第3話おまつり

「さあ、ついた。そっと見まわしてごらん」

そう言われて、私はまだ暗さに馴れない目をこらした。


ほたる?  あちこちで光るものがあった。

いえ、ほたるにしては瞬かない、鋭く、何か強い意志をもった光。

「何かこっちを見てる」

私は、ちょっと気味が悪くなった。


「そうさ、あの光ひとつひとつは、猫の目だよ」

「ああ、そういえば、猫。あんなにたくさん」

闇の中の光は、ふたつずつ増え続け、今では空き地全体がおおわれてしまったかのようにキラキラ輝いていた。

物音ひとつしない、鳴き声をたてる猫もいない。


「さあ、我々も行こう」

灰猫はゆっくりと空き地の中心に向かって歩き出した。

「さあ、おいで 、二本足で立っているのはつらいだろう。無理しないで前足をおろしてごらん」


 私には、何を言われているのかわからなかった。二本足で立っているのがつらいって、歩けるようになってからは、ずっと二本足で歩いてきたのよ、私。


「見てごらん、なんてきれいな毛並みだろう」

いつのまに来たのか、ぼうし猫が隣に座って、私の顔をなめていた。


なめるっですって!

私、縮んでしまったのか。ぼうし猫の顔がすぐ近くにあった。

思わず目をこすろうとして手をあげると、私の両手は柔らかい金色の毛皮におおわれていた。


「ほうら、言っただろう。おまえは子猫だって」

灰猫は、私が驚いているの見て、面白そうに言った。

「でも、でも、私」


「さあ、持ってきた袋はどこにあるね」

「そこに、でも、重くてもう持てない」

「だいじょうぶ」


 灰猫は、空き地をかこむ輝く光にむかって、誇らしげに宣言した。

諸君しょくん、待ちに待ったこの時がやってきた」


セッカチと、ぼうし猫は、しずしずと私が持ってきた手提げ袋をくわえてきた。


闇の中の光がいっせいにまたたいた。あい変わらず物音はしないが、興奮しきった息づかいが感じられた。


 猫になった私には、暗闇の中でもまわりが見えるようになった。

数百匹とも思われる猫たちが、空き地のまわりから、まんなかに置かれた手提げ袋に、視線を集中させていた。


「さて、今年の祭りのプリンセス。金色猫きんいろねこを紹介しよう」

私は、灰猫に中央に押し出されて、とまどいながらおじぎをした。


 そのとたん、四方八方からコロゴロのど鳴らす音が聞こえてきた。

猫がのどを鳴らすのは、気分がいい時だから、どうやら歓迎かんげいしてくれているらしい。


「袋に入っているものを出してくれないか?」

灰猫が私に言った。私は手提げ袋の口から、前足を差し入れて、金色の丸いものを転がした。


大きなミカンだ!

南の国でとれるという、ザボンにちがいない。子供の頃おみやげにいただいて食べたことがある。


「さあ、月が現れたぞ。闇の中に月を放り投げろ、この夜空に輝くように!!」


 灰猫が合図すると、猫たちはザボンの月をめがけて走りよってきた。

いくら足跡がしない猫でも、こんなにたくさんの猫が走るのだから、かすかな地鳴りがした。


 耳をふさぎたくなるほどニャーニャー、ギャーギャーうるさく騒ぎたてながら、月を手に入れようと競争をはじめた。サッカーみたいだ。


 私も、セッカチとぼうし猫ににさそわれて、猫たちのサッカーに加わった。走ると風が耳元で揺れる。人間の時とくらべものにならないくらい、軽やかに走れた。


 となりを走っているセッカチに体当たりして、二匹でコロコロ転げてしまったり、あと少しで、月をつかまえられると思ったら、草の茂みにはずんで、別の方へ飛んで行ってしまったり。


 どの猫も大声で笑っていた。もちろん笑うと言っても、人間のように笑うわけではないの。うまく言えないけれど、体全体を使って笑う。


「トビだ! トビ猫が勝ったぞ」

勝負は、意外にあっけなくついたようだ。


 走りまわっていたのは、ほんの数分だろうか。やはり猫は長距離ランナーには向かないらしい。

どの猫もハアハア息を切らしてその場にすわりこんでしまった。


 金色の丸いザボンを、前足で押さえて立っているのが、トビ猫のようだ。若い大きなキジ猫で、耳の端がちぎれて変形していた。


「さあ、トビ猫に、このかんむりをかぶせてやるんだ」

灰猫がしろつめ草の冠を手渡した。私はうなずいて、そっと冠をくわえて前に進み出た。


 あたりからは、またゴロコゴロ喉を鳴らす音が聞こえてくる。ふと気がつくと、私もいつのまにか、ゴロゴロ言っているようだ。特に鳴らそうと思わなくても自然に鳴ってしまうものらしい。

