#19 緊張は解かれない
その聞いた事の無い明るい声は、私達のいるリビングのソファの辺りから聞こえた。
そこに顔を向けると、見た事の無い女の子がソファの背もたれに腰掛けていた。
そこ座るところじゃない。
じゃなくて、始めてみる顔だけど、みんなの知り合いかな?
と、周りの様子を伺うが、さっきまでとは違う緊張した空気に思わず押し黙る。
今まで和やかだったリビングには一気に緊張が走り、正体不明の彼女に視線が集まる。
「……誰だい? もう店は閉まってる時間なんだけど」
あくまでもにこやかに、だけど敵意は向けたまま七宝さんが問いかける。
この人、こんな顔もできたのか。
「やだなあ、私お客さんじゃないよ。またショッピングにも来てみたいけど、それはもっとお店が繁盛してからかなあ」
その言葉に大七矢さんが少し反応した。
明らかに怒ってる。
これは今までのじゃない、ガチだ。
「ほう……これはなかなか手厳しいな。どこの誰だか知らねーけど、期待してくれてどうもありがとな」
皮肉たっぷりだー!
でも挑発に乗らずに堪えたのはえらい!
やればできる子なんだね大七矢さん!
警戒するみんなとは対照的に、私はこの状況がよく分からず黙って話を聞いていることしか出来ない。
ユウヤ、君もそうだろ?
「……(そうだね、心菜ちゃん!)」
こいつ、脳内に直接……?
いやふざけている場合では無いという事はさすがに分かるんだ。
分かっているけど状況に着いていけないんだ。
「まあまあそんなにピリピリしないで。何も危害は加えないからさ」
あくまでもその女の子はにこにこと、何ともないように話す。
「そう言われても現に侵入されてるからな」
対してこちらの男性陣は警戒態勢に入っていて、少しでも変な動きしたら攻撃する、みたいな空気だ。
「ちょっと、ほんとに何もしないって! 話しに来ただけなのにー」
つれないなー、と女の子は口をとがらせる。
私には、普通の女の子にしか見えない。
髪は柔らかいピンク色で、服は……多少変わった格好ではあるけど、可愛らしい顔立ちの元気な女の子に見える。
「あ、そっかー、まずは自己紹介だよね! うっかりうっかり」
その子は立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
「初めまして、魔道士さん達。私は
マネージャー?
六大魔道士?
何それ?
「とにかくあれだ、敵じゃないからもっとリラックスしていこうよー。ほら、なーんにもしないってば!」
よく分からない事ばかりだけど、この子に敵意が無いのは本当みたいだ。
「……ちょっと待て」
と、そこでようやく大七矢さんがいつもの調子で口を開いた。
「いやちょっと待てよお前! ツッコミ所多すぎんだよ! 何なんだよマネージャーって! 魔道士だって事、なんで余所者が知ってんだ!」
「わーお、マシンガントークってやつ? ズバババー! みたいな?」
大声で捲し立てる大七矢さんにも、女の子……巫咲ちゃんは動じない。
「えーと、よく分からないんですけど……」
「あ! 君が心菜ちゃんかー! はろはろ〜! うんうん、やっぱり可愛いねー!」
巫咲ちゃんはそう言うなり私に抱きついてきた。
あ、柔らかい。女の子って感じだ。
いい匂いする。
「男なら心菜ちゃんから離れろって言う所だけど……女の子ならセーフ、かな?」
「いや止めろよユウヤ! 相手が誰だかわかんねーんだぞ!」
大七矢さんに怒鳴られて、ユウヤがすまなさそうに巫咲ちゃんから私を引き剥がした。
もう引き剥がされるのにも慣れてきた私がいる。
「……とりあえず、お茶でも飲んで落ち着け」
と、神夜さんが言ったことでその場の緊張は少し緩んだ。
「さて、説明といきたいところなんだけど……何、これ」
そう言う巫咲ちゃんの意見ももっともだろう。
緊張は解れたと言っても、まだ完全とはいかないみたいだ。
ダイニングテーブルのお誕生日席に座る巫咲ちゃんの後ろには大七矢さんと良緑さんが、そして角を挟んで左右には七宝さんと文月さんが、看守のように巫咲ちゃんを囲っている。
私とユウヤは少し離れた位置に座らされ、その後ろに神夜さんが立っている。
「何なの、警戒しすぎじゃない?」
げんなりしている巫咲ちゃんに大七矢さんが睨みを効かせる。
「話を聞いてやるだけでもマシだろ。うちの結界内に入り込んできたやつによ」
結界なんてあるのか、ここ。
「しかも魔道士の結界だぞ。そんなの突破出来るやつが普通な訳無いだろ」
「俺の時は何も言われなかったのにな」
巫咲ちゃんと同じく、最初はこの場所にいきなり現れたんだろう、ユウヤが少し残念そうに呟く。
「ユウヤは目に見えて魔力ゼロだったから」
神夜さんにバッサリ言われてユウヤは目に見えて凹んでいる。
そりゃあ、人間なんだから魔力なんて無いでしょ。
「まあまあ、とにかく話を聞かせて貰おうじゃないか、レディ?」
七宝さん、言ってる事はいつもと変わらないけど、誰よりも警戒心抱いてるのがひしひしと伝わってくる。
こんな尋問みたいな事されたら、私は何も話せなくなりそう。
「うん、いいよー。まずはねー」
「いや軽いな?」
その警戒心を全く気にしない物言いに、思わずツッコミを入れてしまう。
話を遮ったからか、大七矢さんの睨みが私に向く。
すみませんでした、続けてください。
「えっと、さっきも言ったけど、私は巫咲。六大魔道士のマネージャー的な存在かな」
「それは聞いた。何でここに来たのか、入れたのかを話せ」
大七矢さん怖いよ。
「はいはい。今日、街中でチラシ配ってる君たちを見かけてね。面白そうだから着いてきた! なんか結界貼ってあったけど巫咲ちゃんパワーでこじ開けた!」
街中でチラシ配ってたあの時、あの場にいたのか。
なら確かにお店の場所知ってるし私達の事も知ってるか。
あれ、でも名乗った覚えは無いな?
