第105話 さようなら、ハトア・アイスバーン


「──ハトア」


「ハトア。今日は貴女に、最後の挨拶をしに来ました」


「ええ、最後です。貴女に委細を語らせるのはアリサさんの務めだそうで。貴女と言葉を交わせるのも、これが最後になるだろう、と」


「交わすと言うより、私が一方的に話すだけになってしまいそうですが……」


「…………」

 

「……貴女を正しく導けなくて、ごめんなさい」


「私は、貴女の事を何も理解できていなかった。そして貴女の所業を目の当たりにした今、なお一層、二度と、貴女の事を理解できるだなんて思えない。その歪みが大きくなる前に取り除く事ができなかったのが、私の教師としての最大の過ちでしょう」


「…………」


「……貴女がカミの力を魔術の出力向上に充てなかったのは、自身の魔術の才を殊更に疎んでいたからなのですか?異様な回避挙動は……そうですね、イノリさんに殴られたのを根に持っていたとか?貴女、結構執念深そうですからね」


「……ああ、また知ったような口を聞いてしまいましたね。こんな事だから私は……貴女は……」


「…………」

 

「……私にできるせめてもの償いは、今後また貴女のような者が……貴女のせいで狂わされた生徒達のような者が現れるのを、少しでも防ぐ事だと考えています」


「教師を名乗るには、私はあまりにも不甲斐ない」


「二度と会う事はありませんが、せめて貴女のそばに、教師としての私は全て置いていきましょう」


「それが貴女にとっても、私にとっても、きっと耐え難い罰になる。貴女は私が、大嫌いなようですからね」


 

「──さようなら、ハトア・アイスバーン」

 


 

 ◆ ◆ ◆




「──やあやあやあどうもどうも!調子はいかがですか、ハトア・アイスバーン」


「ええ、はい。いやはや全く『プロテクト』というのは厄介なものですねぇ。奥方様の助力を受けつつ、ワタシもやってはいるのですが……」


「アドレア・バルバニアもオウガスト・ウルヌスも、中々全てを喋ってはくれませんで」


「ああいえ、我々が地下施設を掘り返したと伝えた辺りで、動機に関してはべらべらと語ってくれるようになったのですが」


「“相違次元生命を利用した人類種の能力拡充と発展”でしたか。言葉だけ聞くと中々建設的な研究テーマではありますね。その為のサンプルとしてカミを捕らえ、アレやらコレやらしていたと」


「しかしその研究方法と得られた成果に関しては、頑として口を割らない。口を割らないという事はつまり、何か後ろめたいコトをしていたのだろうと。こちらとしてはそう考えざるを得ません」


「となればまあ、やはり『プロテクト』を破り洗いざらい吐いてもらう必要があるわけでして」


「なのでこうしてもう一度、お前の顔を見に来てやった次第」


「お前が『プロテクト』開発実用の主幹であった事くらいは、諸々のタイミングを鑑みれば予想が付きます」


「と、いうわけで『プロテクト』について委細ご享受願いたいのですが」


「…………」


「ふむ。まあ教えろと言われて素直に喋るようなら、今こんな状況にはなっていませんよね。ハイ」


「…………」


「──ところで。先程も言いましたが我々は、生物研究棟の地下施設を全て掘り返しました」


「いやはや……出入り口が完全に存在しない、転移の魔法・魔術でのみ立ち入る事ができる空間とは。悪党共の誰もが考え、そして誰もが断念する秘密の研究施設。浪漫があって大変よろしい」


「流石のワタシもマジでそれをやる……というかできる輩が現れるとは思いませんで。研究資料も全てそこに収めているとなれば、当然見付けられるはずもなく」


「まあ全部掘り返したのですが。奥方様が。いやはや隔絶した魔法というのは最早、天災と然程も変わりませんね」


「おや、どうされました?そんなに不機嫌そうな顔をして。ああいや、お前の訳の分からない回避挙動も中々のものでしたよ?お前に必要なものだったとは思えませんが」


「まあ兎角、そんな隠しに隠された研究資料すらも、内容は表層的なものばかりで、お前達が具体的にどういった方法で研究を進めていたのかは記されていなかった。恐るべき警戒心です」


