猫好き店主とグルメ開発
「アル君は面白いことを考えるなぁ」
「どういう物を作るの?」
アルが立ち去った後、エプロンを身につけるマーリンの背後から、調理台の上に用意された食材を覗き込む。そのほとんどはアルのバッグから出てきた物だ。薄々感づいてはいたが、アルのバッグは見た目以上の物を収納できるアイテムバッグらしい。
アルがメアリーたちに提案したのは、早朝の仕事始めの時間に表通りで料理を売り歩くということだった。早朝の表通りは、職場に向かう人や依頼を受けて森に向かう冒険者など多くの人が行き交っている。売り歩くだけなら屋台の場所代もかからないし、直接声掛けして店を宣伝できる。メアリーたちの睡眠時間は削られてしまうが、とりあえず一週間頑張るくらいはできそうだった。
売り歩くメニューとして重要なのは携帯性だとアルは言っていた。職場や冒険に行く人間が、持ち運びにくい物は買わないだろう。売り歩くときのことも考えると、持ち運びしやすい物が良いというのは納得できる意見だった。
「いやぁ、パンに揚げた肉でも挟むかなと思ったけど、それじゃあインパクトが薄いよな」
「そうね。それに最近は麦の値上がりが酷いわよ。原価が高くなって、気軽に手にとってもらう価格設定にしたら、利益がほとんどでなくなるわ」
「それじゃあ本末転倒というものだな」
マーリンが渋い表情で考え込んでいるので、メアリーも食材を手にとって考えてみた。料理についての知識はマーリンに遠く及ばないが、マーリンの料理を誰よりも美味しく食べてきた自信はある。過去に食べてきた物を思い浮かべ、メアリーは無意識に呟いていた。
「私、マーリンの作った魔猪の煮込みが一番好きよ。スパイシーで、パンにも
「嬉しい言葉だけど、煮込みは携帯に向かな――」
嬉しそうに微笑みながらも肩を竦めていたマーリンの言葉が途切れた。一気に真剣な表情になって、調理台の片隅に置かれていた麻袋を引き寄せている。
メアリーがその様子を不思議に思って見ていると、マーリンがニヤリと笑った。
「コメだ」
「ええ、それはコメでしょうね。最近急速に出回りだした、パンに代わる主食でしょう? 前にマーリンも出してくれて、不思議な食感だけど美味しかったわ」
「これで魔猪の煮込みを包むのはどうだろう?」
「……汁が垂れてきそうね」
「そこはしっかり煮詰めて、汁をちょっときった状態にすれば問題ないだろう」
「美味しいのかしら?」
自信ありげなマーリンに対してメアリーは半信半疑だった。だってそんな料理聞いたことがないのだ。そもそもコメが出回りだしたのが最近のことで、その食べ方は炊いたそのままのものしか知られていない。
「とりあえず作ってみるよ」
「そう……、じゃあ私は包むものを探すわね」
マーリンが早速調理に取りかかるのを見ながら、メアリーは包装用の紙類を置いている棚に向かった。
店内では持ち帰り用に甘味類の販売もしているので、包装紙は数多く取り揃えている。鮮やかな色で染められた物。無地でシンプルな物。最近発明されたという、油が染み込まない物。
炊いたコメを包むなら、くっつきにくく油も染み込まない物がいいだろうか。色々考慮した上で決めた白い紙の束を手にメアリーはマーリンが作業している場所に戻った。
「包むのはこれでいいかしら」
「随分シンプルだな……。もっと店をアピールできるといいんだが」
「それもそうよね」
無地の白い紙。マーリンの指摘を受けてメアリーは考え込んだ。再び棚へと向かい様々な包装紙を見比べる。
真剣に検討していると、食欲を誘う良い香りが漂ってきた。メアリーのお腹が大きく主張する。近くにいた黒猫ノアが驚いた様子で凝視してきて恥ずかしくなった。
「うん、いい感じだ。でもこれだけだと物足りないかな」
振り返ると、出来上がった物を食べたマーリンが渋い顔をしていた。皿の上には白く丸っこい塊がいくつか並んでいる。メアリーはそれを食べたくて仕方なくて、静かに近づいて手を伸ばした。
「……炊いたコメで魔猪の煮物を包んでいるのね。思っていたよりこの食べ方は良いわ。主食とおかずを一緒に楽しめるから、肉まんみたいなものかしら。でも、こちらの方が腹持ちが良さそう」
「メアリー……、そんな盗むように食べなくても……」
呆れた顔をするマーリンに舌を出す。マーリンの料理が美味しそうなのが悪いのだ。
「マーリンは納得がいっていないみたいだけど、どうするの?」
「そうだね……、まずはコメにも味をつけようと思う」
「ああ、確かに、中の具にたどり着かないと味が薄いものね」
「それと、これ一つだと男は足りないだろうし、他にも種類を作ろうかな」
「例えば?」
「アル君が持ってきてくれた山椒鳥の肉をコメと一緒に炊き込んでみる。コメにも肉の旨味が染み込んで美味しくなりそうだ」
マーリンの思いがけない言葉に、メアリーは大きく目を見開いた。コメと何かを合わせて炊くなんて、メアリーには思いつけないことだ。
「あとは……野菜も使いたいな。お腹にたまるだけじゃなくて、栄養や彩りもあった方が良いしね」
「素敵ね! 女性のお客さんにも勧めたいから、野菜は大切よ」
メアリーの絶賛を受けて、マーリンが照れくさそうに微笑んだ。
「じゃあ、改良してみるよ」
「ええ。私も包み紙について良い案が浮かんだから、頑張ってみるわ」
「おや、何だろう? 楽しみにしているよ」
マーリンに興味津々に言われて、メアリーは気合いを入れ直した。絶対にあっと驚かせてみせる。
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