第5話 B2S『壁越しに行われるえげつない行為』
【ビル入り口】
「植田! 返事をしなさい!」
女王アイリスは手にした無線機に向かい叫んだ。
(チッ、だめね植田もやられている。このイツキってやつ、何も知らないふりで姿を晒したけど、実際には用意周到こっちを待ち構えてたってわけ?)
一ノ瀬イツキは無防備にこちらに背を向けてビルの方をのほほんと眺めている。みんな頑張ってるなあとのん気な台詞をつぶやきながら。
わずかに無線が通じた者の話からは、99期生が自分たちのスキルと対抗出来るスキル持ちをぶつけてきていたことが伺えた。
そこから推測できるのは、クランメンバーの情報がイツキに漏れているということ。
(裏切り者? そんなことを許すほど舐めた支配はしていないつもりだったけど。もしくはこいつらに情報戦特化のスキル持ちがいるということ)
そしてアイリスは気づいた。
イツキのそばに同世代の青年がいることを。耳元で何かを告げている。
「あいつは!?」
さっき自分がスマホゲームのノルマ作業を命じた男。戦闘に向かずに雑用を命じている下っ端の一人。
「アンタが裏切り者か! …………いや待って、アンタは誰? 私は名前を知らない。なんでそんなやつがうちのクランに……えっ、こんなやついない?……でも、なんでさっき私は…………」
アイリスは困惑した。思い返せば全く見覚えのない青年。なのになぜさっきの自分は疑いもなくスマホを投げ渡し、部下として命令を下したのか。
「誰よあんた! イツキの仲間だったってわけ!?」
アイリスの言葉にその青年は寂しげな表情を見せる。
「そっか女王様は僕の名前は知らないか。たったいま会ったばかりのイツキの名前はすぐ覚えたっていうのにさ。ふふっ、そうだね。昔からみんなイツキにばかり夢中になって僕のことなんて見向きもしないんだ。ずっとそばで君のことを見ていた僕なんて関心もないんだね」
「そうしょげるなよトウヤ。これからゲームクリアを目指すんなら仲良くなる機会なんていくらでもあるさ」
「ふう……イツキは性格が陽性だからそんなこと言えるんだよ。ふふっ、そうだね。それでこそイツキだよ。君は僕にいつも絶望と後悔、そして喜びを与えてくれる」
「いや……ほんと知らないんだけど」
トウヤという名前を知らされたがまったく覚えはない。
アイリスは必死に記憶をたどるが、この青年とは今が初対面のはずだ。それでいてずっと自分の人生の背景にいたような、そんな思いを抱かされる。
まるで名前を知らない近所の人間、隣のクラスの生徒。視界に入ってもおかしくはないが深い接点がない、そんな関係性であるように。
「そう……これがアンタのスキルってわけ。自分のことを認識させなくする能力ってとこかしら」
「ようやく僕のことに関心を持ってくれたみたいだけど、違うよ。僕のスキル、B2Sは僕を魅力的な女の子の傍観者にする能力だよ」
「はあ?」
アイリス、本日何度目かの驚愕と呆然。
「そう、それがB2S、『
君みたいな可愛い女の子の過去の人生を覗いて、その娘がどれだけ魅力的かをじっくりと知ることができるスキルなんだ。そして君たちが他の男と結ばれるとき。なんであの時に勇気を出して告白しなかったんだろう、『あの娘のことは僕が先に好きだったのに』、そう絶望し後悔するためのスキル」
「キモッ!!」
◇十河トウヤ
スキル名『
対象の女の子の過去に介入するスキル。出来ることは近所の人間やクラスメイトとしての距離から対象を傍観することのみ。直接的な接触は挨拶をしたり、プリントを手渡されるなどのごく限定的な範囲にとどまる。
対象がいかに魅力的かを過去に遡って知るためだけのスキルであるが、たとえ相手が初対面の既婚者であろうとも先に好きになることが可能という、恐るべき事象改変能力である。
イツキの古くからの友人であり、好きになった娘がいつも彼に惹かれてしまう経験を重ね、やがてそれを喜びに変換できるまでになったトウヤだからこそ発動できたスキルである。
※※※
「ほんとキモいんだけど!」
(ってことは何? こいつは過去にさかのぼって私の人生を覗き見できるってわけ? たしかに過去の戦闘でこいつがすみでウロチョロしてたような記憶があるような気がしてきた。…………つまりクランの情報は全てこいつに抜かれてしまってたということ!)
