第40話 面倒な依頼

「待て。どちらもすぐに了承はできない。あんたが商会に行く時の護衛ってのはどういうことだ? 危険な商会なのか?」

「危険と言う程じゃないんだけどね。エルゼ商会っていうところなんだけど、半分職人、半分商店っていう少し変わり種の商会なんだけど聞いたことないかい? 馬車の修理から、中古馬車や馬具の販売、飼葉だったりを扱ってる比較的新しい商会なんだけど」

「……聞き覚えがないな。馬関連にはそこまで縁がない。せいぜい貸し馬、貸し馬車くらいだな」


 実際には馬を扱っている商会にはいくつか聞き覚えもあれば、貸し馬車業者にはそれなりに世話になったこともある。ただ、振興の商会ということならば聞き覚えがなくても当然かもしれない。ここ数年の動向には詳しくない。


「二年くらい前かねぇ。ゲオルグって男が立ち上げた商会でね。元々はこの街の貴族家で厩番うまやばんをやってたんだ。貴族家を辞めたあともずっと馬関連の仕事を続けててね。その関係で立ち上げたのさ」

「それで、そのゲオルグってのがあまり筋が良くないわけか」

「筋が良くない、とまで言うのはちょっと申し訳ないねぇ。でも、ごろつきってわけでも無いよ。ちょっと荒っぽい若いのを何人も雇ってたりしてね。それ自体は別にそんなに問題なるような話でもないんだけど。あたしだけだと、ゲオルグはともかく、その若い連中がね」

「なるほど。を効かせるために連れて行こうってことか。それにしてもそんなにの効く見た目でも、冒険者として有名でもなんでもないんだが」

「良いのさ。こういう冒険者と昵懇だってのがわかるだけで。それに、あの子の知人に冒険者がいるってことがわかればね。手を出しにくくなるだろう?」

「そういうことか。それなら今回は依頼って形じゃなく、知人として行こう」


 どうやら、そこまで大きな仕事では無さそうだ。組合経由で依頼を出してもらうまでも無いだろう。それに万が一を考えたら、組合経由で依頼を受けた冒険者だと思われてしまっては厄介だ。明確に知人である、という立場で行った方が良いだろう。


「依頼扱いにしたいのはわかるけどね。そこは申し訳ないよ」

「ちなみに、エルゼって女は?」

「ああ、商会の名前のエルゼというのは、そのゲオルグの嫁さんの名前さ。もうかなり前に死んじまったけどね。そのエルゼがあたしの友達だったのさ。ちょっと歳は離れてたけどね」


 妻の名前を商会につける男。それだけ見れば、愛妻家なのだろうと思う。しかし実際には死んでいるということだ。それだけの思い入れがあるということか。ルークスは、自分の紹介の名前に、妻の名前、それも死んだ妻の名前をつける男の心境というのを考えてみた。ただすぐに、交渉相手でも無いので知る必要も無いと頭を切り替えた。


「とりあえずわかった。予定だけ先に立てよう。できれば三日後以降にしてもらいたい」

「それなら三日後だね。面倒なことは早く終わらせるに限るからね。三日後は五の鐘が鳴ったらここに来るよ。それから行こう。昼前なら外に出てることも少ないだろうさ」

「ああ。それで、仕事の紹介をするって話だったな」

 サラーナはひとつ大きなため息をついた。

「それだよ。そこがなんとかならなきゃ、あの子たちはどうしようもないからねぇ」

「あんたが面倒見てやれば良いんじゃないか? 少なくとも俺は特にアテがあるわけじゃないぞ」

「別にすべてをあんたに任せるってわけじゃないよ。あたしだって探すさ。だけどね」


 サラーナはそこで一つ言葉を区切って、声を小さくした。


「なんとなくなんだけど、あの子は経歴を隠してるね。何をやってきたのか、何ができるのか、それがいまいちパッとしないんだ」

「……それは、後ろ暗い何かがあるってことを言っているのか?」

「そういうわけじゃない。いや、もしかしたら何かあるかもしれないけど、それが問題じゃないんだ」

「それなら何だと言うんだ?」


 少しだけ苛ついてルークスは言葉に棘をにじませた。


「別に過去に何があったって良いのさ。それこそ、あんたがその歳で冒険者なんかをやってるのも過去に何かあったからなんだろうけど、大事なのは今だからね。そうじゃなくて、探せる仕事の幅を広げたいのさ」

「……帳簿付けならできるんだろう?」

「帳簿付けなんかもできなくは無いけど、ずっとやってきたわけじゃないみたいなんだ。だから、場合によっては断られるかもしれない。それに、どこかの店で給仕の仕事をすると言っても、夜はやりにくいだろうしね。選択肢が狭いのさ」


 確かにランドがいる以上は、夜遅くなる仕事はやりにくいだろう。もう少しランドが大きくなればまた別かもしれないが、心配ではあるはずだ。ランドくらいの年齢の子供が一人で留守番をするのは珍しくは無いが、毎日となると話は別だ。


「だが、この街で俺の持っている人脈なんて大したことないぞ」

「長年住んでるし、あたしのが顔が広いだろうからねぇ。まあ、あたしの知らないところからの情報が欲しいのもそうだけど、それ以上に、あの子が何をできるのかをもう少し詳しく話してもらえるようになって欲しいんだよね」

「……それは、俺に過去を探れと言っているのか?」

「誤解だよ。さっき言ったみたいに過去はどうでも良いんだ。それこそ、元々貴族だろうが、罪人だろうがどっちでも良いのさ。問題はそこじゃなくて、できることを知りたいってことさ。過去を隠すことは、場合によってはできることを隠すってことでもあるからね」


 サラーナの言っていることが理解できた。イライラさせる話し方や、強引なところもあるが、サラーナの姿勢は一貫している。枝葉末節は切り落としてでも、目的に対して真っ直ぐ進もうという意思を感じる。こういう性質の人間は嫌いじゃない。


「なるほど。すまなかったな」


 特に表情を変えるでもなく、サラーナは頷いた。


「いいさ。で、どうだい?」

「……確約はできないが、やれるだけやってみよう」

「まあ、そんなに気負わずにやっとくれ。すぐに聞き出さなきゃいけないってわけでも無いからね」

「それならあんたがやれば良いだろう?」

「別にあたしに話してくれるなら、それはそれで良いのさ。あんたもやった方が確率高いだろう? 別に過去を聞いたとしても、過去のことまで言う必要はないからね。こんなところだね」


 あからさまに話を終わらせたがっている。あからさますぎて、悪意があるとは思えない。ただ、どちらの依頼も面倒ではある。できれば断りたかった。

 それでも、ルークスはとりあえずサラーナを信用することにし、頷いた。

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オールドルーキー 西風 @kerker

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