No.6【ショートショート】サヨナラ世界、キミに溺れる

鉄生 裕

サヨナラ世界、キミに溺れる

気が付くと、そこは大破した飛行機の機内だった。


一体、何がどうなっている?

たしか僕は出張のため飛行機に乗った。

そして離陸から一時間程が経ち、突然機体が大きく揺れて・・・


そうか、僕の乗っていた飛行機は、何かしらのトラブルにより墜落したんだ。


なんてことだ、僕以外に生存者は?

誰か、生きている人間はいないのか?


だが、その飛行機に搭乗していた人間で、彼以外に生きていたものはいなかった。


とにかく、ここからすぐ離れなければ。

この機体も、またいつ爆発するか分からない。


男はシートベルトを外し、何とか大破した機体から外に出ると、

街を目指して歩き始めた。




男はやっとのことで墜落現場から一番近い小さな街に辿り着いたが、

そこである違和感に気付いた。


人の頭の上に、数字が浮かんで見えるのだ。

しかも、その数字は人によってバラバラだった。


最初はその数字の意味も、何故そんなものが見えるのかもわからなかったが、

その数字の正体が何なのかは程なくしてわかった。

恐らくだが、数字はその人の“残りの時間”、つまり寿命を示しているのだと。


それも最初は仮定でしかなかったが、偶然にも頭の上に00:00:45:00と

表示されている人を見かけ、その人の後を着いていった。

そして男の予想通り、数字が00:00:00:00になった瞬間

その人は車に轢かれて死んだ。


そこで、仮定は確信に変わった。

あの数字は、その人の寿命を表している。

そして、数字は左から順に日・時間・分・秒を表しているのだと。


その数字のせいなのか、なぜだか他人と関わることがとても怖くなり、

男は人目を避けながらどうにか一日一日をやり過ごしていた。

お金を持っていなかったので、食べ物を盗んでは街を転々とし、

夜になれば公園のベンチで一夜を過ごした。




飛行機の墜落から五日が経ったその日、男は何の気なしに電車に乗っていた。

特にどこかへ行きたいというわけでもなかったが、

とにかく人の少ない場所を求め、その電車に乗り込んだのだ。


そして男が乗り込んでから一時間程が経ち、とある駅を出発したその瞬間

ガタンという大きな音とともに、電車が縦に大きく揺れた。

電車はすぐにその場に急停車し、車内はパニック状態となった。


だが、男はもう気付いていた。

この電車に乗っている人々は、既にもう手遅れだと。


電車が大きく揺れたあの瞬間、バラバラだった頭の上の数字が

一斉に00:00:01:00となったのだ。


この後、何が起こるかまでは男には分からない。

もしかしたら爆弾が仕掛けられているのかもしれないし、

地震か何かで電車が横転し、押しつぶされてしまうのかもしれない。


なんにせよ、彼らはあと一分で死んでしまう。


突然頭の上の数字が変わるという場面には、これまで何度か遭遇したことがあった。

理由は分からないが、その瞬間の出来事や行動が、その人の人生を大きく変える。

いわゆる、人生の“岐路”というやつだ。

その岐路は、当然彼らの寿命にも影響する。


寿命こそ見えるが、この事態をどうにかできるほどの力までは男には無かった。


どうすることもできない男は、車内をグルっと見回した。

すると、なぜだか分からないが、車両の端の方の席に座っていた女性に目を惹かれた。

男は、前からその女性を知っている気がした。


男は記憶喪失だったのだ。

あの墜落事故以来、自分が誰なのか名前すら思い出せないでいた。


男はその女性に近づき、彼女の手にそっと触れた。

その瞬間、とある記憶が頭の中を駆け巡った。


自分が誰なのか、そして彼女が誰なのか。

残念だが、そこまではわからなかった。

それでも、その女性が男にとってとても大切な人だということは分かった。


なんとかして彼女だけでも救いたい。

でも、頭の上の数字は残り三十秒を示していた。


どうにかして、彼女だけでも救えないか。

何か僕にできることはないのか・・・


そうだ、あれがあるじゃないか。

あれなら、彼女を救うことが出来る。




男にはもう一つだけ不思議な力があった。

彼は他人の寿命の“移動”ができるのだ。


つまり、Aから好きな分だけ寿命を取ることができ、

そして取った分の寿命をBに与えることが出来るのだ。


寿命を取られたAは当然その分の寿命が減り、

寿命を与えられたBは当然その分の寿命が延びる。


男は、同じ車両に乗っていた人達の寿命を全て彼女に移した。

その車両に乗っていたのは、彼女を除いて20人だったので

10分ほどしか寿命を延ばすことが出来なかった。


けれど、今はそれで充分だった。

あと少しで起こるその岐路さえ乗り越えれば、また別の人間から寿命を移動できる。


そして、その瞬間は訪れた。

大きな地響きと共に電車は揺れを増し、彼女は神に祈るように両手を握りしめ目をつむった。


でも大丈夫だ。

君はまだ死なない。君はこれからも生き続けるのだ。


しかし、事態は男が想像していた以上に深刻だった。


男はふと電車の窓から外を見ると、自分の目を疑った。

電車の外にいる人々の頭の上の数字が、00:00:00:08となっていた。


これは、この電車だけに起こる出来事ではない。

もっと大きな、もっと深刻な何かがこれから訪れようとしている。


そして彼らの数字が00:00:00:00になったその瞬間、空が真っ赤になると同時に、

真っ白な光に包まれた。




人類は滅亡した。

たった一人の人間を除いて。

この地球上でたった一人、彼女だけが生き残ったのだ。


だが安心してはいられない。

彼女もあと10分もすれば死んでしまう。

けれども、彼女のために寿命を取れる人間はもうこの世にはいない。


男は急いで女のもとに近寄ると、彼女の数字を見て驚いた。

女の頭の上の数字は、7518:16:54:32となっていた。


この未曽有の災害という岐路を乗り越えたことで、彼女の寿命が変わったのだ。


男は安心したが、女にとってそれはまさに地獄だった。

この悪夢のような世界で、たった一人で生きていかなければいけないのだ。


もちろん、男はこれからもずっと女のそばで彼女を見守り続けるつもりだ。

でも、そんな事は女にとって何の意味もない。

だって、彼女には男の姿なんて最初から見えていないのだから。


男は、最初から死んでいるのだから。


あの飛行機事故が起こった時、男は既に死んでいた。

それに気づいたのは、男が最初の街に着いてからすぐの事だった。


男は街にいた数人に話しかけたが、皆が彼のことを無視した。

それどころか、まるで彼のことが見えていないような、まるで彼がそこにいないような

そんな態度だった。


そこで男はすぐに気づいた。

そうか、僕はもう死んでいるか。


それでも男は平気だった。

例え周りの人間が彼のことを見えていなくても、周りに人がいるというだけで

幾分かは落ち着いたし安心できた。


しかし、今の彼女は違う。

彼女は正真正銘、独りぼっちになってしまったのだ。




それから二十年と少し、彼女は自分の寿命を全うした。

最期は、自殺だった。

いよいよ一人に耐え切れなくなり、彼女は自ら命を絶った。


それでも、彼女は二十年もの間、この独りぼっちの世界で生き続けたのだ。

それは想像を絶するものだったに違いない。


彼女はやっと、この独りぼっちの世界から解放されたんだ。




さぁ、次は僕の番だ。

これからが、僕にとって本当の独りぼっちだ。

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No.6【ショートショート】サヨナラ世界、キミに溺れる 鉄生 裕 @yu_tetuki

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