第6話 マジカルヒーローよ、永遠に


 すごく気が抜けるような音がした。


 プゥ、というか、プスゥというか。

 何かに形容するなら、いわゆるすかしっ屁というやつだろう。全員が視線を巡らせ、犯人捜しを始めたほどだ。

 自爆は失敗したのだと気付いたメロリーナが、この自爆装置を設計したはずの多田の顔を見た。光速で男は目を逸らした。


「いやぁ……、メカ版のようバグにつける自爆装置が上手くいかなくて、このアジトの自爆装置を転用したんだよね」

「半径三百キロの退避距離の意味は……?」


 ユウがおそるおそる聞くと、父は目を逸らしたまま答える。


「それぐらい退避してもらえたら、アジトの自爆が上手く行かなかった事にしばらく気づかれないかなあと。率先して全員を退避させる気分になるように、そこの女幹部に恥ずかしい音声を吹き込ませたのだが、まさかギリギリまで枕を抱いて暴れてるとはな」

「くっ、真の敵がこんな近くにいたなんて不覚……」


 メロリーナは胸の谷間からハンカチを取り出すと、悔しそうに噛んだ。


「父さんは一体何者なの。どうしてここにいたのか教えて欲しい」


 切実な面持ちで少年は父に訴えかけた。彼の心情を慮って、ジョンが優しく彼の背中を撫でる。

 多田は自らの息子の姿を、つま先から頭の上まで何度も視線を往復して確認すると、鷹揚に頷いた。


「まさかおまえが評議会サイドにいるとは、それだけが誤算だった」


 白衣の男はすっと窓辺に寄ると、静かに空を見上げ、静かに語り始める。


「正義というものは一体何なんだろうな。結社も評議会も、どちらもが正義であり悪ともなり得る。あくまでそれぞれの主観にしか過ぎないのに、主張される正義と正義がぶつかり合えば必ず戦いになる。そしてそれには必ず、罪なき者、力なき者が巻き込まれるのだ」


 この言葉にメロリーナも、評議会メンバーも目を伏せた。我らの主張こそが宇宙の正義と、数多の戦端が開かれた歴史を彼らは知っていた。


「ユウ、君の母さんも被害者の一人なんだ。結社と評議会の戦いに巻き込まれた星系で、わずかな護衛に守られて大気組成の似た地球に落ち延びた最後のプリンセス」

「ちょっとポヤポヤしてズレてる所があると思っていたけど、母さんって異星人なの!?」

「ユウが卵から生まれた時は、父さんも流石に驚いた」


 思わぬ己の出生の秘密を知って、少年は頭を抱えた。しかし人類多様性の時代、異星人とのダブル(最近はハーフとは言わないらしい)というのも時代を先取りしてて悪くないかもしれない。しかしこの父親、嘘か本当かわからない事を普段からペラペラしゃべるので、ユウは半分信じて半分信じない事にした。


 メルヘンカラーのハムスターは重々しく口を開く。


「おおいぬ座矮小銀河大戦の戦乱は大規模だった。あのとき星系をまとめるポルテュガル帝国の範囲全てが、評議会が発射した超粒子波動弾で全滅したのは地球時間で二十年前の事だ」

「評議会と結社の戦いは小さな小競り合いを含め、数多くなっている。停戦の動きがないわけではないんだけども……」


 ハニーがしょんぼりと耳を垂らす。アルフォンスのように勝利のためには手段を選ばないメンバーがいれば、セルジオのように情で動くメンバーもいる、ポイラッテのような適当な奴も。それぞれが己の信念と正義に則って行動する限り、全ては不安定のままだ。


「そこで母さんを守るためにも、母さんの同胞の命に報いるためにも、父さんは考えたんだ。この宇宙のパワーバランスを取るべきだとね。そのためには第三の勢力が必要だ」

「第三の勢力?」

「結社と評議会の二つでは永遠に宇宙に平和は訪れない。そこで第三の勢力を作り、三すくみを作る。結社に弱く、評議会に強い存在をね。だがそのためには評議会には結社より強くいて貰わないと困る。そのバランス調整のために父さんはこのアジトに潜入していたのだ」

「まさかアンドロメダ教団……!?」


 ポイラッテが絞り出すように言う。最近評議会の上層部で信者が多くなり、指示に教団の意思がちらほら垣間見えると、アルフォンスが愚痴っていたのを聞いた事があった。

 肯定するように多田はニヤリと笑い、挑発するように両腕を広げてみせた。


「どうだ、ここで私を倒してみるか? 教団メンバーの数はまだ少ないし私が首謀者だ。ここで私が失われれば教団による評議会が受ける脅威は無くなるだろう。しかし宇宙の戦乱は続き、悲劇は何度も繰り返される。平和を望むなら、ここで知った事を胸に秘めてそれぞれの母星へと帰るのがいいだろう。地球での戦いは評議会側の勝利、そう報告するべきだと私は思うがどうかね」


 真面目なハニーは簡単には頷けない。しかしポイラッテはケロっと頷いた。パンっと音を立てて小さな手を打つ。


「そうしようそうしよう、自爆が失敗したか成功したかは評議会の本星の方にはわからないしね!」

「そんな。敗北したと結社の上層部に知られたら私は……!」

「自爆装置を起動できるのはメロリーナ君だけ。自爆の信号は結社の本部に発信されたし、君はここで死んだ事にするのが得策だろう。どうだ、ここは教団に入らないか。企業ではないから個人事業主として参加してもらう事になるが、衣食住完備、三食昼寝付き、一か月の夏季休暇と冬季休暇を約束しよう。もちろん副業可、インボイスの登録有無は問わない」

