第4話 アタック・オン・Ti

「ってか、寒ぅ! なんか、こう、強敵と相対した寒気とかじゃなくて気温低くね!?」

 目の前には、直撃すれば全身骨折確定の攻撃を指一本触れずに捌くやべーやつ。それはそれとして明確に気温が下がっている。

 だが、どうする? まずい状況なのは変わらない。全力逃走で逃げ切れるか? この少女は? 置いて逃げて大丈夫なものなのか?

 鷹揚に歩を進める『フェルミ』を前に逃げ腰を固めていると、少女が学ランの裾を引っ張ってきた。

「まって、もしかして……」

 次の瞬間だった。

影が降りてきた。

 黒のチェスターコートと長い黒髪を翻して、冷気を纏ったそいつは不気味なほど静かに、ぬらりと着地する。その後を追ってきた白く発光する手のひらサイズの球体がその顔を照らす。

「あ……」

 見覚えがある。『メンデレーエフ』と初対面したとき、隣にいた……

「助手ちゃん!」

 少女が嬉しそうに、そう呼んだ。え、まて。

「なんで知ってんの?」

 思わず少女の方を見る。そこで初めて、彼女を白色光の下で拝むことになった。赤毛と異様に白い肌、顔立ちはやはり日本人ではない。何よりネオンサインのような深紅の瞳がきらめく。

「ニーナ、それとコハル。間に合ったようで何よりです」

 助手さんは俺たちと白衣男の間に割って入るよう歩みを進める。

「……『マクスウェルの悪魔デーモン』」

 白衣男がボソりと、呟いた。

「『フェルミ』さん、引いていただけますか?」

「……致しかねます」

 男はゆっくりとした歩みを止めずに応える。

「それは残念……」

 助手さんがピタリと足を止めた。刹那、右腕を男に向け、構える。同時に男も歩みを止める。男の足元のマンホール蓋が盛大に吹き飛んだ。

「5000 Kケルビン空熱砲うつほ”」

 一閃、発光する球体が悪魔の右手の前へ弧を描き、白衣男に向かって眩い直線が突き差す。一拍空いて熱風がこちらを煽り、一気に汗が噴き出る。光と熱で思わず目を瞑る。

「……なるほど」

 助手さんの声が聞こえた。勝手に走る脈拍に抗いながら、薄目を開ける。

 銀色の金属の塊が妙な形で置いてあった。原形はお椀を伏せたようなトーチカ型、だが直撃した箇所は壮絶に溶けて発光し、その周囲は青錆になって焦げ付いているのが辛うじて見える。だが、貫通はしていない。

「助手ちゃん! 上!」

 少女が叫んだ。

 だが俺には、ひらりとドームの裏から男が現れ側面にしゃがみ込むのが見えた。白衣男ではない。かなり若い男、その山吹色の目がこちらを捉えた。咄嗟だった。腕、ガード、上げ、銀白の拳、白……



「ヤワいな……」

無防備に突っ立っていた少年を殴り飛ばした。とはいえど、あの間合いからを防ぐのは並大抵では不可能だろう。十数メートル転がって動かないところを見るに、戦線離脱は確定、目論見通り初手で一枚落とすことに成功した。

 背後から轟音が響く。『マクスウェルの悪魔』との交戦に、Neネオンを参加させないのが今回の任務だ。

 少女は既に距離を取り、弾幕を展開している。

「力ずくでも連れ帰る気なら、こっちも容赦しないわ!」

「そうかい、それは何より」

 深紅のネオンサインが再び宙に浮き、こちら目掛けて打ち出される。足裏からTiチタンを押し出して回避、俺を追うようにガラスの破片が地を這って弾ける。

 マジで容赦無い。赤い雨を躱し、ときには拳で砕き、防ぎ、ジリジリと距離を詰める。だが、思わず笑みがこぼれてしまう。思考と反射の狭間で敵を攻略する喜びは、何者にも勝る!

 視界外の高高度から打ち下ろされるネオン管を裏拳で弾き、その勢いで回転しつつ足を掬う射撃を躱し、正面と背面をTiチタンの籠手で一掃する。着地と同時に踏み込み、間合いを詰め、少女の目前に拳を突き付けた。風圧が赤毛をなびかせる。

「連れてく気はねぇよ、もう家に帰りな」

「……Мне некуда возвращаться」

 少女の赤い眼が見開かれ、急に目の前が真っ暗になった。



「っか、はぁっ……あ」

 やっちまった。相手は気体元素だ。酸欠でぶっ倒された。もう既に少女は居ない。窒息死まではしなかったらしい。

 ペシンと頭を叩かれた。

「アホたれ、近づいたらオトすか、そうでなきゃ近づくなっつったろ?」

 オウガがその高身を折り曲げて俺を覗き込んでいた。どうやら向こうも終わったらしい。

「調子乗った……あ、作戦の方は?」

「成功だ」

 俺たちはニヤっと笑いあった。

雑魚少年とNeネオンと『マクスウェルの悪魔』は既におらず、大量のガラス片と凹みや溶け痕だらけのコンクリートと俺が作ったトーチカが残されていた。トーチカからフェルミさんが這い出てきた。

「目的は果たしました。即刻撤退します」

 俺はトーチカに触れて変形させる。形が崩れて下水道に繋がる穴が露わになる。半分は背負って持ち帰れそうだ。もう半分はどうしたものか。

「残った残骸その他はどうするんすか」

 オウガがフェルミさんに訊ねる。

「その暇はありません。FePbが来ているとのことです」

「うげ、あの歩く銃刀法違反どもか」

 フェルミさんは計算尺を滑らせて何かの権能を発動させる。

「私の力もここまでです。行きましょう」

 俺はガラス片の中に何か、妙なものを見つける。黒く硬い破片。

「おい、タイガ! おいてくぞ」

「あ、ああ! 今行く!」

 俺たちは夜のビル街を後にした。



「『フェルミ』め……あいつらはどこにいるんだ?」

「まんまと逃げられたようです」

 黒スーツ男とハンチング帽を被った老人がガラス片の野に立っていた。

「そういやよう、クロガネ。おめぇの弟子……C炭素だっけか、見事にやられとったなぁ」

クククと老人は笑って溶けたコンクリートに手を触れる。

「…………」

 クロガネは黙ったまま夜空を見上げる。十六夜の月が雲に隠され、わずかに見える星々が瞬いた。

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プロト版(元素戦記) 英島 泊 @unifead46yr

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