第6話 最終決戦

 アイリスの攻撃を悲鳴をあげながら逃げ回るジョン・スミス。


「しょうがないじゃないですか! ちょっとボスのカメラと繋げようとしたらリモコンのディスク再生ボタン押し間違えちゃっただけなんですよ!」


「なんでAVなんかセットしてんのよ!」


「しょうがないっちゅうの。女王だって見たでしょ。ウチのボスってばどうせノイズ混じりの映像で登場するくせに無駄に4Kの大画面モニターなんか設置しちゃってんじゃん。私の方は今年ボーナス出なかったくせに、そんなとこに金かけるなって思うでしょ。そしたらちょっとプライベートでAV見るのに使って取り返そうって思うでしょ!」


 イツキたち三十人は「うんうん」とうなづいた。

 アイリスはムカっとして、キツイのを食らわせてやろうとジョン・スミスに手を向ける。


「ちょ、女王! 狙うのはアイツら、アイツら! アナタならまだ誰にも見せてない切り札もあるでしょうが。さあさあ、思いっきりやっちゃって下さい。おい、お前らもいい加減にここがデスゲームだってことを自覚しろ。冷酷なる女王ルースレス・クイーンの力にさらされて、恐怖で仲間を裏切ったり、逃げたり。人間がいかに醜い存在かってのを無様に晒すがいい」


「はっ、言われなくても!」

 アイリスはイツキたちに向かって構えた。例えクランの情報が抜かれているとしても、それでも自分しか知らないスキルの応用はいくらでもあるのだ。

 

 イツキはまいったなと頭をかきながら言った。


「俺は人間を信じてるよ。ジョンさん、あんたもそうだろ」


「えっ、私? デスゲームのスタッフに何聞いているのかね。人間の本質は利己的で自分本位に決まってるだろ。いいから殺りあうんだよ。私の査定を取り戻すために、醜い残酷な人間のさがを見せるんだよ」


「いいや違うよ。素人ナンパものAVに出てるのが本当の素人だって信じてるジョンさんは、結局人間の善性を信じてるってことなんじゃないの? あんたは俺たちにAVを見せることでそれを教えようとしたんじゃないのか?」



「はっ……はあ? 別に信じてねえよ! 舐めんな若造が。お前らデジタルネイティブと違ってこっちはアナログのVHSの時代からAVを嗜んでんだよ。そんななあ、素人ナンパものが実際はセクシー女優が名前変えて出てるだけってのは分かってんだよ! 


 こっちはあくまでそういうの込みで楽しんでんの! ちょっと演技が発展途上でお前その棒読みで女教師役は無理があるだろみたいな女優でも素人の役なら自然にできるだろ? むしろ熟練のスタッフの手でセクシー女優というキャラ以前の、女の子の素の姿を垣間見せてくれるのがいいんだよね。そりゃブログとかTwitterもフォローしてるけど、結局そういうとこで出てくる日常生活ってのは向こうが見せようとしてる盛ったプロフィールでしかないじゃん。


 もちろん素人役のときも役柄ってのはあるけど、ストーリーものと違って適当だから、意外とほんとの経歴をだしてきちゃうんだよね(笑)。お前モデル出身とかいう触れ込みだったけど、素人役の方ではアパレル店員で『店長が経費ケチってFBで私の写真で広告にしちゃってー』って言ってるから、きっとそれを元ネタに盛ったんだなあみたいな。