「おめでとう」

私は、背伸びをして冠をのせた。


 トビ猫は、ちょっとはにかんだように笑って。それからふと、空を見上げた。

星ひとつ出ていない暗い夜空。


彼は数歩後ろへ下がって弾みをつけると、力一杯ダッシュして、ザボンを蹴り上げた。

ザボンはくるくる、不器用に回転しながら、空中をを走り、猫たちが見守っている前で、夜空にとけ込んで行った。


やがて、雲の切れ間から金色の光があらわれた


 ほうっ、というため息があたりに広がった。

小さな月だ。

猫たちは、静かに月を見つめていた。


 空き地のあちこちに、思い思いの姿勢でくつろいだ猫たちのシルエットが浮かび上がった。鳴き声をたてるものはいない、ゴロゴロのどをならす音が響いてくる。


私も、セッカチとぼうし猫とよりそって、月を見上げていた。

夜風がヒゲを揺らすのでくすぐったい。両手を胸の下にはさんで香箱こうばこ座りをしていた。


「さて、そろそろお開きにしようか」

灰猫は背中を曲げて伸びをした。

「え、もうおしまい」

まだ、三十分とたっていないような気がする。


 もっと月の輝きを見ていたかった。

黙って座っているだけなのに、広場にいる猫たちみんなと、気持ちがつながっているような、なつかしい気がしていた。


「物事に執着しゅうちゃくしないのが美徳びとくというものだ」

灰猫は得意とくいそうに胸をはった。


 私には意味がよくわからなかったけれど、うながされてしかたなく中央に進み出た。

「諸君、祭りに金色猫が来てくれた時は、良い年になる。今年はたくさんの子猫に恵まれるだろう。

食べ物も豊富にとれ、いつもに増して良い暮らしができるだろう」


灰色猫は広場を見まわして宣言した。

「終わりだ。解散!」


 するとサラサラ草を踏みしめる音がして、広場を囲んでいた光は、木立の向こうへばらぱらに散って行った。


暗闇があたりを取り巻いている。

「さあ、われわれも帰ろう」


灰猫が私の耳のあたりをなめた。

ザラザラした感触が、なぜか気持ちがいい。

「帰ろうと言っても」


 どうしたらいいんだろう。こんな子猫の姿で、伯母おばさんの家には行けない。

「灰猫さん」

私は心細くなって、灰猫の後について歩きながら声をかけた。

「なんだね」

「あの、私、私……」

せまいあぜ道を抜けて、じゃり道に出たところで、灰猫は立ち止まった。


「ここが、もとの道。伯母さんの家は、ほら、すぐそこだ」

人間だった私には何でもない細道だったのに、猫の私にとってはひどく広く思えた。とがった石がデコボコしていて歩きにくそうだ。


「さあ、道を渡るから気をつけて。突然、ジテンシャとかジドウシャとかいうヤツが出てくることがあるからな。あれはどんな大きい犬よりも強敵なんだ」

灰猫は言って、私にお手本を見せるように、全速力で道を駆けぬけた。


「さあ、おいで」

どうしてしまったんだろう、私。こわくて足が動かない。

さっきまではまわりに草が生えていて、体をかくしてくれていたせいか。まわりに何もなくなったら、とたんに不安になってしまった。


「さあ、だいじょうぶだよ」

「がんばって」

いつの間にか私の横に来ていたセッカチとぼうし猫が、はげましてくれた。

私は二匹にうなづくと、尻尾でタイミングをはかり、一気にダッシュした。


ほんの一瞬、体がフワッと浮いたような気がした。

目の前に白い霧がかかったようなまぼろしが見え、耳の奥で灰猫が何かつぶやいたような気がした。


「ネコちゃーん」

家の前で伯母さんが手をふっていた。

「おばさん?」

私は、目をこすろうとして手を見る。


ちゃんと指がある。

あれは夢だったのか? でも、手提げ袋は、どこかへ置いてきてしまった。


 空には猫の目のような三日月が…… そして、さらによく目をこらしてみると、

月の欠けた真ん中あたりに、小さな金色の月が輝いているのが見えた。


「よかった、おそいから心配していたのよ」

伯母さんはにこにこしながら近づいてきて、玄関へまねき入れてくれた。

「さあ、入って、もう暗くなってしまったからまって行くでしょう? お母さんに電話しましょうね」

「うん、そうする」

私は答えて振り向くと、灰色の長い尻尾が道の向こうへ消えていくところだった。


「バイバイ」

私はつぶやいて、玄関の戸を閉めた。

「次のお祭りにも、また呼んでね」

(終)

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黄金色のムーンサッカー 仲津麻子 @kukiha

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