アイリスは理解した。
先ほどビルの屋上でこの男にスマホを投げ渡し、自分の代りにゲームを進めるよう命じたやりとり。あれは実際の過去ではない。だがこの男の傍観者として介入できるというスキルによって事実として差し込まれたのだ。
そのような薄い介入であっても、意識もしないその他大勢としての関わりしか持っていないとしても、自分やクランメンバーのスキル内容を知るには十分である。
「こいつらッ!」
トウヤは言うだけ言うと、すっとイツキの影に隠れるように下がる。それが自分の立ち位置だとばかりに。
イツキはのんびりとした表情のまま。だが今のアイリスには分かる。この男は見た目通りの人の良い大学生なんかではない。はっきりと彼女のクランを呑み込もうと敵対の意思を持った組織のリーダーなのだと。
目の奥に秘めた覚悟が今ならば分かる。
「おーう、イツキー。片付いたぜー」
そこへ廃ビルの入り口から大勢の人間が出てきた。
「えっ、待って。どういうこと。アンタたち、いったい何人いるの!?」
ぞろぞろと連なる男女。そこに自分のクランメンバーがおらず99期生だけなのはもう分かっている。だがその人数が尋常ではなかった。
「三十人だよ」
イツキの返答にアイリスは目を見開いた。
「嘘っ! 三十人ってことは入学式で誰も死んでないってこと!? 一人も殺さずにクリアしたっていうわけ!? そんなことできるはずがない!」
「できるさ。殺し合いなんてせずに全員で協力すれば簡単にミッション達成できたよ」
「そんなの机上の話でしょ! 私のときもそう持ちかけてきたやつはいた。でも真っ先に裏切ってきたのがそいつよ。スキルを知れば知るほど、システムを理解するほどにポイントの重要性が分かる。ミッションクリアのポイントより誰かを殺すキルポイントの方がはるかに高いのよ。全員が仲良くお手々つないでクリアなんて目指せるはずがない。必ず誰かが裏切る。全員が殺し合いに走るまであっという間だったわよ!」
入学式は自分のスキルを理解させ、殺し合いに踏み出させるためにデザインされている。イツキの言うように全員が協力し合えば簡単にクリアはできる。だがそれで得られるのは三十人全員に均等割された僅かなクリアポイントだけ。
入学式には終了時にポイント数の多い者には様々な特典が与えられ、下位者は逆に命を落とすというルールがある。
そのため裏切りが誘発され、誰かが手を染めれば他の者も生き残るには他者を狩らざるを得ないのだ。
「そこはジョンさんのおかげさ」
「「はっ?」」
アイリスと、少し離れて様子を伺っていたジョン・スミス。
「ジョンさんが最初にAVを上映してくれたから、俺たちこれがデスゲームだって気づかずに皆でAV鑑賞会してたんだ。そしたらテンション上がってみんなで性癖暴露大会になっちゃって」
「アンタ中学生?」
「それで気づいたらスキルに目覚めててさ。ようやくデスゲームが開催されてるって分かったけど、もうここまで盛り上がったみんなと戦うなんてできないだろ。なら力を合わせてゲームをクリアするしかないってノリになったんだよね」
「よし、死ねスミス」
「あうっ!?」
アイリスが元凶たるジョン・スミスに氷の矢を撃ちこんだ。
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