「なんて魅力的な……!」


 結社の理念に賛同し、出世欲に駆られてはいたが、長らく中間管理職として苦しみ、ブラックな就業に肌が荒れていた。


「結社の四天王を目指すなど勿体ない! 君の美しさなら教団の旗印、救世の女神としての羨望を集める事もたやすいだろう。伝説になり名も残るだろうな。教団は今、君のような存在を必要としているのだ!」

「行きます! 仲間に入れてください!!」


 また簡単に口車に乗っているメロリーナを、ジョンは切なく見つめるしかない。結社に入った理由を、聞かなくても分かった気がしたのだ。


 こうして地球にようバグの脅威をもたらせていた結社の地球支部は完全に瓦解し、残った結社の面々は敗北を認め撤退。

 全く血を流さずに解決に導いた父親の手腕と話術に感心するユウだったが、「こんな事が出来るのはやっぱ、多田家が忍者の家系だからなの?」とワクワクして聞けば、父は目を見開いて驚いた表情で「え!? おまえアレを信じていたのか。いやあ子供のころのユウは何でも信じて可愛かったから、父さん、ついつい楽しい嘘をついてしまったよ、はっはっは! 多田家は苗字が示す通り、農家の家系だよ」等と言い、少年を失意のどん底に叩き込む。


 ポイラッテら評議会メンバーも地球を去る事となり、マジカルヒーローズは解散。七つの大罪の要素を持つバディマスコットが去る事になり、ユウのモテ期は終焉を迎えた。

 まずは同居が解消されユウは一人暮らしを始め、ブラックとブルーというBL要素の関係を失って笹山はユウへの執着を失っているように見えたし、ジョンはメロリーナと一緒に教団の本星に行ってしまった。メロリーナは自分が女神扱いされる事でブラックアイパッチへの思慕を失って、新たな目標に夢中。

 烈人は新しいバンドの仲間が出来たとかで、音楽の趣味が合わないユウとは疎遠に。


 気づけば一生分の中二病要素を満喫してしまって、もうああいうのは懲り懲りだという気持ちでいっぱいだったし、多田家忍者の末裔説も失って、少年には何も残らなかった。

 目の保養だった担任大塚を失い、学校の楽しさも半減したし。

 

 母が異星人であるというのが唯一のアイデンティティになりそうだったが、思い返せば茨城に母方の祖父母がいる事をユウは思い出したのだ。毎年お年玉をもらっていたから間違いない。

 父の口先三寸のホラに振り回されるのはもう御免だと、彼は今後は堅実に生きて行く事を心に誓った。カッコよさとか、そういうのはもういいだろうと。


 そうして普通の目立たない高校生に戻ったユウ。世界は平和だし、単調な毎日は退屈だが、これこそが宝なのだと今はよく知っている。そういう風に考えられるようになった事は、ヒーローになったからこそ得られた恩恵と言えるだろう。


 普通が一番。

 呪文のようにそう唱え、ポケットからアパートの鍵をジャラリと取り出して鍵穴に刺す。


「あれ、開いてる?」


 鍵をかけ忘れていたのかと慌てて扉を開けると、部屋の奥の炬燵に長い銀髪の美青年が座っていてミカンを剥いていた。三度ほど目をしばたいて、扉を閉め、再度開ける。


「おかえりユウ!」


 聞き覚えあり過ぎるイケボは明らかにポイラッテのもの。その声はあのメルヘンなハムスターより、目前にいる精霊のようなビジュアルの美しい男にはピッタリだった。


「本体で地球に来るのは、なかなか時間がかかっちゃったよ。でも本当の姿でユウに会いたかった。あっ、合成生物体の方が好みだったらそっちも持って来ているから」


 さらりと髪をかき上げる仕草も絵になる。

 だがビジュアルに構わず、メルヘンハムスターにやっていたように、ユウは男の襟首を掴んでつまみ出そうとした。しかし体格差と力の差があって、逆に壁に押し付けられる。美青年による美少年の壁ドンだ。

 久々に壁が色めき立った。

 ポイラッテはその艶めかしい唇で、少年の耳元で囁く。


「これからもきっと、ボクの力が必要になるよ。よろしくね婚約者殿」


 そして流れるようにほっぺにチュー。抗えなかった少年が目を逸らすように視線を落とせば、美青年の右手にはユウの黒歴史ノートがしっかりと携えられていた。


――俺の平和な日々が。


 でも何もかも無くなって寂しさを覚えていた胸に、ぽっと暖かいぬくもりが灯った気もしたりして。


 その後、母方の祖父母と思っていた二人がかつて母と共に地球に降り立った元護衛だったとか、成人の日にユウの額に王族の証である第三の目が現れてポルテュガル帝国復興を目指す勢力に担ぎ上げられそうになったり、医師から政治家に方針転換をして同性婚法案を成立させた笹山から正式なプロポーズを受けたり、フルーティア星人の第五次性徴で一時的に女の子になっちゃったジョンが遊びに来たり、マジカルヒーローズ再結成があったり、有事以外では農業に従事していたというだけで多田家は本当に忍者の家系だったことが判明する等、これからも少年は中二要素満載の波乱万丈な人生を歩み続けるのだが、それはまた別の物語。


 彼にまつわる壮大なスペースオペラは、作者の老後の趣味の執筆題材になるのかもしれない。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

戦慄のマジカルヒーローズ MACK @cyocorune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