 いや、それが悪いとかじゃなくて。むしろ親近感わくって言うか。なんか自分の周りにもいそうな感じがぞくぞくする――――おゔぁあ!?」


「語ってんじゃないわよバカが!」

 生み出した暴風雪でジョン・スミスを吹き飛ばしたアイリス。


「もういい。私一人で十分。全員この場で殺してポイントに変えてやるわ!」


 女王の身体にまとわるように、いくつものクリスタル状の氷が浮かぶ。


「みんな、俺の背後に」

 イツキが皆をかばうように一歩前にでる。


「無駄よ。かわすだとか、防ぐとか、そんな次元じゃあないの――――」


 浮かんだ氷が放射状に周囲へと飛び散る。そして、ピキリと時間の流れが凍りつく。


氷血凝固クロッシングタイム―――と言ったところで聞こえてないんだけど」


 アイリスの最大のスキル応用技。金級位ゴールドクラスに登りつめ会得した新たな特性。

 それは周囲の時間を停止させることができる。その中で動くことができるのはアイリスただ一人。


 物理現象を越え、時間という概念に干渉する、スキルが生み出す特性の中で最上位。レア中のレア。


「とはいえ、長くは保たない。さっさと片付けなくちゃね」

 あまりに常識はずれの特性。さしものアイリスでも使用後はしばらくスキルが使えず、反動による疲労で動くこともできなくなる。

 敵を漏れなく倒しきることができ、かつクランメンバーもそばにいない。そのような限定的な状況でしか使えないスキル。


「なら、コレね」

 アイリスが取り出したのは小さな氷の塊。かつて倒した敵に爆破のスキルを持つものがいた。その爆破力そのものを凍り固めたもの。


 貴重な切り札の一つを三十人の99期生の上空に放り上げる。アイリスの手を離れて作動したその氷が光る。ひびが入るや膨張。すさまじいエネルギーと氷の破片が彼らに降りかかろうとして止まる。

 ビデオ映像をストップしたような、不可思議な絵面である。


「これで氷血凝固クロッシングタイムが切れた瞬間に全員が挽肉ミンチ。めでたく私のポイント。でも、イツキ。アンタだけは念を入れておく」


 アイリスは小さな氷のナイフを生み出した。

「アンタのスキル、身代わりとか言ったわね。観察してた限りあんたが本体で間違いないだろうけど、ウチのサキュバスお姉さ菊地んに負けた奴みたいに爆破のダメージを他に移すようなスキルだとやっかいだから、この停止状態で仕留める」


 そしてアイリスのナイフがイツキの左胸に触れた瞬間。


 ズバァン!


 イツキの服が粉々にはじけ飛んだ。


「なあああああっ!?」


 スーツが一瞬でボロボロに。左側は破片となり飛び散り、右側がかろうじて服の形状を残す。意外や筋肉質な、鍛え上げられていたイツキの半身がさらされている。


「しまっ――――」

 目に飛び込んだ男の肌にアイリスが集中を崩し、時間凍結が解ける。

 そうなればアイリスのセットした爆破も破壊のエネルギーの放射を再開。

 アイリスもろとも辺りは衝撃波と爆音の奔流に包まれ――――


「はっ」

 アイリスが気づいた時にはその身体は地面に倒れ込んでいた。

(生きてる? ……なんで?)


「みんな、大丈夫か!」

 頭上でイツキの声が聞こえる。


 自分の策が失敗したと悟ったアイリスがスキルの反動で重い身体を持ち上げると、

「はあああああっ!?」


 イツキが、先よりもボロボロになった服の破片を落としながら、ほぼ全裸で立っていたのだ。かろうじてズボンが下着程度の面積を残して。


「なっ、なっ、なにそれー!」


「おっと、やっぱり君の攻撃だったか。でも心配いらないよ。俺のスキルは身代わりっていったろ。正確には自分と仲間への攻撃ダメージを衣服を犠牲にして打ち消すってスキルなんだ」


