第39話 強引な報告
「あの子の母親、あんたに相当感謝しているみたいだね。薬の件はもちろんだけど、それ以上にランドちゃんのことを気にしてもらったことが何よりありがたいってさ」
サラーナは、部屋に入って勝手に椅子に座るなり、こんな事を言いはじめた。
「そうか。ある程度会話はできる程度には回復したのか?」
「動いたりするのはまだ無理だろうね。できなくはないけど、体力が落ちてるから、しっかり食べさせなきゃならない。あとは、しばらく寝たきりだったわけだから、動くにしても、少しずつ慣れていかなきゃ」
「なるほど。その状態だと仕事はしばらく無理だろうな」
「それなんだよ。商会で在庫管理や帳簿付けとかやっていたみたいだけど、今回の件があって多分辞めさせられるだろうって言ってたよ。体調が悪いからしばらく休みたいと言った時に、結構キツめのことを言われたらしい。数日は無理して行ったけど、さすがに起き上がるのも難しい状況で行くことができなくなって、結果として無断欠勤になっているらしい」
「その商会の人間は確認にも来ていないのか」
「来ていないみたいだね。勤め始めてからの期間が短いのも、理由の一つなんだろうけど、あまり従業員への待遇も、従業員同士の仲も、良いものじゃなかったんだろうね」
「それで、その話を俺にするのはどういう意図があるんだ?」
少しキナ臭い話になりそうだった。商会内の文化や習俗は、商会ごとに大きく違っている。従業員同士の競争意識や上下関係が強かったりすることはもちろん、休みをどれだけ取れるか、給与がどれくらいもらえるかなども商会によって大きく違う。他の商会の人間とそういったことまで細かく話し合えるような人脈がある者であれば良いが、そうでないならば、今いる環境が当たり前になってくる。ひどい待遇の商会の従業員こそ、その待遇が当たり前となっており、そこに対する疑問も沸かずに染まっていってしまう。ランドの母親がどういう状況だったのかはわからないが、そういう背景を聞かされたということは、何かしらを求めているんだろう。
「なに、そんなに警戒しないでもいいさね。別にあんたに特別何かを依頼しようとは思っていないからね。そもそも冒険者に商会と細かい話をさせようなんて、そんな結果の見えることをわざわざしようなんて思っちゃいないよ」
幸いにもと言って良いのだろうか、サラーナはルークスが元商人であることは知らないようだ。
「それならなんだ?」
「せっかちだねぇ。まず、あの子たちの今の状況を理解することが重要だと思わないかい?」
挑むような目で見られて、少しだけ気持ちがたじろいでしまった。ルークスは肩をすぼめて、話の続きを促した。
「まあ、そういう状況下だから、収入についてはしばらく目処が立ちそうにない。ただ、幸いしばらくは生きるための貯蓄だったり、何かしら売ったりする物はあるようだね。と言ってもどんなに保ってもせいぜい二月ってところみたいだけど」
「そうか。しかし、よくもまあ、そんな踏み込んだことを聞けたもんだな」
「混ぜっ返すのはやめな。こういうのは話のコツってのがあるのさ。それに信頼してもらえるように素性も話したさ」
「素性、か」
「別に大した話でもないよ。この街に長いこと住んでるからね。あたしのことを知ってる人はたくさんいる。そういう人に話を聞いてもらっても大丈夫だと言ったのさ。それに共通の知人がいるみたいだからね。その点でも信用してもらえたよ」
サラーナの顔が広いのか、それとも世間が狭いのか。いずれにしても、あの母子には、この街にほとんど知人がいないはずだ。その中で、信用できるかもしれない相手ができるのは良いことだろう。本当に信用できる相手ならば、だが。
「あんたは本当に疑い深いね。警戒心があるのは良いことだけどね」
「……そんなに表情に出ていたか?」
「表情なんか出なくたって、あんたが考えることくらいわかるよ。あたしだって同じ状況だったら、すぐに信用できるとは思えないからね」
「わかってもらえて何よりだよ」
「だから混ぜっ返すのはやめなって言ったよ。まあ、共通の知人のことを、それなりに深く知っているってことがわかるような話をしたからね。信用しても良いって思ってもらえたんだろうさ」
「そういうもんか」
「まあ、話の続きをさせておくれ。それで、蓄えがあるとは言え、しばらく収入が無いんだ。医者や薬の金をあんたが立て替えているってランドちゃんが言ってたけど、その金をすぐに請求しないようにしてやって欲しいんだ。ああ、これは別にあの子が言ったわけじゃないよ。単にあたしからのお願いだ」
「別にすぐに返してもらわなきゃいけないとも思っていないからな。構わないさ」
サラーナはニヤリと笑いながら頷いた。
「良い心がけだね。素晴らしいよ。ちなみにあの子から薬代を立て替えてもらっているって聞いた時に、すぐに返す必要は無いって言ってたから大丈夫って言っちまったからね。納得してくれて嬉しいよ」
「おい」
「良いじゃないか。あんただってすぐに返さなくて良いって思ってたんだろ? 別に強制したわけでもないんだ。それにあんたがダメって言っても、あたしがなんとかしたさ」
サラーナの強引さに少し辟易としてきた。こういった押しの強さは、商談における押しの強さとはまた別種のものだ。まともに付き合っていると、損失が出るだけじゃ済まない。
「それで、あの子が勤めていたっていう商会には、あたしが話をつけてこようと思ってるんだ」
「あんたが? もう一度雇用してくれって話をしにいくのか?」
「何言ってんだい。そんなわけないだろうに。後腐れなく辞められるようにしておこうと思ってね。ちょっと面倒な雇用主だから、後から色々と言われても面白くないからね」
「あんたが話を付けに行くなら、その商会の長だって諸手を挙げて辞めさせてくれるさ」
「まあ、そうだろうね。と、言うよりも、ちょっとだけ顔見知りでもあるから、あたしが話を通した方が色々と融通が効くのさ」
自慢のような事を言っているが、全く自慢気ではなく、憂鬱そうにため息をつきながら言っている。サラーナとその商会の間にも何かしらの因縁があるのか。
「とりあえず、わかった。俺の方の金は別にいつでも良い。それで終わりか?」
そう言ったルークスをまっすぐ見ながら、サラーナは首を横に振る。
「いや、あんたに頼みたいことが二つある。いや、立替金のことも含めたら三つだね。一つは、あたしが商会に行く時に護衛として付いてきて欲しい。もう一つは、あの子の新しい仕事を探すのを手伝って欲しいんだ」
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