猫好き店主と穏やかな日常

「試食用ができたよ」

「っ、本当? 楽しみだわ!」


 マーリンに声をかけられて、メアリーは手元の物を慌てて隠した。不思議そうに首を傾げるマーリンの背中を押して、調理場へと促す。メアリーの周囲で寛いでいた猫たちが視線を送ってくるが、夕飯はまだ先である。蒸しささみを用意しているので楽しみにしていてもらいたい。


「わあっ、凄く良いわね!」

「だろう?」


 調理台の皿には三種類のコメの塊が並んでいた。一つ目は茶色で表面に焼き目がついているもの。二つ目は混ぜられたニンジンや青菜の色味が美しいもの。三つ目は茶色で鳥肉や根菜類が混ぜ込まれたもの。


「美味しい……」

「それはショウユとかで味をつけて炊いたコメで魔猪の煮込みを包んで、丸めた後に表面に焼き目をつけたものだね。表面が香ばしくて良いアクセントになっているだろう?」

「マーリン、あなた天才ね!」


 マーリンが照れくさそうに微笑む。メアリーは一つを食べきり、二つ目に手を伸ばした。これは彩り鮮やかな野菜が混ぜ込まれたものだ。


「あら? この豊かな風味は何かしら?」

「セサミオイルだよ。細かく刻んだ野菜の食感も良いだろう?」

「美味しいわ! 野菜って、こういう食べ方もあったのね」


 三つ目は肉や根菜が混ぜ込まれたもの。一口口に含んだだけで、しっかりとした肉の旨味が口内に広がった。コメ自体にしっかりと味が染みていて、嚙む度に美味しさが溢れてくる。


「なんてことなの! コメにこんな可能性があったなんて!」

「ふふ、それは僕の自信作さ。肉の弾力や根菜の歯応えも楽しめるだろう?」

「あなたって、本当に素晴らしい人ね!」


 完璧なメニューが出来上がったところで、次はメアリーの成果発表だ。隠していたものを取り出す。


「これは……」

「紙バッグよ。ここを折り込んで作ったの」

「ははっ、まさかこれ全部手作りか。この絵もいいね。この子はノアか。こっちはハリー? これはグレイだな」


 メアリーが差し出した紙バッグを見て、マーリンが楽しそうに笑いだした。一つ一つを見比べて、メアリーが描いた猫たちのイラストを愛おしそうに眺めている。紙バッグには、猫のイラストと共に店の地図や説明が書いてある。コメ自体は一つずつ白い紙で包み、客の希望数をこの紙バッグに入れて渡す予定だ。


「君はやっぱり素晴らしいな! 宣伝効果もバッチリなものをこんな短時間で思いついてしまうなんて!」

「マーリンの料理の腕前に比べたらまだまだよ!」


 マーリンと顔を見合せて、メアリーは期待に胸を膨らませていた。


***


 日が昇ってまだ間もないころ。メアリーは売り物を並べたトレイに結び付けた紐を首にかけた。こうすれば両手が空いて接客が楽になる。紙バッグは腰元のバッグに入れ、準備は万端だ。


「マーリン、行ってくるわ」

「行ってらっしゃい、気をつけてな」


 とある事情から人前に出ることを好まないマーリンは、心配そうな表情での留守番だ。


「『にゃんにゃん食堂特製コメ包み』完売してみせるわ!」


 今回売る商品はそれぞれ『魔猪の煮込みのコメ包み』『彩り野菜の香味コメ包み』『山椒鳥の炊き込みコメ包み』と名前をつけた。どれも自信作だし、店の宣伝のためにも頑張らなければならない。


「僕もお供しますから、迷惑な客は追い払いますよ」

「頼んだよ、アル君」


 メアリーの気合いが入った宣言をよそに、マーリンは駆けつけてくれたアルに深々と頭を下げていた。メアリー一人でも大丈夫なのに心配性な夫である。




 道行く人に声を掛けながら商品とお店を宣伝して歩くと、面白いくらいに人々の興味を引くことができた。最近急速に出回りだしたが、まだ活用法が分かっていなかったコメを使った料理だということが一番の理由だろうが、それ以外にも目を引くものがあったからだ。


「アル君、重くない?」

「大丈夫ですよ。ブランがよく面倒を見てくれていますし」


 メアリーの横に並んだアルの腕には、リードを付けた灰色猫グレイがおさまっている。猫がいる食堂というのをアピールするには、実際に猫を連れて宣伝するのが良いだろうと思ったのだ。

 グレイはアルの肩に乗った森狐ブランに相変わらず夢中のようで、揺れる尻尾にじゃれている。ブランはうんざりした顔をしているように見えた。


「美味しそうね。にゃんにゃん食堂? まあ、猫ちゃんと一緒に食事を楽しめるの?」


 声を掛けてきたご婦人に微笑み、店と商品の説明をした。この一時間ほどで何度も繰り返してきたため、メアリーの語り口は歌うように滑らかになっていた。

 「後日伺うわね」という言葉と共に商品を受け取ったご婦人が、今日最後の客になった。見事完売である。

 メアリーは浮き立つ心を抑えられないまま、スキップをして店へと帰宅した。




 宣伝効果は凄かった。平日にはご婦人や若いお嬢さんたちが昼ご飯やお茶の時間に訪れるようになり、平日夕方や休日は猫好き男性もそれに交じるようになった。

 売り歩いた時の客は男性が多かったのに、予想以上に女性が多く訪れるようになったのは、夫や父親から店の情報を聞いた女性が多かったからだと思われる。その後は女性同士のコミュニティーで評判が広がったようだ。

 店を訪れる人は誰もが動物が食堂にいることを厭わず、猫好きらしく猫のマイペースさを理解してくれているおかげで、目立った問題は今のところ起きていない。

 窓辺で日向ぼっこをする子。客の膝の上で寛ぐ子。思わせぶりに足に擦りついてはすぐに離れていく子。客が差し出すおやつ目当てに愛想をふりまく子。猫たちは思い思いのスタイルで人との生活を楽しんでくれていた。

 メアリーは夢に描いていたものそのままの光景を見て、目が潤みそうになるのを必死に堪えた。



***



 ここはにゃんにゃん食堂。猫との穏やかな時間と美味しい料理を楽しめる店。ここにはいつだって温もりと笑顔が溢れています。あなたも心を癒しに一度訪れてみませんか?


「いらっしゃいませ! 何名様ですか? 当店、猫との時間を楽しむことをコンセプトにしております」


 ここでは明るい笑顔の女主人と可愛い猫たちがあなたを出迎えてくれます。


「当店の本日のおすすめメニューは『コメ包み三種定食』です! どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」


 にゃんにゃん食堂、本日も元気に営業中です。

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猫と過ごす店 ~猫好き店主の奮闘記~ ゆるり @yururi-_-

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