第2話
翌日、早朝の飛行機で東京を発った私は、さらに電車を乗り継ぎ、昼頃、故郷八石の地に降り立った。雲一つない青空。天もこの日を喜んでいるか。そしてやはり、観光客の数が尋常ではない。それもそのはずだろう。一年で最も八石が盛り上がる一日なのだから。
見慣れた道を、まっすぐ漁港へ進む。この道を歩いている人々がみな、至高のタコを求めて全国から集まってきたと思うと、八石の人間として誇らしい気持ちになる。彼らは私にとってお客様であると同時に、今日の戦友だ。
漁港に着けば、ほうぼうの屋台から元気な声が飛んでくる。少し癖のある八石なまりが心地よい。会場の案内図を受け取り、ひとまず一周することにする。
ところどころの屋台で古い友人に遭遇しては、この街で過ごした青春を思い起こす。周囲の喧騒を置き去りにして、潮風と故郷での思い出が交じり合う。仕事に追われる私がここに帰ってくるのは年に一度、タコ祭りのときだけである。そして唯一の帰郷の機会のたびに、私はここで過去を想い、羽を休めるのだ。
ぐるりと会場を一周したのち、今回のタコ祭りで私が目標としている屋台へと歩を進める。その屋台で食べられるものとは、タコ祭りの人気投票で5年連続グランプリを獲得し、殿堂入りを果たした『超BIGタコ焼きそば』である。
さすがはタコ祭り界のレジェンド、観光客が長蛇の列をなしている。列に並び十数分、1人前を購入し、立ち食いスペースへ向かう。いよいよご対面。
パックの蓋を開くと、まん丸でふっくらとした、お好み焼きとタコ焼きの中間のような見た目の食べ物が現れる。柔らかくモチモチした皮にかぶりつくと、中から出てくるのはトロトロの生地とタコの大きな足、そして短く切られた焼きそば。なんと贅沢なことか、お祭りで子供にも大人にも引っ張りだこのタコ焼きと焼きそばを同時に味わえるなんて。タコは大胆にぶつ切りで使われ、その食感で食べる者を楽しませる。焼きそばは落ち着いたソースの味付けで、絶妙にタコとの均衡を保ち、お互いを殺すことなく、しかし確かに存在感を示す。さらに、それらタコと焼きそばを、出汁が効いた生地の旨味が優しく包みこむ。具材ひとつひとつにソースとマヨネーズ、かつおぶし、紅ショウガが格別にマッチしている。全ての調和が、超BIGタコ焼きそばという、大きくて小さな世界の中で作り出されているのだ。発案者の”好き”が詰まったといえるこの一品は、確実にみんなの”好き”に刺さっている。ああ、美味しいものを食べるって、なんて幸せなのだ。
その後、私はいくつかの屋台の品々を楽しんだ。日が暮れ、帰りの電車へと向かう途中で、幼い頃によく遊び場にしていた神社へ参拝した。両親を亡くし、帰る実家を失った私が帰郷する、ただ一つの理由がこれからも続いてゆきますようにと願い。
明日からまた仕事だ。しかし気分は悪くない。そりゃあ美味いタコを食べた後は誰だって幸福だろう。来年もまたこの蛸の街に来ようと胸に抱き、私は電車に乗り込む。
蛸の街から 東雲聖 @shinonome-k1026
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