『百鬼夜行』の志願者数が定員割れしました

白神天稀

『百鬼夜行』の志願者数が定員割れしました

「今世紀の百鬼夜行は志願者数の定員割れにより、中止となりました」


 とただいま報告致しました。私、日本国妖界生まれの妖怪、鬼と申します。


「は~い」


 この場に集った五十と数人の妖怪たちは一切の不満を溢すことなく、此度の決定に異を唱える者が一人もいないまま報告が終了した。

 盆地のようにくぼんだ土地にコンクリートだけを引いて設置したこの集会所、通称妖界コミュニティセンター(仮)にやってきた妖怪は皆眠そうな顔で頷いている。


「……いや、ええんかこれで!?」


 抑えきれずに突っ込んでしまった。いやなんだよ定員割れで百鬼夜行中止って。お前ら同じ妖怪だろう? 人間の恐怖とか苦痛とかを主食にしてるバケモノだろう⁉


 だが妖怪の在り方を今一度確認する俺とは対照に、他の妖怪たちは明らかにやる気の無さそうだ。


「別に良いんじゃね? 志願者数も今回は8人なんだろ」


「おれぁ志願したけど、暇だったから参加にしただけで中止なら反対はしないよ~」


「あ、わっちもわっちもー」


 志願者の中でさえ、百鬼夜行をやってやろうという熱い志を持った者は一人もいなかった。だが妖怪がこれで良かろうはずはない。


「待て待て待て待て、一回落ち着こう。そもそもなんで皆消極的になってんだ? せっかく百年に一度の凱旋で人間達から恐怖を吸い上げられるってのにさあ」


 妖怪達を諭そうと試みるも、耳を貸す者は誰一人としていない。それどころか集った妖怪の中からは反対意見すら飛び出す。


「まずお前みたいなイカつい奴らはまだしも、俺達とか驚かすことさえ難しいだろ」


「なーに妖怪が弱気なこと言って……お前達か」


 振り向いた途端、俺は弱音を吐く声の主の姿を捉えて納得した。声を上げた妖怪は二人、どちらもその顔に特徴を持つ妖怪だ。のっぺらぼうと一つ目小僧は結託し、決行を望む俺に抗議する。


「今時のっぺらぼうでビビるヤツいる? 夜は顔無くても見間違いと思われる可能性高いし、仮にビビってもすぐ正気取り戻されるのがオチだよ」


「オイラなんか、見ろよこのクリクリの目! 普通に笑われながら写真取られてSNSに投稿されるに決まってるやい」


「それ言うなら、ウチもそうやんな。ろくろ首って、何か怖い要素ってあるんかいな?」


 二対一の論争では多数派に勢いがついて、脇で見ていたろくろ首まで加勢してしまった。


「そこは工夫しろよ! シチュエーション考えてさ、心霊スポットで待ち構えて脅かすとか」


「俺ら如きが、心スポ行くような度胸ある奴らに勝てる訳ねえだろう。今の時代、夜中に怖い格好して追っかけるドッキリするユ〇チューバーの方が脅かすの上手ぇわ」


「そうやいそうやい!」


 反論しようとした直後、腹に響くような大声が熱くなっていた俺達の動きを静止させた。地響きの如き足音だけがこの集会所で木霊している。


「お前さんら、一回落ち着かんかい!」


「しゅっ、酒吞童子先輩ッ」


 この酒入りの瓢箪を抱え現れた三メートルを超える巨漢、酒吞童子先輩は妖界の中でも頂点に近いとされている妖怪だ。先輩は妖界でもかなりの大御所だから、誘ったもののまさか本当に来てくれるとは。

 俺は百鬼夜行賛成派の強い味方が一人増えた、と思った。


「こいつらの言う通りでい、鬼の小僧。百鬼夜行は諦めた方がええ」


「……え? そっ、そんな!」


「無理強いで参加させんのはリスクしかあらへん。それに今の人の世は大ネット社会、このご時世に百鬼夜行すんのは妖怪達の身が危険でごわすよ」


「ネットが危険ってどういうことですか⁉」


 なぜそんな先輩は『インターネット』なんてたかが人間達の情報網を恐れているんだ。俺らは人間達に恐れられる妖怪なのに。


「今の世は物珍しい事があればすぐにスマホで撮影し、それをSNSに投稿する者ばかりでい。仮に驚かせられたとて、動画なり画像なりで証拠取られちまったらおめえ……妖怪はおしまいでごわす」


