エピローグ 暗い夜へと歩き出そう

「大胆な告白は女王の特権、とでも? 笑わせないでください」


 店を出てすぐ、背後から聞こえた声がティアの足を止める。

 ティアは、振り返る事なく声の主に返事を返した。


「あら……いたんだ」

「フン、白々しい。気付いていたくせに。

 よくもまあ、あの人の前に現れたものですね。厚顔無恥とは正にこの事です」

「よく吠える狗だこと。その調子で私と同じ真祖になったあの人にも突っかかる訳?

 ねぇ、異端を狩る主の使いたる、執行官サマ?」


 敵意を剥き出しにしたカーティの言葉に内心苛立ったが、それは表には出さず。

 ティアは彼女へと振り返って、挑発するように言った。


「そんなつもりはありません。

 あの人が……オミッドさんがああなってしまったのは、私のせいです。

 私が弱かったばかりに、あの人はあんな目に遭ってしまった。

 守る、なんて誓いを立てておいてこのザマです。

 本当に、なんとも滑稽でしょうか?」

 

 カーティは挑発には乗らず、逆に自らを嘲るように自虐した。

 するとティアは「へぇ」、と意外げに声を上げて、邪気の籠った微笑みを浮かべる。


「意外。責任、感じてるわけ? 

 教会って卑怯で醜悪なクズの集まりだと思ってたけど、貴方はそうじゃないんだ。

 皮肉なものね〜。邪悪で凶暴な人外を狩る主の使い狂人より、その人外の方が余程理性的だなんて」


 そう言いながら、ティアはケラケラと笑う。

 彼女の言葉の端々には攻撃性が見え隠れするが、それは言わずもがな意図してやっている。


 教会、それも聖輪隊は親友の仇。

 殺すなら最初からやっている。

 それでも手を出さない理由は一つ。


 親友が彼ら教会との共存を望んだから。

 だからこうして、殺意を嫌味に変換してぶつけている。

 そういう意味では、ティアもまた理性的な人外と言える。


「で? 人間みたいに罪悪感感じちゃう、人外さんはこの後どうするのかしら?

 もしオミッド私のモノに手を出すなら、もう二度と罪悪感とか感じない身体に変えてあげるけど?」

「そんな気は毛頭ありません。むしろ、あの人は私が守ります」


 ティアの挑発をまたも躱し、カーティはそう宣言する。

 これにはティアも、一瞬目元をピクリと動かす。


「おっどろいたぁ! 執行官からそんな言葉が出てくるなんて!

 狩るべき異端を庇うとか、貴方自分の所属先に殺されるわよ?」

「構いません。

 彼らにとって、聖輪くらいしか主の加護を持てない私は鉄砲玉。派遣先で異端と戦い、相打ちにでもなってくれればそれで充分。

 お父さんと我が師が鍛えてくれなかったら、とうに野垂れ死んでいた、そんな捨て駒ですから」

 

 ようやく、それに気づけたんです。

 と、やっと気付いた自らの境遇に怒るでもなく、カーティは少しだけ頬を緩ませて囁いた。


「ですので。もう一度誓いを守る機会を得られるなら、私は使い捨ての駒という立場を捨て、喜んで殲滅対象になります」

「……案外ゾッコンね。

 何? 貴方、あの人に気でもあるわけ?」


 強く自らの覚悟を語るカーティに静かに驚きつつ、ティアはからかうように問う。


「さあ、どうでしょう?

 あの人とは短い間、それも暗示でとはいえ、相棒としてやってきました。

 ですから……そう。きっと情が湧いたのでしょうね。

 正義感溢れる、危なっかしいこの人を死なせたくないなって、思う程度の。

 勢いでオミッドさんを守るって誓いを立てる、それ位の情が」


 その問いをはぐらかすのを隠そうともせずに、カーティはとぼけるようにフフッと口元を緩ませる。

 ティアには、それが地味に苛立った。

 

「あっそ。なら好きにしなさい。

 貴方がやられたとして、私があの人を助けるだけだし」


 ただし、とティアはギロリと睨んで付け加える。


「あんまり人のモノにちょっかい出さない事ね、小娘」

 

 そう言った次の瞬間には、ティアの姿は無かった。

 彼女が最後に言い残した言葉に、まるて気に入りの玩具を渋々貸す幼児の姿を彷彿とさせたカーティは、苦笑しながら言葉を溢す。


「……まったく。他人の事、言えたクチですか?」

「あれ、カーティか?」


 店から出てきたオミッドが、カーティを見つけて声を掛ける。


「なんか、誰かと話してたっぽかったけど」

「いえ、別に? 私はただ、酒に溺れた何処ぞのアル中さんがまた飲み過ぎてないか、様子を見に来ただけです」


 カーティがオミッドを睨む。

 その視線には「お酒は程々に、って私言いましたよね?」という強い念が込められていた。


「うっ……。悪かった」

「人間じゃなくなってお辛いのは、心中お察ししますけどね。

 さ、早く帰りましょう。連盟が目を光らせているとはいえ、夜道は危険です。

 道中は私がお守りしますよ」

「ああ。頼んだ」


 そうして歩き出したオミッドだが、その足取りは不安定そのもので、今にも転びそうにフラフラと歩く。

 

「おわっ!?」

「危ない!」


 案の定バランスを崩し、よろけたオミッドをカーティが慌てて支える。


「あ、ありがとう、カーティ」

「まったく、危なっかしいですね! 

 このまま行きますよ。

 貴方みたいな危なっかしい人は、支えてないと心配ですから」

「……だな。頼む、そうしてくれ」


 やれやれ、と呆れつつオミッドの肩を組んで、カーティは街頭でも照らしきれない暗い夜道を歩き出す。


「お任せ下さい! ……私が、危なっかしい貴方を支えますから」


 最後の方は消え入るような声で、カーティはそう呟いた。

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Dreaming Queen〜仲間に追放された女王に巻き込まれ、しがない刑事は化け物狩りを決意する〜 宇里シロウ @sirouusato

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