#18 魔法講座


 フッと部屋の照明が落ちる。

 突然の暗闇に、一瞬視界が真っ黒になる。


 次の瞬間、まるでライブ会場に放り出されたかのような熱気と衝撃が襲いかかってきた。


 目の前に立ち上る火柱。

 パチパチと火花が激しく散る。

 部屋を暖かく照らしていたものと同じとは思えない明るさを放つ照明。

 ミラーボールのようにギラギラと光の筋を浮かび上がらせる。

 心臓がとび出そうな音量の音楽。

 ベースの低音が私の心臓を揺さぶる。

 そして軽快な電子音のメロディ。


「Fooooo!!!!!」


 と、音楽が盛り上がり七宝さんの声で締め括られた。



 何だったんだ今のは。

 気がつくとそこはもう元の部屋に戻っていた。

 呆気にとられていると、七宝さんに肩を勢いよく揺さぶられた。


「Hey! どうだった? 最高にCOOLだろ!」

 

「え、あ? えっと、え?」


 頭が追いつかなくてされるがままの私を、ユウヤが七宝さんから引き剥がす。


「七宝、心菜ちゃん三半規管弱いんだから」


「サンハン……? よく分からないけどそうなのか!」


 これは分かってないやつだ。


「てか、今の誰がやったの!? 七宝?」


 と、次の瞬間にはユウヤが興奮気味に捲し立てる。

 テンションの上がり具合がすごいな。

 目を輝かせるユウヤに、七宝さんは得意気に胸を張る。


「そうだぞ! オレにかかればこんなの夕飯前なんだぞ!」


「すげー! あとそれ言うなら朝飯前な!」


 そのテンションで訂正するんだ。

 

 でも、今の本当に何だったんだ。

 体感速度が一瞬すぎてよく分からなかったな。

 なんかすごい熱気と爆音と……でもあの音楽かっこよかったな。EDMってやつかな?


「あーあー、七宝に先越されてんじゃーん。自称魔道士サマー」


 良緑さんが大七矢さんに掛けた煽り文句で、そう言えばと思い出す。

 さっき大七矢さんが魔法披露するって流れだったな。

 そこに七宝さんが割って入ったと。


「ほんっと、お前ってやつは……今の会話の流れ的に俺がやるはずだったろ! このKY!」


「だって、大七矢がずっと自慢話ばっかしてるからだぞー。もっと、こう、スピーディーさをだな」


「うるせえよ! 自慢話とかしてねえよ! それはお前の方だろうが!」


 あーあ。

 なんかもう大七矢さんが怒ってるのにも慣れてきたよ。

 段々可哀想になってくるよ。


「まあまあ落ち着けって2人とも。魔法なんかどれだけあってもいいからね。ほら、次は何する?」


 落ち着くのはユウヤの方だよ。目をキラキラさせちゃって。

 まあでもその反応に大七矢さんが少し機嫌を治したみたいだった。


「しょ、しょうがねえなあ! 七宝のだけじゃ満足出来ないんだな、よし、俺がもっとすげーの見せてやるよ」


「なんか言い方がアレだな」


「……良緑、お前は頭がピンクなのか?」


「なんの事やらー」


 ピューと口笛を吹く良緑さんに大七矢さんが呆れ気味にツッコミを入れる。

 私たちの前に立つ大七矢さんはコホンと咳払いをした。


「えーっと、まずはだな。魔法について説明からしていこうと思う。お前らは魔法について全く知らないど素人だからな。感謝しろよ」


「はーい!」


 ユウヤ、はーいじゃないのよ。

 こういう事になると途端に無邪気になるな君は。

 そしてまた大七矢さんによる魔法講座が始まった。


「さっきも説明した通り、魔法は万能って訳じゃない。一般人が使えるのは物を動かしたりする程度だ。後はまあ、個人の得意な分野とかだな。ステージとかで想像してもらうと分かりやすいか。ほら、1つの舞台を作り上げるのに、音響とか照明とかいるだろ? それ全部を1人がやるんじゃなくて、一つ一つを別々の人がこなしていく感じだな。この人は水系の魔法専門、こっちは炎系の魔法専門、みたいな」


 なるほど、だいたい分かったような気がする。

 さっきも得意分野はそれぞれ異なるって言ってたし。

 あれ、でもそれならさっきの七宝さんの魔法は?


「せんせー、さっきの七宝のは違うんですかー」


 ユウヤ、完全に生徒になりきってるな。

 その質問に先生、もとに大七矢さんがニヤリと笑う。


「ふん、いい所に気が付いたな。確かにさっきの七宝のは、1人でステージを作り上げていた。しかも空間丸ごと全部だ。なぜだかわかるか?」


「七宝さんがヤバいから?」


「心菜、お前の語彙力死んでるぞ」


 そう言う大七矢さんの語彙力もヤバいです。


「まあ、ある意味心菜は間違いでは無い。七宝はヤバい奴だ。色んな意味でな」


「お前に言われたくないんだぞ」


 七宝さんが真顔で言い放つとは、大七矢さんもなかなかと言う事だな。

 と言うか、七宝さんは大七矢さんの話なんて分かりきってることなのか、テレビ見始めてるけど。

 良緑さんも神夜さんに連れられて買い物袋をキッチンに運んでいる。

 文月さんはいつの間にかリビングから居なくなっていた。

 あれ、話聞いてるの私とユウヤだけ?


