短編小説

けけーん

短編小説



ある日、うちの会社を担当している銀行員が言った。




「えー趣味ですか、最近小説を書き始めたんですよ。元々本を読むことが好きでして」




(私)「小説!?すごいですね、どんなの書いてるんですか。」




「始めたばかりなのでまずは短編小説をいくつか作っています。」




(私)「なるほど。どんなジャンルの?」




「恋愛とかファンタジーとか幅広にやってまして、今は推理小説書いてますね!」




小説にはテーマが必要だ。あの日の銀行員との会話もあって、自分も小説を書き始めようとしている。が、全くストーリーが浮かばない。


推理小説?無理無理。それにはトリックや動機、犯人の人物像、なぜ罪を犯さなければならなかったのかを考えなければいけない。意外性がなければ読者は引き込まれないだろう。


恋愛小説?無理無理。50過ぎたオッサンが書く恋愛ってなんだ?パートナーと死別した後のセカンドライフストーリーか不倫小説になってしまうだろう。

あれ、ちょっとアリかもな。。。


ファンタジー?無理無理!親が創業した車部品の工場を35歳で引き継いだ既定路線頭固男(私)におとぎ話が思いつくわけなかろう。




私の人生を振り返ると、さほどイベントがなかったかのように思う。

人生ランキング(尺度何だよ)があるとすれば下から数えた方が早いだろう。


私は一人息子で父親が創業した自動車部品を作るプラスチック製品製造業の跡取りとして育った。

運動にはセンスがなく、学生時代は帰宅部、家に帰ると家業のちょっとした手伝いをさせられていた。


幸い、会社の業績は安定していて30人余りの従業員を抱えているほど成長はしていた。うちはプラスチックの射出成形を得意とする会社で車のドアトリムやシフトレバーを自動車メーカーに納めている。


樹脂成形は薄利多売な商売だが、複数ある成形方法の中で射出成形は精密さが必要とされる部品に利用されるため利益率も良い。


父親は創業来積極的な設備投資を行い、精度の高い製造機械を保有したことで同業他社との差別化ができた。あの時代によく銀行がお金を貸してくれたなと今でも思う。


周りが就活で苦労する中、特にやりたい仕事もなくて大企業にいける可能性もない大学にいた私は父親の会社に就職した。






「お前はいいよなあ。生活が保証されていて」



って言ってくる友達はいなかったな、友達がそんなにいなかったんだ。



新卒で入社してから13年経った30半ばのある日転機が訪れた。父親が過労で倒れたのだ。これを機に経営を引き継いだ。小さい頃から仕事を手伝っていたこともあり、古くからいる成形製造部や品質管理、経理総務部のおじさんおばさんが誰一人としてこの事業承継に反対しなかった。


こうして、私は社長としてかれこれ15年余り会社を経営してきたわけだが、最近、ようやく自我が芽生えた気がする。






「俺の人生、このままで良いんだっけ」



こんなことを思い始めた。もちろん父が残した会社を継いでから家族(書き忘れたが25歳で社内結婚し子供が二人いる)・従業員(ようやく100人になりました)・自動車の発展のために人生を捧げてきたことは自分なりに誇りに思っている。


ただ、今まで自分が「こうしたい」という思いを持つ機会が少な過ぎた気がしている。


今までの休日は、仕事か家事か職場のおじさんたちと釣りに出かけることくらいだった。あ、私は酒を飲まない。飲めないのではなく、従業員は車通勤が多く、奥さんは飲めないので私も飲まない。






「趣味を見つけよう」



ここ数ヶ月のテーマになった。冒頭部分は、父の時代からお世話になっている銀行の若手担当者との会話だ。これ以外にも販売先や仕入先の担当者にも趣味を聞いたのだが、執筆を趣味にしている彼の話に一番興味を持った。


実は私も読書は好きだが、自分が作る側にまわる発想にはならなかった。

彼がいうには一万字程度であれば休日一日で作れてしまうという。

そこで私はまず彼のアドバイス通り短編小説の作成から始めようとしたわけだが、全くテーマが思いつかない。





「初執筆のポイントはどんなに短くても良いから終わらすことと、起承転結をつけることだと思いますね。オチから考えましょう。」



彼は笑顔で言った。

私が君に感化されて書き始めようとしていること、ばれているのか?まあ、やってみよう。








「………んやっぱり思いつかん」


意外と難しい。設定は思いつくが、書き始めて面白くしていく自信がないのだ。ここで気づいた。


そうか、自分はつまらない人間だった。話を面白くするには相応の人生を送る必要があると。








(私)「今回の融資もスピード感持って対応してくれて助かりました。ありがとう。」




「いえいえ。期限に間に合って良かったです。」




(私)「ところで、この間言っていた小説はまだ続けているんですか?」




「ええ、それなりに。ただ、最近キャンプにハマってしまいまして。笑」




(私)「ほおキャンプですか。趣味が多くて良いですねえ。」




「最近はソロキャンプをしてきましたよ。大自然の中で食べるキャンプ飯とお酒が最高なんです。仕事のことも忘れてリフレッシュ出来ますよ。」




(私)「なるほど。なんか楽しそうで良いですね。」




「キャンプ用具も一式借りれるので、手ぶらでいけますよ。小鳥のさえずりを聴きながら一人でお酒を飲んでいると、小説のストーリーも浮かんでくるので、おすすめですよ。」




(私)「そ、そうですか。」




あれ、彼は何故私が執筆に苦戦していることを知っているんだ?

そしてキャンプをしたらストーリーが思いつくというアドバイスまで……?

この銀行員は何者なんだ。









-------------


風が気持ち良い。

私は今、彼の勧め通りソロキャンプをしている。一人で旅をすることは一大決心であったが、来てみて本当に良かったと思う。



風が吹くたびに木の葉が重なる優しい音、まるで「ようこそ」と言っているかのような小鳥のさえずり、初夏の温かい木漏れ日、耳を澄ますと遠くの方でセミが鳴き始めている。


この自然の中で何十年ぶりにビールを飲んでみて、お酒の美味しさに驚愕する。最高だ。今まで、何故お酒を飲んでこなかったのだろう。

私は今までどれだけ狭い世界で生活をしていたのだろう。






ビール二缶目。

目を閉じながら、飲んでいるとふと閃いた。



「そうだ!自分が小説を書くまでの物語を書こう!!!」



この幸せの空間とほろ酔いで思いついた案は私を奮い立たせた。アウトドアを通じて人生を面白く変えていく物語で決まりだ。

ポケットからスマホを取り出して、銀行員の彼との会話から文章をスタートさせた。





ビール三缶目。

酔いは最高潮だが、ここまで書いて、彼の忠告を守っていないことに気づいてしまった。









オチどうしよう。

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