第5話 日常
これはこの家族の大して珍しくもない日時を初めて見た時の話。
その日のシュウヤは夕方、どこかへ出掛けていった。
で、夜真っ暗になった頃に帰ってきた。とても静かにドアを開けて、自分の部屋に戻る
その時の足音が二人分あったのに気づくのは
難しいことじゃなかった。
誰だ?
僕は耳を澄ませて聞いた。そしたらシュウヤとは別の声が聞こえた。
「シュウヤさん…んっ」
メリッサでもアヤでもない女性の声だった。
その女の人を連れてきたのか、などと思いながらその声に耳を傾けていた。
「…あっ…ちょっ…まだぁ…」
そんな女性の声が聞こえて、しかもシュウヤが夜出掛けて帰ってきて、その部屋にはベッドがある。そうなったらもう、やっていることなど分かりきったことだった。
こんなことを永遠と聞かされて年頃の、しかもまだ未経験の男子が我慢できるわけない。
僕はあの時自慰したことを、今でも本当に後悔している。
僕がことを終えた頃くらいに、シュウヤの部屋から微かに
「………っ……ぁ…」
という声が聞こえた気がしたが、眠くなったのですぐに寝た。
翌朝、外からの物音で目が覚めた。窓からみたらシュウヤが見えたので下に降りていった。
「…何してるの?」
シュウヤはしゃがんで袋に何かを詰めているようだった。
起きたばかりで目が覚めきっていない自分とくらべてシュウヤは完全に目が覚めているようだった。
「ん?ああ…いや、ゴミ捨てだ。」
彼がそう言った袋はゴミを入れるようなビニール袋ではなかった。縦に長く、上から下までの長いチャットがついた黒い布の袋だった。
「それゴミ袋じゃないよね」
「あー」
おもむろにそう言って、彼は考えるような素振りを見せた。
「昨日の夜、部屋で何してたの?」
「…」
「シュウヤ、それは何?」
「…昨日の人は誰?いや、どこ?」
彼は開き直ったかのように立ち上がって、怖いくらい明るい口調で言った。
「なあイチヤ、俺たちはいつも雇われて人を、殺してるよなぁ。ん?そうだろ?」
「でもそういう奴らはボロボロなんだよ。売れないくらいにな。」
「…?」
「だから俺はこうやって内職をしてる。このブタどもが持ってた金と臓器で、仕事何回分かの金が稼げる」
「殺して…売るの?」
「なぁにこれが初めてじゃない。なんなら最後でもない。」
僕はそれを聞き終わる前に部屋に戻った。もう耐えられなかった。
それからというもの、僕はなるべく早く寝るようにしている。夜寝る時だってのに首を絞めて殺してるシュウヤの音を聞きたくないから。
♦︎
アヤはよくシュウヤに殴られる。
仕事がうまく行かなかったとき、気分が悪いとき、嫌なことがあったとき、そういうときにシュウヤはアヤを殴る。蹴ったり、投げ飛ばしたりもする。
アヤはシュウヤが帰ってくると、隠そうとはしているもののすごく怯える。でも一発目か二発目くらいまでは直接受ける。始めっから体を丸めて体を守っていると余計殴られることをあの子は知ってるから。
アヤは手足がないから受け身が取れない。だからいろんなところを怪我する。
僕も初めは勇気を出してシュウヤに注意した。やめてあげて、と。だけどメリッサに止められた。それでメリッサが僕に話してくれた。
メリッサも初めのほうは「アヤが傷つく」という理由でシュウヤに注意していたものの、虐待が始まってからアヤは話さなくなり、メリッサにべったりになったらしい。
元々あまり話さない子ではあったものの自分の意見は言っていたから、純粋にペットが欲しかったメリッサは悩んでいた。それが虐待を始めた途端、何も言わなくなったので
メリッサも満足してシュウヤがしていることには関わらなくなった。
僕だってわかってる、この家庭がおかしいということくらいは。嫌なら出ていけばいいと自分でも思う。
でもここで、この世界で彼ら以上の強い人に会えるとは到底思えない。運良く出会えたから良かったものの1人だったらどうなっていたか。
結局は…自分勝手だ。アヤを庇ったのはアヤのため。でもここから出ていかないのは自分が苦しまないようにするため。虐待を他に相談しないのは、シュウヤがいなくなったら困るから。
僕は…最低だ…
地の果てで蠢く蛆虫ども カラサエラ @3cutter_4cats
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