四匹目

 十七歳になると、私は汎用型〈狩猟鋼機ハンター〉を乗りこなし、実戦にも歩兵ではなく鋼機猟兵として参戦し始めた。白兵戦とはまた別の緊張感もあったが、大きな失敗をしなかったのは、ロイ率いるスカーレット中隊メンバーの無駄のない連携やサポートのおかげだ。

 狼の掃討作戦経験を積むにつれ、自信も増していった。全く先の見えない戦いではあったが、部隊員の生存率や統率力も高く、任務も円滑に遂行できていた。

 薄曇りの空の下、人類軍本部郊外の軍事演習場。そこには、二機の〈ハンター〉が対峙していた。

 私の汎用機と、尊敬するロイの専用機。

 ロイ機は、汎用機の武装や性能を大幅に強化改良した設計なのだと、研究員からは聞いていた。それゆえに、動作確認の演習に私も進んで参加したのだ。

『それでは、これより演習を開始いたします。大佐、少尉、ご準備はよろしいでしょうか』

「問題ありません。いつでも行けます」

 操縦席コックピットに響く研究員からの通信に、私は冷静に応対した。両側の操縦桿を握る手に力を込めた。

『こっちも問題ねえよ。――来い』

 ロイの低い声に纏わりついた威圧感。けれど、決して不快ではない。

 程好い緊張感を抱きつつ、私も熱く答える。

「では、参ります!」

 硬質な床を蹴り、汎用機は高く跳躍する。直後にアフターバーナーを点火し、垂直方向に滞空する。両翼の推力は、この時も上々だった。即座に左腕さわんの機銃を、ロイ機に向けて掃射した。

 パラララッ、と乾いた銃声が響くが、ロイ機は既にその地点から飛んで回避していた。

 私は右の操縦桿のボタンを押し、右腕うわんの弾道ミサイルを二発発射する。追尾性能の高いそれすらもロイ機には追いつけず、相手の放った同種のミサイルで相殺そうさいされた。

 爆風が演習場の上空で吹き荒れた。

 それが煙幕代わりとなり、私の機体も高速旋回して腹部のエネルギーキャノンを放った。

 レーダーから相手の機体反応が消えたのは、その瞬間だった。

「!?」

 思わず目をみはった。確かに捉えていたはずだ。

 その隙を読んでか、不意に機体の真横をゴッと漆黒の機体が通過した。

 強い振動と衝撃波に、私は歯噛みした。

 ――速い!

 つい先刻までは、汎用機と同程度の巡航速度だった。ロイなりに小手調べをしていたのかもしれない。試作機とはいえ、これほどの速さで動けるのは、彼の腕の良さもある。

 レーダーには頼らず、モニターで視認したほうが得策か。

 私は操縦桿を限界まで前に倒し、エンジンブースターを作動させた。最高速度でなければ、追撃することさえ難しい。旋回するたびに重力負荷が増し、遠心力で身体がシートに押し付けられた。慣れきった感覚のはずなのに、この時はいっそう重く感じた。

 再び機銃掃射しつつ、同時に両肩のミサイルランチャーを撃ち込んだ。

 それでも、軌道を予測したかのように相手は難なく回避した。機銃が一部左翼に被弾したようだが、重装甲の表面には大きな傷は見えなかった。

 エネルギーキャノンの光弾が、ロイ機に追い討ちをかけた。

 だが、着弾寸前にそれは消滅した。

 ロイ機の装甲を包み込む、薄緑色の燐光。

「なるほど、あれが最新技術の成果物ですか」

 微苦笑しつつ、私は把握した。新装備として実装予定の特殊エネルギーシールド。

 右腕のミサイルの残弾は、あと二発。

 ロイ機の銃撃を横に飛んで回避し、ミサイルランチャーを向けた。

「これで!」

 勢いよく撃ち出されたミサイルは、ほぼ直線で相手を狙い撃った。爆煙がモニターに映った。

 やったか、と思ったのも束の間。

『どこを見てる』

「ッ!」

 ロイの涼しげな声とともに、汎用機の足元から彼の機体が急接近した。

 そのまま突進され、機体が高い鉄壁にぶつかった。

「ぐっ……!」

 激突の反動で息が詰まり、長く伸ばした金髪も揺れた。

 相手の銃口が正面で光り、咄嗟に機銃を構えて連射した。

 黒い装甲の脇を掠めた瞬間、突如その関節部から火花がぜ、機体が落下していった。


「サディジール大佐!」


 地に倒れるロイ機を追って飛行し、私の汎用機も近距離に着陸した。

 煙も出ているということは、オーバーヒートだろうか。

 整備員たちが慌てて駆け寄り、私も操縦席を出た。

 試作機から降りたロイには、目立った外傷は見受けられなかった。鋭利な黒い瞳も、普段の勇猛な輝きを保っていて。短い黒髪が、冷たい風になびいた。

 安堵しつつ、私は歩み寄って微笑んだ。

「大佐、さすがですね。お見事でした」

「おまえも腕を上げたな。撃った後に隙ができるのは相変わらずだが」

「お褒めいただき光栄です。そちらの機体は、稼働時間に問題があるのでしょうか」

「だろうな。俺の操縦に、性能がまだ追いついてねえだけだ」

「しかし、エネルギーシールドも含めこれほどの高性能とは、私も驚きました。実戦投入されれば、かなりの戦力となるでしょうね。他ならぬあなたが搭乗なさるのですから」

「セリフィア」

 言葉尻を遮るように、ロイが静かに名を呼んだ。

「おまえとは、前にも汎用機の動作確認演習でやり合ったことがあったな」

「はい。大佐のお手並みを拝見して以来、私も腕を磨いて参りました。少しでもあなたに近づけたのでしたら、こんなに嬉しいことはありません」

 彼が向けた穏和な笑みに、また心が揺れた。

〈ハンター〉操縦においては、ロイの右に出る者はいなかった。私の実力も、今では彼に次ぐほどだと評されているが、自分ではまだまだだと思う。

 彼の大きな背中を、常に追いかけていた。

 研究員の呼び声に応答し、ロイは歩き出した。

 すれ違いざま、黒い革手袋に包まれたてのひらが、私の肩をぽんと叩いた。


「これからも鍛えて励んで、俺を超えてみせろ」


 黒い軍服に包まれた後ろ姿は、悠然と去っていった。

 敬礼し、私は微笑んだ。

 ――必ず強くなってみせます、ロイ。

 傷ついた機体は、雲間から洩れるやわらかな光を浴びてきらめいていた。


   ◆


 今でもたまに、私は昔の夢を視る。

 仲間が眼前で呆気あっけなく殺された惨状も思い出し、嘔吐おうとしそうになることもある。口にざらりと砂が流れ込むような錯覚さえ覚えて。

 それでも、あの凄惨な記憶を忘れたくないのは、私が強く生きている証だからだ。

 我々〈赤ずきん〉の長年の活動で、少しは浮かばれただろうか。

 仲間や同胞の魂も、無念のうちに喰われていった人々の魂も、砂漠をゆったりと歩いていた駱駝たちの魂も。

 あの時、隊商とともに街に着けていれば、のんびりと駱駝と触れ合うこともできただろうか。地球上に僅かに残った動物の尊さを感じながら。

 人類軍本部基地の地下通路を歩み、同胞たちの眠る墓地へ向かいながら、しんみりと呟く。


「あなたを亡くした日にまで、毎年視てしまうのですよ。不思議でしょう、ロイ」


 この声も言葉も、二度と届かないとわかりきっていても。

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獲物は得物でケダモノを狩る 蒼樹里緒 @aokirio

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