短編集

あたらし うみ

都会派の幽霊

 田中と木下は、大きな荷物を台車に乗せ、廊下を急いでいた。

 木下は、喫茶コーナーの一角の天井灯が点けっぱなしなのに気がついた。

「もう!点けっぱなし」

 ちょっとあきれながら、照明のスイッチに手をやり、

「誰もいないよね」

と、喫茶コーナーに声をかけて消灯する。

「分かりませんよ」

台車を押しながら田中が返す。

「幽霊がいるかも」

「幽霊なら、むしろ電気消すでしょ」

 木下はなかばあきれたように、荷物を運び込む部屋の扉をあけながら言う。

「都会派の幽霊かもしれませんよ」

 田中は荷物を置く場所のほこりをはらいながら言う。

「なんやねん、都会派の幽霊って」

 荷物をてきぱきと所定の場所に積み下ろしながら木下が返し、

「コンビニの地縛霊とか?」

とたたみかける。

「昔付き合ってた男がさぁ、コンビニで酒買って、入口で飲んでるようなやつでさぁ」

木下の過去話に耳にタコができている田中は、

「知りませんがな」

といいながら、

「地縛霊ねぇ」

と、日常にはなかなか口にしない単語を言うのを楽しんでいるようだ。

「暗いのこわ~い!コンビニの明かりがないとムリ~、とか?」

と、コンビニの地縛霊ってこんな感じ?と口真似をする木下。


 その部屋での荷物の積み下ろしを終え、次の荷物を台車に積んで、二人はまた別の部屋へ。

「思ったんだけどさ、もしかしたら、実は私、こないだのコロナで死んでて気づいてないだけかもしれないよ」

 木下は、ずっと自らが死んだことに気付いていない地縛霊について考えていたようだ。

「大地震が起こったのにボクら気づいてないとか」

田中もその説に乗っかる。

「核爆弾が投下されて、街ごと消し飛んでて誰もそれに気づいてないのかもよ」

さらに、木下も悪乗りして畳みかける。

「でも、死んでまで仕事してるとか、やだな~」

「何も証明する手立てがないですからね、本当に今ボクらが生きてるかなんて分かりませんよ」

 はい、せーの、と声を掛け合って尺の長い荷物を慎重に台車から降ろす。

「もしさぁ」

 木下は、疑問に思ったことを口にする。

「その場合、死んでることに気付いた人が出てきたら、どうなるんだろ?」

 そっちの角押さえてください、と言いながら、田中は持論を述べる。

「その世界で死んでいなくなっていく人が、気づいた人なんじゃないですか」

あぁ、確かに。木下は納得したように手を叩く。


 単調な作業は続く。次の荷物を取りに、また二人して廊下を戻る。

「夢の中でさぁ、『これが夢だったら良かったのになぁ』とか思うんだけど、起きてみると、夢なんだよね。でも、これは夢だとわかってる時もあるんだよ」

「夢なんて、起きてみないと夢かどうかなんて判断つかないもんじゃないですか」

田中は、次に運ぶ荷物の大きさにあきれて、一回り大きい台車を用意しながら、さも何もかも知っているように言った。

「ボク、実は、その手のオカルト話苦手なんですよね。夢に見ます」

「そうなん?でも、映画とかでも、こういうネタよくあるよね」

「ま、あるあるですよね」

 寝静まった福祉施設で、荷物搬入の単純作業をしながら他愛もない会話をして夜は更けていった。


---------


「おはよう、新人くん!どうしたんだよ、げっそりした顔して。初めての夜勤はどうだったかね?」

「・・・おはようございます・・・」

 遅めの時刻に出勤してきた先輩職員を浮かない顔で迎える新人職員。福祉施設の詰め所での光景だ。

「なんだよ、何か事故でもあったの?」

「いえ。夜勤は、いたって順調で、無事に終わりました」

そう言う顔にはまったく覇気がない。

「でもね、夜勤中、ずっと誰かの話し声が聞こえたんですよ」

「何それ?心霊現象?」

「さぁ。なんか、元気のよさそうなおばちゃんと部下っぽい若い男の人の声が、どこからともなくずーっと聞こえてて・・・」

怖くて仕事どころじゃなかったんですよ、と新人くん。

 すると、別のベテラン職員がそれを聞きつけて口をはさんできた。

「あぁ、あの2人ね」

 風もないのに、窓辺のカーテンが揺れる。


「昔、施設の目の前で交通事故があったのよ。居眠りの大型トラックと、ワゴンが正面衝突。その事故に、その日に来る予定だった夜間搬入作業の業者の人が巻き込まれてね。2人とも即死だったって」


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短編集 あたらし うみ @NovaMaro

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