「なんでそんな俗世の事詳しいんですか先輩……」


「そりゃあお前さん、わいはドメインがhttp主流の時代からネットに触れとるからのぉ。最近はイ〇スタでも三十万人のフォロワー持っちょるインフルエンサーでごわすよ」


 なんで平安生まれの妖怪がこんなに時代に順応してるんだよ、という言葉をグッと飲み込んだ。だがこのまま食い下がるのは納得がいかない。


「そんなの気にしなければいいでしょうよ! むしろ存在が知れたら、奴らは一層恐れ慄きますって」


「あほんだらァ!」


 怒号と共に俺の腹目掛けて飛んできたのは腰の入ったボディーブローだった。


「なちょすッ⁉」


 鳩尾へカマされた拳で息が詰まって意識が飛びかけた。歪む視界の向こうで綺麗な花畑と川を見てきた気がする。吹っ飛ばされ、俺の胃の中にあったものは全て地面にクーリングオフされた。


「妖怪の存在がバレてみろおめえ。そしたら徹底的に調べ挙げられてワシら皆ぶち殺されてしまいじゃい」


「そんな、やつらの大半は非科学的なことは自分にとって都合の良い占いや神頼みしか信じないじゃないですか」


「そればっかりは分かんねえべ。わいらだって科学で証明できるモンなのかもしん上、妖界ここの存在もバレるかもしれないでごわす」


「いやいや、有り得ない有り得ないですよ。それ言っちゃったらオカルト代表みたいな俺らどうなっちゃうんですか」


「先輩の言う通りだよ、鬼の兄ちゃん」


 先輩に訴えかける最中、酒吞童子先輩の後ろから頭の皿をひょこっと見せる妖怪が一人。今日も飽きずにきゅうりを貪り食って河童は虎の威を借る狐状態でこちらに意見する。


「河童お前までかよ。お前だって妖怪の顔の一人だろう?」


「ほら人間ってさ、目に見えない病気とか空の上のこととか解明しちゃったんだぜ?」


「でも……」


「見てみろよ。自分の正体がただの病気って知った途端、虎狼狸のやつ最近ずーっと鬱気味なんだぜ?」


 河童が指さした方へ顔を向けるとその先では狼の下半身と狸の腹、虎の上半身を持った獣の妖怪が縮こまっていた。江戸時代の流行り病が元で生まれた妖怪である虎狼狸は丸まって独り言をブツブツと唱えている。


「ぼくはようかいぼくはようかいぼくはようかいぼくはようかい」


 自分の存在すら分からなくなって半分精神崩壊してるじゃないか。それちょっと怖っ。まあ俺達自身も鶏が先か卵が先かみたいなところはあるけどさ。でも今はそんなこと別に良いんだよ。


「じ、じゃあとにかく身バレに気を付けさえすれば良い話だろ⁉ のっぺらぼうや一つ目小僧達は例外だとしても」


「そもそもハードルが高ぇんだよ。驚かすハードルが」


 俺の話を遮るように頭上から気だるげな声が聞こえた。赤い面や飛び出た鼻を見ずとも、俺は自身の真上でふらふら浮いている妖怪の正体を見抜く。


「天狗、おまえ……天狗も鬼に並ぶ言わずと知れた有名妖怪の筈だろ」


「いや知らんし。てか俺に固有の俗称がまだないだけで、別に俺自体は全天狗の長とかじゃないんだけど」


 飄々とした態度の天狗は人の角をツンツン触り、真面目さというものを彼は何処かへ放棄していた。


「鬼くんさぁ……もう人間の想像力は俺らを超えてんのよ」


 天狗は降りて俺の肩に手を回すと、逆に俺を説き伏せようと語り出す。


「漫画でも映画でもアニメでも良いから見てみ? どれもハイカラな妖怪ばっかで、俺達みたいな純日本デザインの妖怪はダサくてしょうがねえよ」


「別にダサさとか妖怪に関係ないだろう」


「いいや関係あるね。創作物の中の妖怪は本物より遥かに不気味で、気持ち悪く、未知で、恐ろしい。怪物のような恐ろしさを際立たせることもあれば、油断してる時にビビらせる古典的恐怖もあるし、リアルさを強調して生々しく表現することもある。恐ろしさの方向性は千差万別だ」


 普段からうるさい天狗の口は一層饒舌になって会話のキャッチボールから壁投げに移行していく。


「ホラーじゃなくても最近の妖怪はハイカラだぜ。作品によっては本家がダサい妖怪でも見た目がカッコいいし、萌え系美少女になって可愛いこともあったり、中にはデフォルメされて親しみさえ持たれてる妖怪もいるんだ」


