第19話 大きな森の小さな竜巻 ~終幕~
「うはは、農民の殆どが移住ね。いーんじゃね?」
「笑い事でない。まったく..... どこもかしこもてんやわんやの大騒ぎだったぞ?」
小さなお家を訪れた千歳は、大仰に溜め息をついた。
あの騒動から一ヶ月ほど。各国は流出した難民を拾いまくり、蜜蜂馬車はフルスロットル。幸い蜜蜂や蛙達が護衛についてくれていたので大事はなかったが、中央区域の王宮そのものが混乱に陥っておらずば、追手がかかっていてもおかしくはなかった事態。
過去に魔物の襲撃で辺境が荒らされ、多くの国民が難民として流出した経緯を持つ中央区域は、そういったことに敏感なのだ。
その当時も数多な農民らを失い、中央の国々は未曾有の食糧危機を経験したから。
あれを繰り返すまいと、中央各国は国境に厳重な警備をしいている。逃亡した民は奴隷落ち確定で厳しく罰せられるのだ。
ああ、懐かしいね。そんなこともあったっけか。
過去を振り返り、にまにまする小人さんを見て、千歳はうんざりと天を仰いだ。
「.....過去の経緯は知っておるが。そなた、好き放題し過ぎではないか?」
どの口が言うかと、千歳の後ろに立つオーフェンが目を据わらせる。好き放題し過ぎの千歳に右往左往させられてきた彼だ。言いたいことは雪崩が起きそうなほど山積みだろう。
背後から漂う冷気に気づかぬ振りをし、千歳は、あれからとこれからの話を始める。
「取りあえず農民や貧民らは保護した。まだ流れてきているが問題ない。適当な土地をあてがって、辺境で村造りをさせている。新たな領地が出来そうな勢いだがな」
それはそうだ。一国の農民ら、ほぼ全てが流れてきたのだから。
フロンティアも発展し、大きくなった。領地が一つ増えたところで困りはしないし、各国の隙間空間が膨大に余っているアルカディア事情なら、むしろ濡れ手に粟。
タダで数十万の民が手にはいるなど幸運でしかない。
だがまあ、どんなことでも最初は困難がつきものだ。食糧、日用品、衣料品など、フロンティアからの持ち出し金額が多く、調達に苦労しているらしい。
それがようよう一段落した千歳はいの一番に千尋の元を訪れ、愚痴を連発した。
ばんっと扉を開けて入ってきた彼は、挨拶もそこそこに開口一番大声で叫ぶ。
「だいたい、考えなし過ぎるだろうっ! 各国の王族を拉致とかっ? そのせいで、中央はモノノケに荒らされ民が被害にあって逃げ出すはめになったのだぞ?」
「アンタが捕まったからやん。盛大なブーメラン投げてくんなぁ。投げ返して欲しいん?」
ぶっと噴き出し、肩を震わせる克己鴉。熊親父は別段慌てる風でもなく、のこのこと台所へ入っていった。
「あの後、大変だったんだぞっ? 王宮は野戦病院みたいになっているし、早急に騎士団を編成して国境に向かわせねばならなかったしっ! ジョルジェ伯爵らが残って纏めてくれていたから良かったようなものの、モノノケらがおらねば、多くの死者が出てもおかしくなかったんだからなっ?!」
「凄いおまゆうキタコレ。アンタ、アタシが誰なのか忘れてないかにょ? アタシとモノノケはセットじゃん。モノノケだけ崇めんなよ、アタシのことも敬え」
「揉め事の元凶が、そなたなのだろうがぁーっ!!」
「はい、ループ。アンタが捕らわれなきゃ、今回の事態は起きなかったにょん。馬鹿だあねぇ? わざわざアタシが出張る理由作りやがって。こっちこそ、大概にしろと言いたいわ」
似た者同士の二人。同族嫌悪丸出しな千歳と、可愛い子供を見守る視線の小人さん。
寡黙につとめていたオーフェンすら、目の前で起きている茶番劇を黙って見つめ、小刻みに肩を揺らす。
それと反対で堪らず転げ回って笑う鴉が腹筋崩壊させたころ、台所から出てきたドラゴによってテーブルに軽食と御茶が用意され、疲れはてていた千歳は手招きする熊に素直に従い、椅子に座った。
コック帽はないものの、赤いコックチーフを身に付け、大きなクッションに腰を下ろす灰色熊。
