#17 魔法みたいな


「ただいまー!」


 七宝さんの大声と共に、家のドアが勢いよく開かれる。

 あの後、近くの大きなデパートに寄って色々買い込んだ私たちは、なんとか帰って来れたのだった。

 だけど恐らく、もう夜も遅くなっている。

 今日1日で色んなことがあった私はもうヘトヘトだ。

 元々そんなアクティブなタイプでもないんだから、急に動くと体が痛い。


「もう俺動けなーい。疲れたー」


「良緑、玄関で寝るんじゃねえよ。邪魔だ」


「そうだぞ。ほら、買い物袋をキッチンに持って行ってくれ」


「えー。俺疲れてるのにー。大七矢と神夜が厳しいー」


「りょーみん、ほらほら早く冷蔵庫にアイス入れないと溶けちゃうよ」


「いいもーん。俺もうアイス食べるもん」


「ご飯前に食べるな」


 本当、神夜さんと大七矢さんはみんなの親みたいだな。


「荷物持っていくの手伝いますよ。行きましょう、良緑さん」


「心菜まで俺をこき使うのかよー」


「このくらいの労働、こき使うとか言わないです」


 やれやれと起き上がった良緑さんに続いて、買ってきた食料品の入った袋を持ち部屋に入る。

 リビングのソファでは、既に七宝さんがゴロゴロしていた。


「お、2人ともご苦労なんだぞ! はっはっは、クルシュウナイ」


「あー、七宝何もしてないじゃーん! 神夜ー、七宝サボってるんだけどー」


「だからってお前がサボっていい理由にはならないな」


 神夜さん、ド正論。


「おいこら七宝! お前、今日のチラシ配りに必要だった街の許可書、まだまとめてないだろ! 休んでんじゃねえぞ!」


「大七矢の鬼! このオレにそんな事させるってのかい? オレは店長だぞ!」


「そういう事は店長が率先してやれよ。ほら休んでる暇はねえぞ」


「いーやーだー! ゴロゴロしてテレビ見たいんだぞー!」


 やだやだと暴れる七宝さんを引きずって大七矢さんは階段を昇って行ってしまった。

 怪我しないようにね。


「あ、心菜ー、それこっち持ってきて」


 と、良緑さんがキッチンの奥から私を呼ぶ。

 そうだ、早く冷蔵庫に入れないと。


「はーい、今行きますね、あ」


 荷物で足元が見えて無かったからか、ラグマットに足を取られてバランスを崩す。

 そのままバックドロップのように仰向けに倒れていく。

 やばい、頭打つやつだ。


「おい!」


 こういう時って全てがスローモーションに見えるものなんだな。

 ぎゅっと目を瞑り衝撃に備える。

 私はいいけど、食材を放り出すのは悪いな。


「……あれ?」


 私の体は硬いフローリングではなく、昼間と同じように柔らかいものに抱きとめられる。

 恐る恐る目を開けると、至近距離に神夜さんの顔。


「うわあぁ!?」


「どうした!」


 思わず出てしまった私の変な叫び声を聞いて、2階から勢いよく七宝さんと大七矢さんが駆け下りてくる。

 けど、その動きは階段から降りると同時に止まる。


「……ひゅー」


 文月さん、やめてください。


 仰向けに倒れた私の体を下から支えるようにしてくれた神夜さん。

 その結果、彼に肩と太腿の当たりを持ち上げられ、変なポーズに。

 これは、いわゆる、お姫様抱っこ、と言うやつでは。


「……やるな、神夜」


 あの七宝さんも静かになって何故か感心している。


「違いますこれは事故で」


「心菜、大丈夫だったか? どこか打ってないか?」


 それなのに神夜さんは心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 この人に羞恥心は無いのか。

 それともこの状況に気付いてないのか。


「大丈夫です、いや大丈夫ではないです」


「どっちだ、どこか痛むのか」


 そんな真剣に心配されても、今はまともに返答できそうにないです。


「取り敢えず、大丈夫なので降ろしてください……」


「でも足くじいてたら危ないし」


「大丈夫なので!」


 そうか? とまだ心配してくれている神夜さんの手によって、ソファの上に降ろされる。


「待ってろ、今足診るから」


「だから大丈夫ですってば!」


 これで安心かと思った矢先、神夜さんは私の足元に跪くような形で、私の足を取る。


「あー……神夜、言い難いんだけどもうやめてやれ」


 そこにようやく良緑さんの助け舟が。

 そうですよ、もう大丈夫だと言ってやってください。


「って良緑さんそれなんですか!」


 助けを求めて視線を移した先には、私が放り投げてしまった買い物袋を人差し指の上で浮かせている良緑さん。

 バスケットボールを指先で回しているようにも見えるが、買い物袋は良緑さんの指に接してはいない。

 確実に浮いている。


「袋が飛んでる!」


「え? 普通だろ」


「普通じゃないです!」


 だってそんなの、マジックか魔法みたいな、


「あ、そっか」


 そう言えば、ここ、魔界だったな。

 魔法使える人がいても不思議じゃないか。


「いやでも良緑さん人間なんでしょ!?」


 じゃあ私と一緒じゃん!

 なんでしれっと魔法使ってるんです!?


