キリンの首

結騎 了

#365日ショートショート 049

「キリンの首はどうして長いのか。みなさん、ご存知ですか」

 直立した男は大きく両手を広げ、そう問いかけた。

「……はい、少し回答が遅いようですね。それでは私から説明しましょう。キリンの首が長いのは、肉食動物を遠くから発見するためでもありますが、一番はやはり、木の上に生えた葉を食べるためです」

「それは、もちろん……」、座っているひとりが口を挟むが、ぱっ、と静止される。

「待ってください。私の話にはまだ続きがあります。キリンは葉を食べるために首が長くなった。正確には、首の長い個体が生き残り、短い個体は絶滅したと考えられています。しかし、これは本当なのでしょうか。果たして、首を長くしたのはキリンの方でしょうか」

 余韻を存分に味わいつつ、聞き手の目を次々に捉えながら男は続ける。

「つまりですね、仕掛けたのは木であるという考え方です。キリンがより好む味の葉を、なるべく木の上に生やすように、木がそう進化していった。その可能性は否定できません。そしてこれは、決して木が単独で行ったわけでもありません。木の根元にある…… そう、地球です。大自然の意志が、『キリンの首が長くなること』を望んだのです。キリンに限らず、あらゆる生物の進化は、地球が描いた設計図に誘導されていたのです」

 静寂する室内。「それは、あまりに……」。誰かが口を開き、その声は消えていった。男は満足げである。

「私が何を言いたいかというと、定説や先入観というのは、常に疑ってかからなければならないということです。『キリンの首が長いのは高い位置の葉を食べるため』。そんな当たり前の理解を疑うことが、生物学の進歩に繋がる。懐疑心こそが重要です。みなさん、そうは思いませんか」

 男は、拳を握りしめて力強く言い放った。

 乾いた拍手が途切れながら聞こえてくる。椅子に座ったひとりは、重く閉ざしていた口をようやく開いた。

「……うむ。この大学に入学したての君が、生物学の教授や准教授を集めて一体なにを話すかと思ったら。君はまず自分を疑いなさい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キリンの首 結騎 了 @slinky_dog_s11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