最終話「別れの日」
二年の時は僕たちは同じクラスだったけど、別れ話をしてすぐの三年に上がる年、初めて別々の教室になった。
学校に行っても、僕は元通りに一人だった。
“君と決めた道だったのに、もう君は居ない…”
春の日差しが降り注ぎ、僕がうつむいていると、散った桜の花びらが、ほろほろとそよ風に揺られて僕を追い越していく。
“でも、僕は進まなくちゃ…”
僕は志望校を変えて、学習塾に通って受験勉強をし、忙しく毎日を過ごしていた。
“こうしていれば、彼のことを忘れられる”
そう願いながら、毎日を送った。
雄一は隣のクラスで、彼はいつも人に囲まれていて、廊下で僕とすれ違う時には必ず目を伏せた。
“あれから半年。もう、メッセージも電話もない”
僕がスマートフォンから雄一の連絡先を消去したのは、夏休みのある夜だった。
日々は過ぎ、冬がやってきた。僕たち高校三年生の大半は、熾烈な闘いに身を投じるため、摩耗していく心をすり減らし、重たい体に鞭打つ日々を続けていた。
それはちょうど受験の当日、2月の初め頃だった。
朝、忘れ物がないか何度も確かめている最中に、急に僕のスマートフォンが着信を知らせる。
覚えのない番号だったので、僕は出るのを戸惑った。でも、どこかで見た気がした。知り合いかと思って、試しに通話ボタンを押してみる。
「…はい?」
電話の向こうは静かで、何者かが息を潜めているようだった。やがてその人物は、これだけ言った。
“俺だ”
それが雄一の声だなんて、僕にはすぐに分かった。忘れられるはずがなかったんだ。
だって僕は、戻らない夢をいつまでも待ち続けていたんだから。
ほんの少し彼を恨んでいたのなんか、あの日の一瞬のことで、待っていたんだから。
喉が震える。早く返事をしなくちゃ。
「…久しぶり、だね…」
“…今日、会わねえか”
もちろん僕は「いいよ」と言いたかった。でも、彼が戻ってくる気になってくれたなら、今日でなくてもいいかもしれない。
「それが…今日は受験の日で…これから、会場に…」
電話の向こうで、ため息が聴こえた。
“そっか。頑張れよ”
「あ、ありがとう…じゃあ…」
“ああ。じゃあな”
なかなか通話が切れずに、彼が電話を切ったあとの、「プー、プー」という音を聴いて、僕は正気に返る。
「あ、時間…」
僕は、受験会場で確かな手応えを感じて、やっと呼吸を取り戻したようにひとまずは息をついた。
結果は合格。嬉しかったし、ほっとした。両親は喜んでくれて、また僕たち家族で一緒に暮らそうという話も決まった。
その後、残り少なくなった授業を受けるために学校に行った日、僕のクラスを珍しく雄一が訪れた。
雄一が教室の後ろのドアに立つと、クラスの中の数人の男女が彼に集まって名前を呼ぶ。
「誕生日の時のカラオケ楽しかった!」
「また行こうぜ!卒業してもさ!」
「おうよ」
雄一がそう答えたのが聴こえた時に、僕はやっと気づいたんだ。
“確か、雄一の誕生日は2月だった…そうだ!あの日だ!”
背中に寒気が走り、僕はおそるおそる、彼を振り向く。でも彼は僕を見ずに、僕のクラスメイトたちとちょっと話してから、すぐに自分のクラスに戻って行った。
“ごめん、雄一…”
もしかしたら、あの日が最後のチャンスだったのかもしれないと思うと、僕は悔しくて悔しくて仕方なかった。
“ごめん”
今年も桜の木に、メジロやヒヨドリたちがやってくる。蜜を吸ってはぽろりぽろりと花は落とされて、風にも飛んだら、あっという間に散ってしまう。
僕は校庭の桜を眺めながら正面玄関を過ぎて教室に上がり、その日も静かに、教室の隅で本を読んでいた。
すると、ふっと窓からの日差しが遮られ、顔を上げると彼が僕を見下ろしていた。
彼は、笑っていた。僕も多分、そうだったと思う。
別れの日という舞台が、僕たちを優しい気持ちにさせてくれた。
「僕、大学受かったよ」
僕からそう声を掛けてみる。僕たちは、短い話をした。
「俺は…親父の会社手伝うことになった」
「そっか。頑張ってね」
「お前もな」
「ありがとう」
雄一はちょっとうつむいて、優しい声のまま、こう言う。
「俺…今でもお前が嫌いだ…お前は?」
僕はゆるく息を吐いて、椅子の背もたれに寄りかかった。
「僕も、嫌いかな」
「そっか…」
「じゃあね」と言い合ってから、雄一は自分のクラスに戻った。
さようならも、ごめんねも、ありがとうも言わなかった。
卒業式は終わり、僕は四年間の学び舎を後にする。
さようなら、雄一。
僕はきっと君のことを忘れるよ。
それから、あんなに痛い思いはもうしないようにする。
それだけ胸の中でつぶやいて、僕は家族の待つ家に帰った。
桜の花びらは、その年も風に飛ばされて、僕を追い越していった。
End.
嘘つきな僕ら 桐生甘太郎 @lesucre
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