「あ、もしかしてマジシャンとか超能力者だったり」


「おーおー、だといいなあー」


 てことは違うのか。

 じゃあこれは間違いなく、


「魔法だね!」


 一部始終を見ていたユウヤが目を輝かせて良緑さんに詰め寄る。

 目の前で超常現象が起きている事に興奮しているのか、買い物袋と良緑さんの指の間に自分の掌を入れてみたり、袋をつついたりしている。

 そんなユウヤと私に呆れているかのように、良緑さんはやれやれと首を振って説明してくれる。


「俺と神夜は人間界生まれだけど、元から魔族と人間の混血なんだって。だからなのかこっちで練習したら出来た」


「そんな簡単なものなんですか……」


「結構頑張った」


 ドヤ顔で胸を張る良緑さん。


「ユウヤも心菜も、練習すれば出来るようになるかもな!」


「練習って……超常現象を練習で片付けられないですね」


 すぐにでも魔法を教えてやろうと意気込む七宝さんとは反対に、私はもう疑問がありすぎて思考停止することしか出来ない。

 私はただの一般人ですよ? 怪奇現象なんか体験したことの無い、どこにでもいるただのありふれた14歳です。

 強いて言えば今が怪奇現象に遭遇している真っ只中なんだけど。


「そ、そうそう。良緑と神夜は魔族の血が流れていたから、たまたま先祖返り的に覚醒しただけで、魔法の無い世界にいたやつがそう簡単に習得できるわけないだろ。そんなに浅いもんじゃねえんだぞ」


 たった今まで放心状態だった大七矢さんが意識を取り戻した。

 そしてユウヤの希望を打ち壊すような発言をする。

 対してユウヤは目に見えて落胆している。

 そんなに落ち込まなくても。

 ユウヤの変態的発明力は魔法みたいなもんでしょ。


「慣れるしかないのか」


 とにかく、この世界で1年過ごすとなれば日常的に魔法が使われることになるんだろう。

 何が起きても驚かない精神を身に付けなければ。


「しかし、こうも魔法が当たり前のように使われてると、科学ってなんなんだろなーってなるなあ。ちょっとヘコむ」


 と、少し立ち直ったユウヤが呟いた。


「確かに、こんな力があれば電気とか要らなさそうだよね。照明もさっきの虫みたいなのが居ればいいし」


「……心菜は家の壁に虫がびっしり付いていてもいーのか?」


 うげー、と言う顔をした良緑さんに指摘されて、確かに、と思い直す。

 いくらビジュアルが妖精っぽいとは言っても、大量の虫が家の中を飛び回ってるのは嫌だな。


「でも、さっきにみたいに魔法があれば何でもポンって出せるんじゃないですか? 買い出しとかもしなくていいんじゃ」


 はー、と大七矢さんが大きな溜め息を吐く。

 お前は何も分かってない、みたいな顔された。


「あのなあ、魔法がそんなに万能だと思うなよ。一般人は物を動かすとか空を飛ぶとか、簡単な魔法しか使えねーよ。みんな何でも出来たらそれこそこの店要らねえだろうがよ」


 そんなものなのか。

 やっぱり得意不得意とか、魔法を専門的に使いこなす人とかもいるのか。

 言われてみれば、みんなが万能だと社会も成り立たなさそう。


「さっきの良緑みたいなのは初歩中の初歩って訳だ。あんなのと一緒にするな」


「あんなのとは何だー。俺ももっと凄いのできるかんなー」


 小馬鹿にするように笑う大七矢さんに良緑さんが口を尖らした。

 その言葉に大七矢さんの片眉が吊り上がる。


「ああ? やんのかコラ。ニワカ魔法使いが魔道士サマに歯向かうってのか」


「はいはい自信過剰乙〜。伸び代が無い奴は口先での勝負に賭けててみっともないですね〜」


「あ?」


 ひえ、怖。

 煽り技能全振り人間VS煽り耐性ゼロ人間じゃん。

 2人の周りの空気がピリピリしている。

 まあ、良緑さんは余裕そうだけど。

 こんなとこで魔法バトルとか洒落にならないしお願いだからやめて欲しい。また掃除しないといけなさそうだし。


 と、そこに文月さんのゆるい声が響く。


「はいはいそこまでー。もう、心菜ちゃんびっくりしちゃってるでしょお。ごめんなさいしなさい」


 ぷんぷんと腰に手を当て、2人の間に立つ文月さんに毒気を抜かれたのか、大七矢さんと良緑さんは纏っていた空気を普段のものに戻した。


 よかった。文月さんありがとう、正直ちょっとビビってた。


「2人の魔法バトル見れるかもしれなかったのになあ」


 こらユウヤ、何呑気なこと言ってんの。


「いてててて」


 脳内お花畑なユウヤの脇腹を思いっきり抓ってやる。

 ちょっと嬉しそうなのが私に精神的ダメージを与えた。


 だが、そんな私とは反対に、大七矢さんは嬉しそうな反応を見せる。

 平然を装う大七矢さんだけど、口元の緩みが隠せていない。


「しょうがねえなあ、そんなに言うなら魔術界の厳しさを教えてやらねえと」


「誰も頼んでないよ」


 文月さん、今の彼に正論は多分届いてないです。


 大七矢さんはソワソワし出して「せっかくだし派手なやつを見せてやるか、どれがいいかな」とブツブツ言っている。

 めっちゃやる気になってる。

 そんな大七矢さんを見てユウヤもワクワクし出すし、これは魔法披露の流れ、出来たな。


 まあそう言う私もちょっと気になってはいるんですけど。

 派手なのってどんなのだろう。花火とかはびっくりするから先に言って欲しいな。


 だが、その場の期待半分、興味なし半分の空気のワクワク感だけを感知した七宝さんが勢いよくみんなの中心に躍り出る。


「そういうFantasticなのはオレに任せるんだぞ! ヒーローは1番目立つものだもんな!」


 そういうが早いか、大七矢さんが止めようと動き出そうとするよりも早く、七宝さんは華麗なターンとポーズを決め、パチンと指を鳴らした。

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