慣れた手つきで家具の隙間に入っていたテーブルを引き出し、折り畳み式の脚を伸ばしてクッションの横に置くと、用意してあった御茶や茶菓子をテーブルに載せて寛ぎ始めた。
のほほんと御茶をする灰色熊に千歳はもちろん、同行してきたオーフェンも軽く目を見張る。
「.....前にも思ったが。妙に人間臭い熊だな」
「これって俺の分ですか? え? 座れと?」
未だに込み上げる笑いを噛み殺しながら、克己鴉がオーフェンの背中をテーブルの方へと押した。
押されるままオーフェンが椅子に腰かけると、千歳が神妙な面持ちで呟く。
「まあなぁ..... 正直なところ、どうしたものか迷っておるのだ」
多くの民を失った中央区域。
今回の戦の賠償として、参戦国は拾った難民らを要求した。人的資源を金子に換算して。
それは受け入れられたらしい。ぶっちゃけ、あちらには払える財源もなかろう。下手に金子を要求すれば、苦しむのは無力な民達だ。
拉致してきた王族らも返還する。もちろん身代金を頂いた上で。けっこうな金額になったらしく、分け合った辺境国はそれを難民の支援にあてた。
働かせた若い王族達は、この一ヶ月で見違えるように逞しくなり、最初はヒイヒイ顎を上げてやっていた畑作業や採取も、帰る間際あたりには慣れたものだった。
若干名残り惜しそうに蜜蜂らと別れを告げていた者らを見たのは、小人さんの秘密である。
疲労困憊になる労働を知り、美味しい御飯に目を丸くし、厳しくも優しい蜜蜂らに追い回され慰められ、彼等にも少しは人間味が出てきたようだった。
.....ここでの記憶を忘れないでいてくれたら良いなぁ。
働いて食べる御飯の美味しさ、尊さ。命に関わり、携わる責任感。それを肝に銘じて欲しい。
彼等の一挙一動で多くの民の命運が決まる。取捨選択を間違わぬようあれと、小人さんは窓から空を仰いだ。
どこまでも続く抜けるように青い空。この青みの下に皆生きている。生きとし生けるもの全てが。
その一人なのだという自覚が生まれていたら僥倖だ。
.....まあ、あんだけこき使われて、食べ物の有り難みも、生きていられる幸運に感謝も芽生えなかったなら、もう、しゃーないしな。
へらっと乾いた笑みを浮かべる千尋を、怪訝そうに眺める千歳国王。
「今回の事態を重く見て、国際連合辺境国は経済制裁を可決した。どのような救援要請にも応じない構えだ。.....間違いなく大量の餓死者が出よう」
金色の環の恩恵はあれど、主の森を持たぬ中央区域。しかも農民の殆どを失ったのだ。手入れのない畑は、あっという間に荒れる。この先どうなるかは火を見るより明らかだった。
「..........なあ。これで本当に良いのだろうか?」
「さて? こっちが関知するこっちゃないね」
しれっと突き放す小人さんに苦虫を噛み潰す千歳。
だって分かりきった結果じゃない。どうせ奴等が身の程を知った頃に許しちゃうんでしょうが、アンタらは。
なんのかんのと辺境国は甘い。助けを求める者を放ってはおけない気質だ。特に力ない平民を見捨てられない。
その甘さを心から愛している小人さん。
取りあえずの報告を済ませた千歳は、オーフェンと共に森を後にする。.....蜜蜂に吊らせたブランコで。
大きめな椅子を四点留めの縄で吊るす形だ。それに乗って、ここまで来たらしい。
そうか、一本ロープだとひっくり返る可能性あるけど、前後左右の四本ロープならひっくり返らないっ! しかも椅子の重量で安定するじゃんっ!!
あんぐりと口をあけたまま翔び行く二人を見送りつつ、千尋は過去の雪辱に、似たようなブランコを作った。
そして数日後、ブランコに乗って飛び回る幼児が多くの人々に目撃されたのは余談である。
「.....何やってんだ、アイツは」
もはや敬語もない千歳。
こうして数百年ぶりの戦は幕を閉じ、千尋は闇夜の大陸に乗り込む計画を立て始めた。
相変わらず、彼女の未来に平穏の二文字はないらしい。
あなたのお城の小人さん ~大きな森の小さなお家~ 美袋和仁 @minagi8823
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