#20 緊張は解かれた


「詳しい事は後々でいいだろ。どうせこいつろくに魔法も使えないんだし」


「ちょっと大七矢さん?」


 めちゃくちゃ失礼な事言われてる気がする。

 魔法使えないのはその通りなんだけどさ、そんな事言われたら気になるじゃん。


「ま、そうだね! 気負いすぎてもよくないし!」


「巫咲ちゃん? ここまで説明しておいて?」


 結局よく分からないままなんですけど?


「なんか腑に落ちないんだけどなー……」


「いーんだよ、とにかく心菜は魔道士。俺らも魔道士。以上!」


 良緑さん、そんな簡単そうに言うけど、その事もよく分かってないですからね?


「俺は?」


「ユウヤは知らん。変人」


「良緑酷い」


「ねえねえ、私お腹空いた! 食べてってもいい?」


「勝手に上がり込んで飯までたかるとはいい度胸じゃねえか!」


「あ、今日はカレーだからちょっと人が増えても大丈夫だ」


「神夜くんありがとー!」


「……近寄らないで貰えますか」


「なんでよー」


「神夜、ギャル苦手なんだ」


「ギャルは怖くないよー、出ておいでー」


 私を置いて、もうみんなは普段通りに戻っている。

 ついていけてないの、私だけ?


「心菜ちゃん、大丈夫?」


 文月さんが心配そうに私の顔を覗き込む。


「はあ……何が何だか」


「お風呂沸いてるよ、入っておいで」


 ありがたい。文月さんだけが理解者だ。


「ちょっと待って、文月。心菜ちゃんが入ったお風呂に後々野郎共も入るの?」


「野郎共って……お風呂は1個しか無いからねえ」


「危なくないか? だって、そんな、心菜ちゃんの、出汁が」


「……気持ち悪……」


 とうとう文月さんがユウヤをゴミを見るような目で見てしまった。

 完全に本性がバレてしまったな、ユウヤ。

 そうだよ、ユウヤは気持ち悪いよ。


「気にするのユウヤくらいでしょ。ここに住まわして貰うなら仕方ない事じゃん」


「でも! 心菜ちゃん!」


「一番風呂貰っちゃっていいのかな?」


「もちろん! ゆっくりしておいで」


「無視しないで!」


 暴走しているユウヤを尻目に、文月さんに風呂場に案内される。


「お風呂はこっち。バスタオルはここに置いとくね。あとごめんね、女の子の着替え持ってないんだ……」


「ありがとう、文月さん。着替えは……うーん、どうしようか」


「流石にずっと制服じゃ嫌だもんね。お風呂に入ってる間に、ある所から送って貰うよ!」


「いいんですか?」


「もちろん! 気にしないでね!」


 文月さん、いい人だ……。

 それに比べて。


「ユウヤ、何着いてきてんの」


 物陰に隠れながら着いてきている私の従兄はどうしてこんなにもアレなんだろう。


「だって! 心菜ちゃんが心配で! 誰か覗きに来たりとかしないかと!」


「ゆーたんが覗きみたいだけどねえ」


 心配かもしれないけど、流石にそんなことする人は居ないでしょ。


「それに! 文月だって! そんな見た目だけど男なんだよ!?」


「そんな見た目とは何だこの野郎」


「ひえっ」


 一瞬文月さんからどす黒いオーラを感じた気がしたけど、気のせいだよね、うん。


「僕は男だけど、初対面の女性のプライバシーを侵害するほどゲスくないよ」


「文月さんなら大丈夫でしょ。こんなに親切なんだよ?」


「心菜ちゃんの人を疑わない点は美徳だけど、自己防衛も大切だからね!」


 やれやれ、ユウヤには何言ってもダメだ。

 そのうち慣れるだろう、放っておこう。


「じゃ、僕は着替えの手配してくるから、心菜ちゃんはゆっくりしておいで」


「ありがとうございます、文月さん」


 じゃあね、と言い残して文月さんはユウヤを引き摺ってリビングに戻って行った。

 これで一息つけるかな。


 お風呂場だと案内された扉を開けると、脱衣所はまるで銭湯のように沢山の棚が並んだ場所だった。


「うわあ、凄いな……部屋も広かったけどお風呂も広いんだ」


 床は畳みたいになってるけど、腐らないのかな。

 通気性のいい素材なのかな。

 貸切状態の広い脱衣所にわくわくしながら、私は隅っこの棚に入れられた籠に脱いだ服を突っ込む。

 初めての場所でお風呂入るの何だか緊張するな。

 私はお風呂に繋がる扉をそっと開いた。


「うわ……」


 脱衣所から予想出来てたけど、お風呂も広い。

 広いってもんじゃないな、これ銭湯だ。

 いい旅館のいいお風呂並に綺麗だ。

 床は脱衣所と同じように畳みたいになっている。

 濡れても滑らない。

 シャワーも沢山並んでいる。

 みんないつも一緒に入ってるのかな?

 仲良しか?


 ボディソープとシャンプーだけじゃなくてコンディショナーとトリートメント、洗顔料とクレンジングまであるだと?

 誰だこんな贅沢な使い方してるのは。

 美容系女子か。

 しかもめっちゃいい匂いするし。

 甘いけど爽やかで不思議な香りだ。

 肌はしっとりするし髪はサラサラになるし、さてはこれお高いやつだな?

 なんか申し訳なくなるからあまり使わないでおこう。

 ちゃんとした使い方も分からないし。


 ひとまず体と頭を洗い、いよいよ湯船に入る。

 なんで一般家庭に銭湯みたく湯船が何個かあるんだよ。豪邸か。

 水風呂にジェットバスに、乳白色のお湯? 絶対お肌しっとりするやつじゃん。

 誰だ美容ガチ勢は。

 とりあえず、いちばん広い湯船の乳白色のお湯に浸かる。

 凄い、湯船の中もいい所の銭湯みたいだ。

 石だこれ、滑らかな手触りの石だ。

 お湯からもほんのり甘くていい匂いがする。


「はあー……」


 癒されるー……。

 これは至れり尽くせりすぎるわ……。


 とんとん、と扉をノックする音が聞こえる。


「心菜ちゃん、湯加減はどう?」


 文月さんの声だ。


「めちゃくちゃ良きです、凄く癒されてます」


「それはよかった。ごめんね、脱衣所まで入らないと声が届かなくて……。着替え持ってきたから、お風呂から出てすぐの棚に入れておくね。サイズはゆーたんに聞いたけど、合わなかったら言ってね。あ、脱いだ服はまとめて洗濯機に入れてくれれば、そのままクリーニング屋に転送するから。じゃあねー」


 気遣いの神か?

 お風呂から出てすぐの棚って、私が服入れた棚の対角線上じゃないですか。

 こんないいお風呂入って、着替え用意してもらって、ご飯食べさせてもらえるなんて、私何でこんな所にいるんだ?

 借金返済の為にここにいるんだよな?

 贅沢すぎないか……?


「もう、ずっとここにいてもいいかも……」

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

にじいろ I’m諺 @monukeno_atama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