第3話 十六夜Ne街
散歩をするなんていつ以来だろうか、物凄く久しぶりに感じた。前回の激闘(笑)をクロガネはある程度認めたらしい。訓練は休みと相成ったのである。自室には面白い物も無く、施設内を歩き回るのも何故か禁止されている。となれば外に行くしかないのだが……
「しかし、なぁ」
夜なのだ。外出許可証なるもので指定された時間は夜。理由はよくわからない。
「まあ、それもそれでいいか」
というわけで、外の見えない車に乗せられて外出するに至ったのである。
降ろされたのは人気のないオフィス街の公園であった。
「地下労働から解放されたような清々しい気分だぜ……」
黒服も監視してるしな。
昨今の省エネ情勢のせいか最低限の照明しか点灯しておらず、周囲はかなり暗い。海の方へと緩く風が流れ、沈黙するビルの間をのんびりと歩く。
「うん、あきた」
しかし、あまりに単調すぎた。無目的な散歩よりも美味い飯を食いに行くだとか、人に会いに行くだとかの方が好きだったな、うん。軍資金も用意し忘れたし、消去法で外出たが最後、状況なんも変わらん。外出の意義を見出しかねて、一つ。
「……いや、待て。野良の
そう、前回の2元素確保で1ヶ月ほど余裕がある。滞在日数を現金に換えられるとも聞いている。娯楽品などの購入もこれで賄えるわけだ。捕らえた元素の数がそのまま資産になる。
「あ、つまり博士は
その目的はやっぱりわからないのだが、今のところ逆らう理由も無い。元素能力者探しに移行することとしよう。
そんなことを考えつつ歩いていたそのときだった。
「“居る”」
感覚で解る。なんか周期が合う奴が近くに居る。初めての感覚のくせに妙な確信がある。
「ん~……様子見だけ、ね」
そう言い聞かせ、そろりそろりと近づく。途中でどうせ向こうも“居る”のが分かっていることに気がついて、真っ直ぐ歩いて行くことに決めた。
“この角を曲がった中央に陣取っている”。その先から赤い光が滲む。おそらく俺が来るのを待ち構えているのだろう。息を整え、即逃げの心構えをし、いざ踏み出す。
そこにいたのは少女だった。
そして通り一面にはひたすらに赤い電飾。緑と茶色の街路樹も、白と灰色のビルも、青白緑のコンビニも、全て赤から黒のグラデーションで塗りたくられていた。
「は……?」
少女の見た目は小学校高学年くらいか、髪は長い。肌や髪の色、顔は周囲が単色光づくめで判断できない。しかし色素が薄いのは間違いなかろう。日本人ではないらしい。
周囲を赤く染め上げているのは、おそらくネオンサイン。四角い通路の壁面を覆いつくす様子はネオン街を連想させる。だが目の前に広がるのは赤一色のみ。さらにビルのガラスに反射するもんだから非常に目に悪い。
さて、どうしたものか。
「あ、えっと、こんばんは。何してるの、かな?」
事案発生としか思えないファーストコンタクト。だが弁明させてくれ。街の一角だけが珍妙な状況になってる中に佇む少女へ話しかけるのは、ファンタジー物の定番じゃろがい。許せ。
「お兄ちゃんは、もしかしてエレなんとか、さん?」
「あー、俺の名前はコハルってことになってる。たぶん君と同じく
相変わらず少女の表情がわからない。
「ああ、それだったわ。お兄ちゃんこそ何しに来たの?」
「えー……」
どうする、正直に言うと誘拐しに来た不審者でしかねぇ。
「いやさ、“居る”のがわかってつい見にきちゃったんだよね。それだけだよ」
「ふーん、じゃあ一緒に遊んでくれる?」
斜め上の解答。だが悪くない流れ。
「いいぜ、何するんだ?」
「弾幕ごっこ」
言うや否や、地面やビル表面のネオンサインが浮遊し始める。暗い夜を背景に形様々の赤橙が浮かび上がる。
「は? え!?? なにそれ!?」
光の加減が変わって、少女の表情が一瞬見える。
「壊れないように頑張ってね!」
心底楽しそうな、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
