人殺しの神様

 それから三日経つが、彼からはラインは愚かDMも来ない。他のパトロン見つけちゃったのかな。推しの生存が確認できない時の精神状態やばいな、SAN値がピンチ。

ベッドの上で死んでいると、スマホの呼び出し音がなった。

「うるさ。」

誰だよ、と思い着信画面を睨む。

「あっくん!??」

秒でメンタルが回復しそう。

「はい、もしもし!」

『もしもし、ゆなちゃん?』

「どうしたの、急に」

あっくん、いつもより声が低い気がする。

「あの、元カノが妹を刺そうとして」

『…え』

「それで、止めようとしたら、あの」

『いいよ、すぐ行くから待ってて』

神様が、人を殺した。


 彼の住んでるボロアパートの、404号室に到着した。

ピンポーン♪

歪なチャイム音。扉が開いたその先には、二つの塊と、赤く染まった包丁が転がっていた。

「待たせてごめんね。奈々さんの脈はある?」

「ない…楓もだめみたい、おれどうしよう。」

「じゃあ、二人を埋めるしかないね。スコップと、寝袋とかブルーシートあるかな?」

私はもちろん、人を殺したことなんかないし、埋めたこともない。死体を埋めると罪になることも知っている。だけど、彼の罪を隠ぺいする以外の思考ができない。本田敦輝の罪は私が被ってもいい、本気でそう思う。

「寝袋なら、いつも使ってるやつがあるよ。」

私は、奈々の死体を寝袋に詰めて、あっくんは自分の妹の亡骸を同じようにした。

「おえ、う…うぇ」

さっきから何度も吐いていて、とても心が痛んだ。

「ごめんね、私が別れさせたばっかりに。」

「ゆなちゃんと縁を切れなかったおれが悪いよ。おれのせいで楓は死んだ。」

「あっくん、あっくん。落ち着いて聞いてね。貴方には、三つの選択肢がある。まず、警察に自首して罪を償う選択。次に、二人を山奥に埋めて逃亡する選択。最後に、この世からいなくなるという選択。」

「まって、急にそんな、わかんないよ。」

「どれか一つ決めないといけない。最後はおすすめしないけど、私はどれだって受け入れるし協力する。」

彼はもう、あっくんではなくなっていた。

顔面蒼白で目は虚ろ、口は半開きで、へにゃりと座り込んでいた。けど、そんな姿でも、本田敦輝は、恐ろしいほど魅力的に見えた。


 私は、彼を自分の車に乗せて、行く当てもなく道沿いに走っていた。

「おれ、もう、死にたいな。楓がいなくて何かをする気になれない。一番守りたかった人を守れなかった。」

「分かったよ、一緒に死のう。」

「え、ゆなちゃんが死ぬ意味ってなに?」

「神が死ぬからだよ。」

「新しい推しを探せばいいじゃん。」

「何言ってんの、神様は一人だよ。」

「そうじゃない人の方が多いと思うけど。」

「どこに行こうか?どこで死にたい?」

「どこでもいい、そんなの。」

生きようという意思が薄弱な私は、彼の信者になることでしか人生を続けられなかった。それがなくなる今、きっと死ぬしかない。私が縋り付いてきたこれは、恋でも愛でもなくて、ただの執着だ。

「あっくんにも分かりやすいように説明すると、生に執着できない人間たちが、生きるために偶像崇拝みたいなことするんだよ。」

「ぐうぞうすうはい?」

「神様みたいに信仰するの、推しを。」

「それが、ゆなちゃんなんだね。」

「うん。」

「もう、ここでいいよ、降ろして。」

「え、でも、ここ、ただの橋だよ。」

私は驚いて車を停めた。彼は助手席から逃げるように飛び出して、何かを言った。橋から身を投げた。下は川だった。

そこからのことは、何も覚えていない。


 気付くと私は真っ白な部屋にいて、腕に点滴をされていた。あの橋の上で、倒れていたところを運ばれたらしい。

東京都のアパートから二人の女性が遺体で発見された、というニュースと荒川で男性の遺体が発見された、というニュースを見た。何もかもが夢みたいだと思った。

「佐藤さん、今ベッド足りてないので、今日退院してくださいね。」

看護師に声をかけられた。

「分かりました。」

そうだった、世界はパンデミックで大変なんだった。私はそれどころじゃないけど。

病室から出た瞬間、彼の最後の言葉を思い出した。

『それって―』






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「それっておれじゃなくていいよね」 有栖川ヤミ @rurikannzaki

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