにそれへの抵抗力を高めていった……という可能性はあるわね。風土病に対して土着民がある程度の耐性を持っているようなもの」
アーシャは付いていけてるらしい。すごい。
「ええまさしく。そうなれば個人的には──言い方は悪いですが──、カミへの適合性が低い方が人類種としては優れているような気はしますけどねぇ。頭に入ってこようとする他生命への免疫機能がきちんと働いている、という訳ですから」
「……ですが、理事長らは……そうは判断しなかった……」
「ええ、むしろ真逆。カミの干渉を受け入れられる事こそが、優れた能力なのだと考えた」
ま、マニさんもちゃんと付いていけてる……
アリサさんとアトナリアさんが交互に話を展開していくけど、もうわたしだけ完全に置いてけぼりだ。
「その能力を生まれながらに持っている事こそが才能であり重要なのだと考えるオウガスト・ウルヌスと、人為的な脳機能の拡張によって開花させる事が可能なのだとするハトア・アイスバーンで、派閥争いが生じた……本当に、本当に愚かな話です」
「そして、その両派閥を統合した存在──生得的にカミを感じ取る事が可能で、かつハトア・アイスバーンによる機能拡張を受け入れ更に適合性を高めたアドレア・バルバニアが、『学院』に居着くカミそのものを一度身に降ろし、その後『フィルター』の機能を物質的に再現した特殊建材による地下施設内へ捕縛する事に成功した」
えー、えーっと……
「……そ、それが今春以降の、異常な件数の『騒動』を引き起こす要因となった……で、あってるよね?」
「ええ。カミを管理下に置き、任意に『騒動』を引き起こせるようになったというわけね」
よし、よしよし。理屈は理解しきれてないけど、起きたこととの関連はちゃんと分かってる……はず。えー……あー……確かわたしたちを呼び寄せたのも、『騒動』と類似の現象を『学院』外でも調べているうちに、カミに干渉する存在を嗅ぎつけたからとか言ってたっけ。間の悪いことに、ここ最近お上が霊峰外でのカミの動きを気にかけすぎていたせいで、“何か自分たちと同じ事象を調べてる奴らがいるぞ”って勘付かれちゃったらしい。
「最終的な目標を“相違次元生命及びその有用性の流布”と定め、かの存在を消滅させる事ができる霊峰の血族の程度を見極め、その上で“殺すなんて野蛮で古臭い。それより有益な資源として活用しましょう!”と政府及び各種機関、果ては市井の民にまで喧伝しようとしていた──とか言うんですから」
「やはり、平静な判断力を失っていた事は否めないですね」
「ノルンの仰る通りっ。まぁとはいえ、情状酌量の余地などありはしませんが」
アリサさんに名前で呼ばれてちょっと慣れない様子のアトナリアさん……は今は置いておいて、アドレア・バルバニアは生まれ持ってしまった特異な──彼女らの言うところの“才能”によって道を違えてしまったのは確かだろう。でもだからといって、しでかしたことが許されるわけではない。お上が許すはずもない。もちろん、わたしも。
「……王国に轟く王都学術研究機関『学院』も終いか……なってしまえば、あっけないものだな」
レヴィアさんの言葉通り、『学院』はすでに閉鎖・解体が決定している。ハトア・アイスバーンが表の法もぶっちぎりまくってるし、アドレア・バルバニアはそれを容認、どころか協力していた。あとはまあ、カミだ何だとは公表できなくとも、表向き言われていた薬物だか外法の類だかを『学院』側が流布していたって形で、それ関連の罪状もありありの盛り盛り。というか、そもそも。
「主犯の三人も他の関係者たちも、全員カミを祓った影響で駄目になっちゃってるし。ここから『学院』を再興させるのは無理っぽいよねぇ」
全員、容赦なく完全に祓ったので。大半の奴らはもう二度と正気に戻ることもないだろう。自然死に至るまで、お上がどこだかに幽閉する手はずになってる。その中にグラント教官夫妻がいたのはちょっと残念だったけど……あの二人はまあ、運が良ければ多少は自分を取り戻せるかもしれない。運が良ければね。
とにかく『学院』はもうおしまい。元々神伐局に内定してたマニさんとレヴィアさんは、そのままこっちで引き取る形になった。んで、それともう一人。
「せん──アトナリアさん、本当に良かったんですか?貴方であれば、『学院』でなくとも教師としてやっていけるように思えますが」
「ちょちょちょっ、奥方様!?折角ノルンが決心したんですから、蒸し返さないで下さいよぉっ!」
「黙りなさいメイド」
「あはは……まあまあアーシャさん、これは私自身が決めた事ですので」
「……そうですか。ではこれ以上は、私からは何も」
アトナリアさんも、こっち側に来てくれるんだって。ハトア・アイスバーンのような者をこれ以上生まないように、自分にできることをしたい──だってさ。心強いねぇ。
「……喜ばしいですが……同時に、私の存在意義が……」
「マニさんも十分戦力として頑張ってくれてると思うよ、わたしは」
むしろ最初っから色々でき過ぎるアリサさんアトナリアさんが普通じゃないんじゃないかなぁって。
「……より一層、頑張ります……」
「まあ、無理しない程度にねー」
「……わたしも、できる限りの努力はしよう。才は無いかも知れんがな」
「程々にしておきなさいよ」
……とまあこんな具合に、気付けば話の内容も『騒動』から自分たち自身のことへと移ろっていて。実際、わたしたちがすることはもう何もないんだから、これ以上気にかけることもまた、何もない。お上は頭が痛いだろうけども。でもやっぱり、沙汰を下すのは早いはず。だからこうして、ふかふかなベッドとアーシャの膝の上でごろごろだらだらしながら、きっともう少しで決まるだろう最終的な判断を待って。それから。
「──ふぁぁ」
「眠たい?」
「ちょっとねぇ」
「良いわよ、寝ていて」
「んじゃーお言葉に甘えて」
──ようやく、霊峰に帰れるってわけだー。行きは三人だったけど。帰りは六人で、ね?
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本文中に失礼します。
今回で四章終了となり、引き続き明日から一日一話ずつ、エピローグ的な話を三話ほど投稿して完結となります。
というわけでよろしければ、明日もまた読みに来て頂けると嬉しいです。
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