第5話 5000兆円分の奇跡

 世の中には絶望しかない。

 両親と妹がそろって事故に遭い、人生が一変したとき。私はそう人生を理解した。


 夢を諦めた。自分の人生を諦めた。唯一遺された、大切な妹を守り続けることにさえ疲れていた自分に、嫌気がさした。人間の本質は悪で、幸福や希望なんてものは存在しないのだと——そう、思っていた。


 愛は虚構で、死は救済で、世界は地獄だ。


 でも。

 私を救ってくれたのは、地獄の中でも確かにあった——それはやはり、愛だった。


「お姉ちゃん」

 甘えるような声が聞こえて、私はそちらへ顔を向けた。

「なぁに? ハル」

「お日様、きもちぃねぇ」

 ハル——妹の言葉に「そうだねぇ」と頷きながら、カタカタと鳴る車椅子を押す。


 今から五年前。長いこと眠り続けていた妹はに目を覚ました。

 ただ、心と身体が受けたダメージは大きく、決して以前の健康状態に戻れたとは言い難い。それでも、二人で新しい「ふつう」を築いていくことができる——その喜びが、私を前向きにさせた。


 大金に圧死させられた。そんな「夢」から目覚めた私は、まず真っ先に、妹の父親のことを、当時事故を担当してくれていた警察の人を調べ、連絡した。

 単なる夢をだったのかもしれない。人生に追い詰められた私の、単なる妄想だったのかもしれない。

 結果として、妹の父親はすでに別件で逮捕されていた。再婚相手にも暴力をふるい、かなりエスカレートしていたらしい。

 念のため、こちらの事故当時の動きも、遡って調べてみてもらえることになった。全てが明らかになるまでには、まだ時間がかかるかもしれないけれど。それでも、前には進んでいる。

 

 朝日がまぶしい。


 ランニングしている若い女性、犬の散歩をしている眠そうな小学生の男の子、ご近所さん同士で話す老人たち。

 その中に混ざって、私と妹も道を歩んでいく。


 夢だったのかもしれない。妄想だったのかもしれない。

 それでも、五年前のあの出来事が、私の人生を変えたのだ。


 ふと空を見上げると、何かが太陽の光を浴びてきらめいた。気のせいだったかもしれない。でももしかしたら、神様という存在が今もまだ、私や妹を見守ってくれているのかもしれない。幼児が納めた「5000兆円」分の願いを、叶えるために。


 絶望と、希望と、愛。全てを抱え、時に転び、横たわり、また顔を上げて。支えられて。支えて。


 私の物語は、続いていく。

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5000兆円分のキセキ 綾坂キョウ @Ayasakakyo

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