罰ゲームと自己犠牲
ばーとる
本文
人は僕のことをお人好しだとか、イエスマンだとか言う。でも、僕は好きで人の役に立つことをしているのだ。だから今もこうして、放課後の教室に一人残って掃除をしている。勘違いしないでほしいのは、僕は決して人に押し付けられてやっているわけではないということ。そう。日直の人の頼み事を快諾しただけ。
掃き掃除が終わったから次は雑巾がけだ。今まではバケツに水をくんでいたが、水資源の無駄遣いのような気がする。今日は手洗い場を使うことにしよう。最近はSDGsだ何だと言われているわけだし。
用具入れを物色していると、後ろから声をかけられた。隣のクラスの幼なじみちゃんが、わざわざ様子を見に来てくれたのだ。
「また掃除してる」
「いいじゃんか。誰にも迷惑をかけてないんだし」
「逆に、誰かがアンタに迷惑をかけるのはいいの? 掃除をするのはとても偉いことだと思う。でも、人に押し付けられた責任を自分で背負い込むことないじゃない」
「ほっとけ。僕は好きでやってんだ」
「またそれ」
そう言って彼女は、雑巾を手に取った。口はきついけど、暇なときはこうして手伝ってくれる優しい人なのだ、彼女は。
「いつもありがとうな」
「感謝なんていいのよ。好きでやってんだから」
振り返ると、そこには彼女らしい皮肉な笑みがあった。
次の日の放課後も、日直の人に掃除を頼まれた。掃除の時間で綺麗にできなかったところを仕上げるのが、この学校の日直の仕事である。それを僕が引き受けているという話。ちなみに、今日は一人だ。我が幼なじみちゃんはと言うと、委員会の仕事があるとかで参加できないらしい。
掃除に勤しんでいると、教室の扉が開いた。その音に振り向くと、クラスメイトの女子が立っている。何さんだっけ? 失礼なのはわかっているが、人の名前を覚えるのは苦手なんだ。
「あっ、やっぱりいた」
ここにいるのは僕一人なので、僕に用事があるのだろう。名前を憶えていないことがバレるような話題を出されないといいが……。
「ねえ、キミには彼女とかいたりするの?」
「えっ?」
いきなり何を……。まあ待て。落ち着け。ここで返答をしくじると陰キャの烙印を押されてしまう。
「い、いないけど?」
あああああ! 完全にやっちまったぜ。僕は陰キャだ……。
「ふーん? じゃあいつも君と掃除をしている隣のクラスの子は?」
「あいつは幼なじみだ。別に付き合ってるわけではない」
そう言った途端、名を知らない女子生徒は喜びに跳ねながら教室を出ていき、ぱしゃりと戸を閉めた。
しかし、その後に彼女が教室の外で放った言葉を僕は聞き逃さない。
「よかったね。なっちゃん」
よく見ると外には、一つではなく二つの人影が立っていた。
非常にわかりやすいフラグを立てられてしまった。きな臭さすらも感じる。僕の中の危機感知回路が反応して、手放しで喜ぶなと警鐘が鳴った。
いや、僕だって彼女は欲しい。変に格好をつけて「別に彼女なんていらねーし」なんて言うつもりもない。
そこで後日、僕は幼なじみちゃんを頼ることにした。餅は餅屋だ。女子の行動が理解できなければ、女子に聞けばいい。
「というわけなんだがどう思う?」
「どう考えても遊ばれてるわよ?」
「だよなー」
女子の意見と言う裏付けが得られてよかった。でもちょっぴりだけ悲しい。
「だから、馬鹿正直に返事をするのはやめておいた方がいい。じゃないとアンタが恥かいて終わるだけよ」
「確かになー」
うんうんと頷いていたが、話の途中で僕はあることに気づいてしまった。アドバイスをもらっている立場で大変恐縮だが、従わないことになりそうだ。
「聞いてんの?」
「ちゃんと聞いてるよ」
それから数日が経った日の放課後。
今日は教室の掃除はお休みだな。登校したときに靴箱に入っていた手紙の指示に従う。校舎裏なんてすごいベタだよなあと考えながら、僕は約束の場所に向かった。すると、そこには女子生徒がいた。ここに来て、なっちゃんとやらの名前くらいは確認しておけばよかったと後悔する。
「お待たせ」
僕は、あえて彼女の気持ちが本当である前提でこのイベントに挑むことにしている。最悪のパターンを回避するには、自分もリスクを負わなければならない。
「実はその……あなたに伝えたいことがあるんです」
うん、知ってる……なんて思ってはいけない。失礼だ。
そのあとに、なっちゃんのもじもじタイムがしばらく続いた。そしていよいよその言葉が出てくる。
「好きです。付き合ってください」
思いのほかストレートにぶつけられた。
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、答えることはできない」
僕ができる限り紳士的な返事をした。その途端、物陰で数人が吹き出す。
「あはははははは。めっちゃウケる」
「マジになってんの面白すぎ」
「さすが陰キャ童貞」
童貞は別にいいだろ、と心の中でツッコみを入れておく。なっちゃんはと言うと、こいつも笑いをこらえてやがった。
ここで何を言っても負け犬の遠吠えにしかならないので、僕は黙って現場を去った。なんだかとてもむしゃくしゃする。教室に戻って、いつも以上に部屋を綺麗にしてやろう。
校舎に戻ろうとすると、靴箱で我が幼なじみちゃんが待っていた。
「バカじゃないの? 最初からわかってたでしょ? からかわれているんだって」
どこからか様子を見られていたらしい。
「だから正直に返事するなっていったのよ」
「万が一、あいつの気持ちが本物だった場合、あいつの心をボロボロにしてしまうことになるだろ」
「バカじゃないの?」
「ほっとけ。僕は好きでやってんだ」
「ほっとけるわけないでしょ? アンタは人のために自分の心をボロボロにしている。それを知ってるのは私だけなんだから」
「何恥ずかしいこと言ってんだよ。ボロボロにするのは雑巾だけで十分だ」
なんてことを言ってみたが、しばらく幼なじみちゃんの目は見られそうにないな。
罰ゲームと自己犠牲 ばーとる @Vertle555a
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