「しかししかし、表層からでも分かる事はあります。えー、例えばコレ──」


「──“相違次元生命からの干渉は、とりわけ人類種の脳の一部に強力に作用し、その機能を過活性化させる”そうですね?」


「これは凄い大発見ですよ。いえそもそも、世間的には相違次元生命──カミの存在そのものが大発見どころの騒ぎではないのですが」


「兎に角そのカミが人類種に力を与える過程において、人類種の脳機能が関連していると。それを解明する事ができたのであれば成程確かに、かの存在を超常的な『カミ』ではなく、研究と利用が可能な『相違次元生命』として扱うのも理解はできます」


「よくもまあ調べたものです。ある種の聖域、暴き立てる事は禁忌とされている人類種の脳の働きなど、よくもまあ」


「──お前、人の頭蓋をかっ開いてますね?それも一人や二人じゃない。何なら自分自身のそれさえも」


「あ、答えなくて結構ですよ。どうせ素直に頷くはずもありません」


「ああそうそう、これはこの資料を見ていてワタシが個人的に思った事なのですが」


「外的要因によって人類種の脳機能に影響を与える事ができるのであれば。或いはそれはカミの力に限らずとも……例えば、人為的に何かなりする事でも、ある種の機能拡張が可能なのではないかなぁ、なんて」


「特定のワードを思考から発言に移行させないような機能、なんてものがあれば、うっかり口を滑らせるという事も無くなりそうなものですが」


「まあ、どっちが先かは分かりません。相違次元生命の研究をしている内に、そうだ人類種の脳を弄くってみようなんて気になったのか。或いはお前が元から、他人様の頭蓋骨の内側に興味津々な特殊性癖女で、夜な夜な事をしている内に相違次元生命に辿り着いたのか」


「何にせよその研究の過程で『プロテクト』なる技術を生み出したのだと、ワタシはそう睨んでいるのですが」


「ええはい、これは全てワタシの予想です。妄想と言ってもいいかもしれない」


「この真偽を確かめる最も確実な方法は、お前の脳みそカラダに直接聞く事じゃないかと、ワタシは思っているんですがね。当然ながら、そんな許可なんて降りるはずもないでしょう」

 

「それはひとえに、お上がお前と違って人道的だからです。お優しい上層部に感謝して欲しいものですね」


「……ですが一方で。ワタシ個人としては、お前の考えややり方に理解を示さないでもない。つまり“バレなきゃ何やったって良い”と思っている節は、ワタシにもあるという事です」


「人類種の脳を弄くり回すなんてのは禁忌中の禁忌とされています。表の法で厳しく取り締まられている。法で取り締まられているという事はつまり、過去に一度ならず、誰かがやったという事」


「概念自体は既に存在しているわけです。口には出さないだけで、考えるだけ考えて結局実行に移さなかった、というような研究者も探せばそれなりにいる。誰かがやった末の研究データだって、全てが失伝しているわけではない。だからこそワタシは今、お前とこういう話ができているわけでして」


「そして何よりも、今まさにワタシの手元には丁度良く、お前の脳研究に関する知見がある」


「ワタシはこれでも超天才当代最優器用万能メイド忍者なものでして。データさえあれば、と思っているんですがね」


「但し。お前が一番良く分かっているとは思いますが、先も言った通りこの資料は表層的なものに過ぎません。今回のように万が一発見されても、これだけでは実際に脳研究に着手したとは断定できないような、ぎりぎりグレーくらいの代物」


「ですのでまあ、これを元にイリーガルなアレコレをしようとなると当然時間はかかるでしょうし。なにぶんワタシも初めての試みですので……被験体には色々と、をかける形はなってしまうかもしれないですねぇ」


「どうですかね?ワタシとしては是非とも、その道の権威のご意見など伺いたいものなのですが。ねえ、ハトア・アイスバーン先生?」


 

「──ああそうそう、ノルンの事ならご心配なく。不肖の教え子であるお前に代わって、優秀な同僚たるこのワタシが、今後もばっちりサポートしていく所存ですので!」

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