「結界貼り直さねえとな……じゃあ次。お前は何者なのか詳しく話せ」
「詳しくって言われても、だから六大魔道士のマネージャー的な存在だってばー」
「あやふやすぎるんだよ」
「えー、そんなあ」
巫咲ちゃんは暫く考え込んで、私の方を見た。
目が合う。
微笑まれた。
「確かさっき、心菜ちゃん達に魔道士の事説明してたよね? 私詳しいから説明する!」
勝手な事をするな、と言いたげな大七矢さんを押し切って、巫咲ちゃんは話し始める。
「魔道士はこの国に7人くらいしか居ないって、さっき文月くんに説明受けてたよね?」
「え、はい」
元から状況についていけてない私に向かって問いかける巫咲ちゃん。
私は曖昧な返事しか出来ない。
「元々魔道士ってのは、この国に伝わる話では7人しか作られなかったんだよ」
「作られなかった?」
「そうそう。言ってしまえば人工物だね」
でも大七矢さん達は魔道士って言ってたし、そうなると大七矢さん達も人工物って事?
「おい、俺達は生身の魔族だからな。勘違いするなよ、心菜」
「心読まれてた……?」
「顔見ればわかる」
そんなに顔に出やすいのかなあ。
「昔は人工物だったけど、今は違う。とは言っても、一般人からしたら、魔道士すら伝説上の生き物だからねー」
「伝説?」
「むかーしむかし、国が生まれた時に厄災を封じる為に生み出され、そして封印されていった。それが六大魔道士」
ファンタジーっぽくなってきた。頭が追いつかないぞ。
「こんな感じの物語があるわけよ。みんな知ってる空想の話。でも、魔道士は今も実在するんだなー、これが」
と、巫咲ちゃんがみんなの顔を順番に見る。
つまり、この人達は伝説の魔道士?
「六大魔道士の力を受け継いだ6人。それが君たちだ」
6人?
この場にいるのは巫咲ちゃんや私達含め8人。
この中の6人って事?
「……へえ、よく知ってるな。正解」
七宝さんが不敵な笑みを浮かべる。
真面目モードの七宝さん、なんか普通にかっこいい感じだ!
「おい七宝、いつまでふざけてんだ」
「えへー! 楽しかったぞ!」
いやふざけてただけなんかい!
今の感動を返せ!
「とにかく、巫咲ちゃん、だっけ? 君がよく調べてきてるのは分かったぞ!」
「まあねー! 頑張ったんだよ、私! えへん!」
なんか七宝さんと巫咲ちゃん、この2人テンションが似てるなあ。
大七矢さんがいつもの倍げんなりしている気がする。
「えーと、つまり、巫咲ちゃんも魔道士って事? あ、だから強い結界? も突破できたのか」
ようやく分かってきたぞ。
これで何とか話についていける。
「いや、私じゃないよ?」
違うんかい。
「魔道士は、七宝くん、大七矢くん、文月くん、良緑くん、神夜くん。そして心菜ちゃん」
と、真っ直ぐ巫咲ちゃんは私を指さす。
私が……魔道士?
だめだ、魔法少女? みたいなノリになってしまう。
あれ、そう言えば、
「ユウヤは?」
「知らない。君誰」
「えー……」
巫咲ちゃんにバッサリと切り捨てられ、ユウヤはまた落ち込んでいる。
「いや、でも私魔法とか使えないし、そもそもなんで私が」
そうだよ、今まで魔法とか無縁だったんだよ?
至って平凡な人間ですよ?
なのに何で私が超強い魔道士とかいう存在なのさ。
「まあ心菜ちゃんはそんなに力あるわけじゃないけど。むしろ魔力とか全然無いね、いや、全く無いね」
超強い訳じゃないんかい。
転生系主人公みたいになって無双してしまうのかと思ったのに。
さっきから上げては落とされてる気がするな。
「それでも、同じ六大魔道士なら分かるはずだよ。ね?」
そう言って巫咲ちゃんは隣にいた文月さんに笑いかける。
数秒真顔だった後に、文月さんもにこーっと笑い返す。
まだ心は開いてないみたいだ。
「まあ分かってたけど……」
と、文月さんは少し口ごもる。
何か言い難い事でもあるのだろうか。
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