「お前もう人間サイドに肩入れずぶずぶしてるじゃないか」


「せいかーい。だって人間の作るもの嫌いじゃないんだも〜ん」


 それの何が悪いかと言わんばかりに天狗は顔とジェスチャーで煽り散らしてくる。鼻を東西南北の方角にグルっと折り曲げてやりたいと思ったその時だった。


「待てい、そこの鬼よ」


 コミュニティセンターを囲む山々の向こうから、高さ四十メートルは優に超える巨大な骸骨が近付いていた。骸骨の妖怪は地を震わせて俺達の元まで歩いてくる。


「あなたは、がしゃどくろ先生!」


 この巨躯を持つ大妖怪、がしゃどくろ先生は妖界のドン的なお方だ。そんな重鎮がまさかこんな所まで来るなんて。


「汝に問おう……」


 普段言葉すら滅多に発されないがしゃどくろ先生の大きな口が、ゆっくりと開いて冷気と共に声が耳に届いてくる。ここにいる誰もがその圧倒的な存在感を前に身動き一つ取らなかった。


「別にもうさ、十分に供給足りてね?」


 先生に言われてから数秒、俺の思考は停止した。


「だって百鬼夜行の目的って、ワシらの飯になる恐怖心や絶望を人間達から吸い取って食う祭りみたいなもんじゃろ? でもわざわざ狩り取りに行かんでも、妖界に絶望ストックめちゃ余っとるじゃんか」


「……」


「妖怪って基本は妖界で食っちゃ寝てぐうたらしとるだけじゃけど、人間界はなんかしらストレスになる事が常に起きてっから絶望の供給量ハンパねえじゃろ」


 がしゃどくろ先生の発言を耳にすると、集会所の妖怪達はもう百鬼夜行の話題なんて忘れてそれぞれで話し始めた。


「前にデータ調べてびっくりしたんだけど、戦乱の時代より現代の方が絶望量が何故か桁違いに多いんだよね~。特に会社や学校とかから凄いストレス絶望が送られてくるの」


「あ、だからか。俺が月曜日に食う飯がやたら美味かったのって」


「味付けが最近はちょっと濃いぐらいだったもんな」


 ざわつく会場内の雰囲気を察しながら、先生はしょうがないなという顔で俺へ語り掛ける。


「ほら、このご時世は何かとゴタゴタだらけで地上も大変そうじゃし。これ以上人間らの悩みの種を増やすのは可哀そうじゃて」


 確かに不憫だわ。しかも俺らが今ここで畳みかけるように百鬼夜行なんてしたら、そもそもの人間供給源が絶滅しそうで怖くなってきた。ここまで正当な理由を並べられたのなら仕方あるまい。


「まあ、そう言われたらそうですね。じゃあ今世紀の百鬼夜行は、本当に無しってことで……」


「でもそれだと鬼っちはさ、不完全燃焼でしょ?」


「て、天狗……ちょっと待って、鬼っちって何?」


 やつの変に馴れ馴れしい呼び方に聞き返すも、天狗はそれに構わず肩を組んで俺に一つの案を持ちかけた。


「やっちゃおうよ、百鬼夜行をさ。妖界ここで」


「妖界で百鬼夜行を……?」


「そうだよ。がしゃどくろのオッサンも言ってた通り、妖界にはまだ飯が腐るほど余ってんじゃん。貯蓄考えても余裕ありまくりなんだし、ここで景気良く宴会しちゃおうって話よ」


 しばらく黙って天狗のアイディアについて考えた。またこいつが適当なことを言ったのではないかと警戒して、先ほどフリーズしていた脳を即座に再起動しフル回転させる。

 だが思案した結果


「……それで良いじゃん。それじゃあみんな、今から宴にしよ」


 急遽宴会が決定した途端、集っていた妖怪達は嬉しい悲鳴をあげて四方八方へ駆け出していった。


「ヒャッハー、久しぶりの宴会だあ。羽目外したるぜぇ」


「酒だ酒だァ、さけさけぇーッ! 蔵からありったけの酒運び出すぞ~」


「地上に俺を神として祀ってる人間とかいるから、俺はそいつらに供え物用意させて来るわ」


 宴の準備はあっという間に整っていた。妖界コミュニティセンターからあっという間に新たな百鬼夜行の噂が広まり、気付けば妖界全体が宴会会場へと早変わりした。

 酒池肉林、絶望ストックから作られた大量の宴会料理と妖怪大蔵の中の酒、浮かれた妖怪達による陽気な出し物に宴会芸。飯をたらふく食う者、早くも酔っ払う者、ひたすらはしゃぐ者、楽しく仲間内で語り合う者など、彼らはいつになく活気があった。

 どんちゃん騒ぎで妖界はすっかり和気あいあいとした雰囲気に包まれる。


「百鬼夜行、最高ー!!」


 俺も天狗に注がれた酒を天に掲げ、もう何度目かの乾杯を交わした。

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