「はあ? そんなのダメージと全然釣り合ってないじゃない!」


 本来は三十人全員を殺傷し、ビルもただではすまなかった筈の爆破力。それがスーツ一着で防げるはずがない。


 だがそれがスキルである。その者の魂の求めにより生まれる異能力。それが純粋な想いであればあるほどスキルは強力となる。


 そう、故に一ノ瀬イツキのスキル『未必のリベレート・オリ粉衣ジナル・シン』。


 少年漫画の主人公が見せる謎の防御力。

 敵のエネルギー波や爆発から、あるいはビルの崩壊から。自分と仲間を守り立ち上がったその姿はボロボロの衣服。だがそれ以上の被害は抑えるという奇跡。


 どういう理屈で服が粉々になるのだとか、一人で複数をカバーできるはずがないとか、そういうツッコミを無効にするのはそれが主人公だからという公理原則である。


 まさに三十人の新人のリーダーである、生まれついての主人公であるイツキに相応しい異能スキル


「イツキ君、また知らないうちに私たちを守ってくれたのね。今度はイギリスのシュンとした貫禄がでるタイプのスーツなんかがいいと思うの」

 妙齢の女性がイツキに近づいてくる。


「おい待てよ。スーツはさっき着たろ。今度は俺のスキルを味わってくれよ」

 横から入ってきた男がイツキの肩に触れる。


 アイリスの目の前でイツキの全身が一瞬でラバースーツに包まれる。


「なあっ!?」


 そう、これこそが最初のアイリスの必殺技から自分を。植田のビルまるごとの攻撃から仲間を守った秘密であった。

 それぞれを衣服を身代わりにしてダメージを無効化。すぐさま仲間のスキルで別の服を着用することで次の攻撃をも防いだのである。


「どうだい、イツキ。リーダーらしく赤を主体にしたデザインにしたんだ」

 自身もラバースーツに身を包んだ男が言う。

 イツキのラバースーツは彼のスーツを基調に赤のラインが各所に文様のように走ったデザイン。


「ああ、結構いいなこれ。なんかこう、着てるんだけどまるで全裸を見られてるような高揚感があるんだ」


「そう思ってちょっとキツメにしといたよ」


 胸板から腹にかけてのデコボコが、臀部の割れ目、股間の盛り上がり。ピッタリとしたラバースーツはイツキの美しい肉体の輪郭をあらわにしているのだ。


「や、でもちょっとこれはキツすぎない」

 イツキが腰に手をあて、ラバーに隙間を作ろうと引っぱる。


「おいおい、イツキ。そんなに興奮したらそりゃキツくなるよ」

 と男がイツキの股間を指差した。


「「「HAHAHAHAHA!」」」」

 周囲のバカ笑いとイツキの股間のピクつきを見てアイリスは身を震わせて叫んだ。


「うっさい、死ね! バカ! 変態!」


 女王アイリスの、金髪ハーフの十代美少女の心からの罵倒。だがその口撃がイツキに届けば――――


 ズバァン!

 

 イツキのラバースーツがはじけ飛んだ。


「おおっと大変だ。すさまじい攻撃をくらってしまったぞお!」

 明らかにウキウキとした口調でイツキがダメージを皆に訴える。


 今度は半裸などではない、ズボンのベルトに至るまで全てがボロボロ。かろうじてその破片が飛びって正面から見れば大事な所はカバーしていたが。

 いや、下から見上げていたアイリスの角度からはその全てが見えてしまって。 


 今まで必死に殺し殺されしながらデスゲームを進めてきた自分を、まったく意に介さないバカたちの盛り上がりを見てしまって。


「か、勝てない……」

 このデスゲームにおいて最大のクラン。そのリーダーたるアイリスは意識を失った。


        ****


 かつて、エッチな映像アダルトビデオコンテンツがレンタルビデオという形態で提供されるのが主流であった時代。

 

 レンタルビデオ店の一角。暖簾で隔離されたその空間。


 そこには調和があった。他者への尊重があった。


 そこを訪れる者はただ静かに己の魂と向かい合っていた。


 外の世界ではいかに周囲を威嚇するかを己の拠り所アイデンティティにしているヤンキーも、この空間では静寂を守った。

 日頃は部下にはライバル企業を押しのけて契約を取るように強要する男であっても、ここでは目当てのジャンルに人がいればその吟味の時間を邪魔をしないように、その間は新ジャンルを開拓するのも一興と遠慮する。

 家族からゴミのように扱われる無職中年男性であっても、ここでは一個の人として扱われる。奥の旧作コーナーに向かうため狭い通路を進めば、皆は嫌な顔一つせずにそっとスペースを開けてくれるだろう。


 それは過酷な自然環境のサバンナで、貴重な水場において肉食動物と草食動物が争うことなく水を分かち合う光景に似ていたかもしれない。



 そして、暴力と裏切りとが支配するこのデスゲームで。


 一本のAVによって結ばれたクランが誕生した。

 彼らは決して暴力で人を支配しない。死の恐怖に負けて人を殺めることはない。他者の性癖を、その魂を尊重しあった。


 やがて彼らはこのデスゲームを制し、主催者を討ち果たし、死の運命さだめを覆し、己の性癖も解放することになる。


 これはそんな彼らが22歳Eカップのフリーター由紀ちゃんにその凄テクで導かれ、S級スキルを開花させた始まりの物語である。

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このデスゲームはR18に指定されました ~冒頭でモニターにA◯を放送事故ったせいで全員がエッチなスキルに目覚めてしまった!~ 笠本 @kasamoto

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