第106話 ぜんぶ秘匿するに一票


 かくも落ち着くくつろぎ空間。そう、ラブホです。


「いやぁ我々もラブホ生活が板に──っと、前も似たような事言いましたねワタシ」


 おどけた様子のアリサさんに頷いて返そ……うとしたけれど、わたしの頭はいまベッドの上……のアーシャの膝の上にあるわけなので、こくこく動かすこともままならない。『大祓戦羽衣』を使った分かりやすい反動というか、血が抜け出ちゃったことによる諸々はまぁ、数日ですっかり良くなったけれど。あれから一週間近く経った今でも、アーシャは過保護なままだ。まあ、もう一通り終わったわけだし、気を張る必要もないからねぇ。アーシャの太もも最高。いい匂いする。

 

 ちなみに今回はきちんと三部屋抑えて、寝るときはわたしとアーシャ、マニさんレヴィアさん、アリサさんアトナリアさん(もう先生じゃない、らしい)に分かれて寝てる。広々快適だぜがはは。


「そろそろお上の方も、諸々決めるんじゃないかと思うけどねぇ」


 アリサさんがハトア・アイスバーンに『プロテクト』を解除させたのが数日前。本人曰く「ちょっとあるコトないコト嘯いて脅かしたら言うこと聞いてくれた」とのことだけど、何をしたかついてはたぶん、聞かない方が良いんだろうなぁって思う。とにかくそれで、そのハトア・アイスバーンとオウガスト・ウルヌス、そしてアドレア・バルバニアとのもとんとん拍子に進んで、明らかになった情報とそれらをどう扱うかを、只今お上が絶賛協議中って感じ。


「どうなるかしらね」


「うーん、ぜんぶ秘匿するに一票」


 世間に、ではなく。王立政府に対しても、って意味で。

 それくらい、今回明らかになったことはある意味で、お上にとっては都合が悪い話かもしれないから。

 

「あり得るわね……にしてもまさか、アドレア・バルバニアのような人物が存在したとは」


 今回の『学院』を舞台にした『騒動』の発端というか、一番の根っこにあった源流は、アドレア・バルバニアが生まれつき、平時からカミを認識できてしまうほどに適合性が高かったことにあった。彼女は若い時分からすでに、見えざる何某かの存在を感じ取っていた。


「性質としてはむしろ、血族側に近かったかもしれないねぇ」


 相違次元生命なんて名前をつけるよりもずっと前……『学院』を設立した当初から、その見えざる存在を解明することが彼女自身の大きな研究テーマだったらしい。とはいえ、存在を実証できない何某かのことなんて、軽々に人に話せるものでもない。実際、若い頃のアドレア・バルバニアは、ただ単に自分の頭がおかしいだけって可能性も視野に入れながら一人で細々とやっていたんだとか。


 そんな中であった一つめの転機が、今から三十二年前。

 カミが──のちに彼女らが相違次元生命一号と名付けた存在が『学院』に現れたとき。通常、堕ちし神は方々を流離いながらやがては霊峰へと流れ着いてくるもので、このカミもまた、たまたまその道すがらに『学院』を通っただけ。だけど運悪く、学術研究機関たる『学院』に渦巻く知欲と、かのカミのさがが噛み合ってしまい……かの者は一時、ここに留まることを選んだ。

 そういうの自体はまあ、稀にある。神様カミにとってちょっと居心地が良い地、なんていうのは確かに存在する。それでもいずれはその地を離れ、霊峰へ辿り着くはずなんだけど……アドレア・バルバニアの存在が、それを狂わせた。

 カミの片鱗は元来、ごくごく稀に、カミ自身の意思によって人々にもたらされるもの。そうして『学院』内で時折起きていた、わたしたちが『騒動』と呼んでいるのと同じような出来事を調査していく内に、アドレア・バルバニアはカミが紛れもなくそこに居ることを確信した。自分の妄想なんかではないその存在をどうにか解き明かし実証できないかと、その思いをより強めていった。


 二つめの転機は、それから約十年後。

 オウガスト・ウルヌスを教員として迎え入れたとき。彼はアドレア・バルバニア程ではないながらも、カミの力に対して高い適合性を示していた。カミに見初められて片鱗を手にし、それでもなお自分の意志を保っていられるほどに。無論、力によって狂わされたのは間違いないけれども。まあとにかく、自分と近いレベルで研究できる人間が現れたことで、アドレア・バルバニアは“議論”ができるようになった。今までに得られた情報を精査する、そこからカミの特性を類推する。そういったことを、複数の視点からできるようになった。オウガスト・ウルヌスもまた、カミの力との適合こそが、魔法の習熟に行き詰まっていた自身の真の才能だと考え積極的に協力していた。この時期に、カミに対する色々な仮説が積み上がっていったらしい。


 んで、三つめの転機はそこからさらに十二年後。

 ハトア・アイスバーンが『学院』に入学してきたこと。ある意味で彼女が、今回のような結末に至る一番の要員だったかもしれない。ハトア・アイスバーンの魔法への劣等感と魔術への忌避は、この時点ですでに彼女の内側に巣食っていた。『学院』という、優秀な魔法使いも多く存在する場所で過ごしているうちに、それはもう制御不能なくらいに膨らんでしまって。魔法を扱う才はどこに在るのかという疑問、天賦の才を持つ魔法使いと、凡百な魔術師である自分との違いはどこにあるのかという疑念。それは神秘にして禁忌たる頭蓋の内側にあるのではないかという妄執。それでも、人類種のを調べるだなんて流石に……本人曰く、そう踏み留まっていた自分に一線を越えさせたのは、他ならぬカミだったらしい。責任転嫁ってやつだね。

 あるときハトア・アイスバーンは、カミの片鱗を用い正気を失った生徒──魔法使い──と遭遇した。それは全くの偶然で、だけどもこの頃にはすでに“『学院』内で稀に、薬物ないし外法の何かに手を染めてしまう生徒がいる”なんてのは噂として広まっていたようで。どう見てもまともじゃない目の前の生徒に対して、彼女はこう思ったらしい。


 ──こいつなら、頭を切り開いても問題ないんじゃないか?


 って。問題大有りです。

 本人曰く、この時期はもう無神経なエルフの教師にうんざりしていて、自制ができなかったんだとかなんとか。責任転嫁ってやつだね。まあとにかく、それがきっかけで色々と法的にまずいことをしまくっていたら、カミの影響を追っていたアドレア・バルバニアに嗅ぎつけられちゃったと。そこで理事長様が理事長様らしくハトア・アイスバーンを罰していれば、また話は変わっていたんだろうけどねぇ。

 

 何のかんのと言って、アドレア・バルバニアの精神性は常人の枠を逸してはいなかった。だからこそじわじわと、歯止めが効かなくなっていってた。『学院』にカミが流れ着いてから二十うん年、そうでなくとも幼少期から感じ続けていた超常の存在に、彼女もまた心を狂わされていた。

 アドレア・バルバニアはハトア・アイスバーンを糾弾するのではなく、彼女を抱き込んで協力させることを選んだ。カミの片鱗を用いた者とそうでない普通の人を比較するに際して、頭蓋の内側なんていう新しい視点を得てしまった。


 で、悪いことにそれが、研究をもの凄く進展させちゃったと。

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