そして、大量のガラス管が赤い線を何本も空中に引き、俺目掛けて襲い掛かかる。
「あ、だめだこれ」
咄嗟に左へ飛び緊急回避。初撃のネオン管のうち数本がコンクリートと激突し、破片をまき散らす。1本が急旋回して追ってきたのを、右腕を黒鉛化して砕き落とす。
休む間も与えず、第二陣が上と正面から飛んでくる。身をよじって躱しつつ、左脚と右腕の被弾は許容しながらなんとか捌くが……
「……もたねぇ……!」
防げるとは言え威力がバカにならない。黒鉛化の修復に消耗は避けられず、生身に当たれば骨折は免れないだろう。
恐るべきはその物量。今、俺に向けられているネオン管など浮遊している一割にも満たない。なんなら退路を断つためか、少女を中心とした5 mくらいの範囲で赤い光が壁を作るかの如く高速で渦巻いている。当の本人は大きめのネオン管に腰掛けて高さ3 mくらいのところから観戦。
まさしく、あの娘にとってこれは「遊び」に過ぎないのか。ネオンサインの雨を躱し続けながら歯嚙みする。
「すごい! じゃあ、これはどう?」
ネオン管の動きのパターンが変化しやがった。追いかけてくるような軌道から、外周からも挟み撃つような弾道になる。
「せっかく慣れてきたのに……あんにゃろう」
だが、先程には無かった隙ができている。追尾に対しては常に対処を強いられたが、現状は一瞬の余裕がある。だが体力の限界は近い。しかも今からやるのはぶっつけ本番、クロガネがやっていたのを一度見ただけの動き。できるか……?
「違う」
左斜め後ろからの弾幕を躱し、深めに膝を曲げる。真っ直ぐ、かつ素早い生成だ。
「“やる”! 以上!」
地面を蹴り出すと同時に足裏から黒鉛柱を最速で生成、その勢いで飛ぶ!
「ここだぁっ!」
弾幕がするりと空振り、空中に右腕を引き絞った少年が飛び上がる。少女が腰掛ける空中のネオン管を黒鉛の右腕が砕き、赤色が消える。
「わっ!!?」
少女の声が聞こえた。しかし、俺の方も空中でバランスを崩す。そのまま背中を強打して着地。
「がはっ……ああ……」
申し訳程度の受身は取ったが、心臓が叩き出されるような痛みで呼吸が止まり、喘ぐ。
いつの間にか周囲の赤が消えていた。夜空の丸い月が緑がかって見える。
「あーあ、お兄ちゃんの勝ちね」
少女が俺を覗き込む。相変わらず暗くて表情はわからない。
「これからどうするの?」
今気づいたけど、この通りだけ普通の街灯が全部点いてないのだ。月明かりだけしかないわけだ。
「っつ……ああ、帰るよ」
あ、そうだ。
「君も来る?」
間が少し空いた。まだ視界がチカチカする。風が出てきたのか、少々寒い。
「……行かない」
「そうか……」
ナンパは失敗した。ここまでやってもダメとは、口説き落としとは難しいもんだ。
なんとか呼吸を整え、起き上がる。靴底に派手に穴が空いている。これ経費で落とせねぇかな。
「じゃ、バイバイ……っと、名前なんだっけ?」
名乗ったのは覚えてるが、そう言えば聞いてなかった。少女に目を向ける。月明かりに照らされた表情は、楽しい思い出を見ているかのようだった。
「ふふ、アタシの名前はね 」
「10番
冷たい男の声がした。その声と共に男はそこに立っていた。オールバックに
「やだ! 帰んないもん!」
「直接戦闘は苦手なのですが、仕方ありませんね」
白衣男が懐から何か取り出す。表面に窓が付いた分厚い定規のようなもの。
「なんだあれ……」
ネオン管が四方八方から男目掛けて打ち出される。と同時に男の手が定規の上を滑った。
ガシャン
ガラス管が爆ぜて辺りに散らばった。降りかかる破片の一片すら男に当たらない。
「は……?」
「え……?」
啞然とする俺たちに構わず、男は続ける。
「そこの少年も元素能力者ですかね?」
中央部分が伸びた定規を元に戻しつつ、男がこちらを睨む。
「申し遅れました。私は『フェルミ』。そして100番
一層の寒気が俺を襲った。
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