「おい心菜、ちゃんと聞いてるのか」

 

「は、はい! 聞いてます!」


 えーと、今どこまで話してもらってたっけ。

 全然聞いてなかったかも。


「まったく……いいか? 七宝だけに限らないが、一部の魔族は通常よりも高い魔力を持っている。そういう奴は、さっきのステージの例え話で言うと、全部1人で出来るって事だな。演出から演者まで、全部だ」


「それは人間じゃないね」


「魔族だからな」


 ユウヤも大七矢さんも真面目な顔してるけどそういう事じゃないと思う。

 日本語って難しいな。

 そう言えば、魔界って日本語通じるんだね。不思議ー。


「それで、だ。七宝くらいの魔法なら俺も使える。なんなら七宝よりも凄いのを使える」


 急に自慢話始まったな?


「本当なんですか?」


「何だ疑ってんのか心菜。俺の実力見せてやろうかこの野郎」


 この人本当に沸点低いな。


「とにかくだ。魔族の中でも特に強い力を持つ術士は魔道士と呼ばれている。お前らも魔法使ってみれば分かるだろうけど、さっきの七宝みたいなのはめちゃくちゃ魔力消費するんだぞ。一般人にはまず無理だな」


 魔道士、なるほど。ファンタジーっぽくなってきましたな。


「そして、ここからが重要な話だ。俺も七宝も、あと他の3人もそんな強い力を持っている。つまり、どういう事かわかるだろ?」


「ヤバい奴って事ですね」


「お前それ気に入ってるのか?」


 すみません、真面目な話聞いてるとちょっとふざけたくなるもので。


「つまり、お前達みんな魔道士って事?」


 と、ユウヤが呟く。

 今の話の流れじゃそういう事だよね、と顔を見合わせる。


「その通りだぞユウヤ! オレ達は選ばれし存在なのだー!」


「七宝うるせえよ」


 またしてもいい所を七宝さんに奪われた大七矢さんは、また眉間に皺を寄せている。

 そんなに眉寄せてたら戻らなくなりそうだね。


「魔道士ってそんなにいっぱいいるものなのか?」


「いや、本当に限られた極小数の魔族だけだ」


 若干大七矢さんの声が得意気に聞こえる。

 魔術には自信があるんだろうな。


「やっほー。お風呂いれてきたよお」


 と、そこに今まで姿が見えなかった文月さんがひょっこり戻ってきた。


「ありがとう。まあでも、あの大七矢の様子じゃもう少し時間がかかりそうだけど」


 と、神夜さんと話す声がキッチンから聞こえる。


「なになにー? 何の話してるの?」


 と、誰も興味を示してなかった大七矢さんの魔法講座に文月さんが加わる。


「今大七矢さんに魔法の事教えて貰ってたんですよ。一般人には最低限生活に必要な魔法しか使えないとか、魔道士はヤバいとか」


「魔道士ってヤバいの?」


「ヤバくねーよ。凄いんだよ」


 さっきの大七矢さんの話だと、文月さんも魔道士ってやつなんだよね。

 という事はもしかして。


「て事は、今のお風呂沸かしてきたのも凄い魔法で……!?」

 

「いや、ボタンぽちー、だよ」


 そこは魔法じゃないのかよ。

 人間とそこは一緒なのかよ。


「文月、今説明してるんだってば。えーと、どこまで話したっけ」


 大七矢さんまで話を見失わないで貰えますか?


「魔道士が少ないって話までいったな」


 さすがユウヤ。興味あるオカルト話はよく覚えてるね。


「ああそうだった。えーっと、国全体の人口が……どのくらいだった?」


「んーっとお、大体1億5千万人くらい?」


「ユウヤ、日本の人口は?」


「1億2千万ちょいだった気がする」

 

 数が大きすぎていまいちピンと来ないけど、日本の人口よりちょっと多いくらいなのかな。

 そうだと考えてもよく分からないけど。


「で、魔道士は大体どのくらいいるんだ?」


 これはもうユウヤの頭が計算モードに入ってるな。

 こんな大きい数出されてよく計算しようと思えるな。

 1億5千万ってゼロが何個付くかパッと出てこないレベルの数だよ。


「魔道士はこの国に7人くらいだよ」


「え」


 え?


「えーっと……?」


「歴史によると、この国に7人だよ」


 1億5千万人中の7人……?


「に、2142万8571.4人に1人!」

 

「よく計算できたね!?」


 頭パンクしそうにならないのかな。


「あ、でも歴史によるとって事は実際の人数は分からないのかな」


 さっき文月さんが言ってた事を思い返して、ふと思った事を口に出すと、ユウヤが絶望したような顔をしていた。

 正確な数字がわかんなくなっちゃったねー。


「えっとねえ、歴史……と言うより伝説では、かな? 昔話? 詳しい事は僕にも分からないんだけど……」


 ごめんね、と耳と尻尾を垂らし申し訳なさそうにする文月さんを見ると罪悪感が湧いてくる。


「ま、まああんまり昔の事だとあんまり資料とかも残って無いですしね!」


 と、必死にフォローを入れるがフォローになっているのだろうか。


 その時、聞いた事の無い、底抜けに明るい声が部屋中に響いた。


「それは私が説明しよう!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る