蕎麦、食べませんか?

「らっしゃいまっせー!」


 ぎこちないと聞いていたそれとは違い、洞窟に響き渡るほどの威勢のいい声でゴブリンは冒険者を迎えた。


「あ、アンタが噂のゴブリン屋台か?」


「噂、ですかい? よくわかりやせんが、最近多くのお客さんによくしてもらってますねー」


 ゴブリンはニカッと笑みを浮かべる。

 厳つい笑顔は尖った少ない歯をちらつかせる。

 冒険者はそんなゴブリンの態度に面食らっていた。


「で、お客さんもどうです、蕎麦!」


「あ、ああ、んじゃあ一杯頼むよ」


 冒険者は面食らったまま屋台にゆっくり近づいていった。

 金髪の冒険者の話通り、ゴブリンへの警戒と周辺への警戒は忘れなかった。

 ただこのゴブリンに襲われたら無傷に済みそうに無いなと、威勢の良さに気圧されていた。


 並べられた椅子に座る。

 屋台といい、聞いていた話と違い立派なものだった。

 椅子に至っては酒場の椅子より丈夫そうな作りだ。


 どうぞ、と箸を渡される。

 そういえば持ち方を知らないなと冒険者は手に取ったが、その綺麗な造形が妙に手に馴染んだ。


 聞いていた話からの違いに戸惑っていると、鼻に空腹を刺激する香りが入ってくる。

 ああ、匂いから旨そうだ。

 口から涎が垂れて、冒険者は慌てて拭いた。


「それにしても、ゴブリンが何で屋台なんてやってるんだい?」


 キャスリンから話を聞いた時から疑問に思っていたことが口から出る。

 ゴブリン──異種族に話しかけているという感覚が薄まっている。


「あー、そりゃあね、ゴブリンキングからのお達しでして。ああ、ゴブリンキングってなぁ、あっしらの親玉、まぁ一番偉い存在なんですが・・・・・・魔物の中じゃそれほど強い分類にいるわけじゃないんですよ。んで、そのゴブリンキングが、こう判断したんですよ、あっしら種族は戦って生きてくには難しい、って」


「はぁー」


 話ながらも手際よく準備を進めるゴブリン。

 その話に冒険者は驚くしか無かった。

 自身の弱さに諦めて楽に生きようとしてる自分と似てるようで違う、しっかりと正面向かって考えている。


「んで、じゃあ何やるかっていうと、商売始めよう、って言うわけですよ。人間の見よう見まねで、商売をして日々の食糧を確保しよう、って言い出すわけですよ」


「魔物界に商売なんて考え方あったのかい? いや、勝算はあったのかな?」


「それがね、商売なんて考え、あるわけないんですよ。元々突然生まれて他から奪って生きてく、ってのが種族としての在り方でしたから。勝算なんて考え方もありませんよ、親玉にゃぁ」


 沸騰した鍋に麺が放り込まれ、数分と待ったあと掬い上げられる。

 ササっと水切りをしたのち、透き通るきつね色したつゆの入った器にそっと入れられる。


「まぁでもね、戦って生きてくには難しいって話はあっしらも首を縦に振るしか無かったんですよ。自分が弱いってのは重々承知の話でしたし。だから、人間の真似事に心血注ぎましたよ。これで生きてくんだ、ってね。そうしてたら、たまたま良い人間に逢いましてね、東の方に住んでるとか言ってましたが、その人間が旨い蕎麦を教えてくれたんでさぁ。はいお客さん、一丁あがり!」


 トン、と冒険者の前に湯気たつ器が置かれる。

 蕎麦の上に焼かれた小魚とネギが添えられていて、より香ばしい匂いが漂う。


 また聞いていた話と違う、と思いながら冒険者は馴れない箸を使い麺を持ち上げた。

 金髪の冒険者の身振り手振りの見よう見まね。

 ふーふーと息を吹きかけてから、麺を口へと運ぶ。

 気持ちのいい噛み応えで麺が切れて、口につゆの深みがあるのにスッキリとした味わいが広がる。


 ほふほふと口の温度を冷ましながら気づけば手にもつ箸は次の麺を口へと運んでいた。


 これがソバか!!


 初めての感動に冒険者の箸を動かす手と、蕎麦を啜る口が止まらない。

 メンも汁も、小魚も、何だか知らない草の刻んだのすらも旨い。

 あまりに旨い、持ち上げた器が軽くなっていくのがもの悲しくなるほど、旨い。


「いやぁ、お客さん、良い食いっぷりだ、嬉しいねぇ。見るに蕎麦は初めてかい? 旨いでしょう、蕎麦。あっしもね、これ食わせてもらって惚れちまってね、この味に。この蕎麦なら、商売ってのも上手く行くんじゃねぇかってこんな洞窟でも続けてるんでさぁ」


 腕を組んだゴブリンが厳つい笑顔でしみじみと語る。

 冒険者はそれを聞く耳もたずに夢中で蕎麦を平らげた。

 空になった器には、感謝と悲しみが待っていた。

 空腹を満たしてくれた感謝と、蕎麦を味わう時間が終わってしまった悲しみ。


「旨かった、本当に旨かった。お代はいくらだい?」


「ありがとよ、お客さん。ああ、銅銭十六枚でやらせてもらってるよ」


 金髪の冒険者の話を思い出す。

 確か階層を聞いて誤魔化したんだったか?

 今何階層まで降りてきたのだろうか?


 いや、そんなことどうでもいいな。


 冒険者は腰に結んだ布の小袋を外し、手に掴んだ。


「ゴブリン──いや、大将! もう一杯だ、おかわりをくれ!!」


 小袋を逆さまに向けて銅銭を並べる。

 ありったけの金、ちょうど蕎麦二杯分。


 冒険者はゴブリンに負けぬ厳つい笑顔で、空になった器を返した。

 この依頼が終わったらまたここに来よう。

 この蕎麦を食べに来よう。


「あいよ、もう一丁!!」


 ゴブリンの威勢の良い声が洞窟に響き渡った。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴブリンですが、屋台そば始めました。 清泪(せいな) @seina35

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