第18話 大きな森の小さな竜巻 ~とおっ~


「本当だってっ! 中央区域の国々がおかしいんだよっ!」


 処変わって中央区域。


 街の人々に熱弁を奮う男性は、ギースという冒険者。

 彼等はモノノケ達に蹂躙された中央区域の人々に移住を勧めていた。


「奴隷とか、辺境の国じゃあ過去の黒歴史だぜ? 獣人も国を興して普通に暮らしているし、あんたらを人間として扱わない国なんて捨てちまえよ」


 切々と語るギースを訝しげに見据え、街の人々は胡散臭さそうに顔を見合わせる。


「そんなこつ言うてもなぁ。あんたらを信じる義理もないし。ここなら食べるだけは出来るんだ。なして安定した生活を捨てなきゃねんねぇ?」


 安定してねぇだろうがよぉぉーっ!! 何かあれば、子供らを売りに出さないと食べられない状況は安定してるとは言わねぇーっ!!


 常識の基準が違うのだ。どれだけ説明しても立て板に水。街の人々の心には響かない。

 辺境の国々と中央区域では文化に悠然とした格差が横たわる。

 小人さんがやらかした時代から数百年。辺境の国々は民の識字率がほぼ百パーセントなのに対し、中央区域では未だ二十パーセントにも満たない。

 読めず、書けず、知識を得るには実践で覚える他なく、知を王侯貴族で独占する歴然とした身分制度が健在なのだ。

 そんな人間らを前に御高説をたれても無駄。目先の利しか考えられないように育てられてきた人々に理解出来るわけがない。

 それが楽でもあるからだ。言われるまま、ただ流されて生きる。何も考えなくて良い。お偉いさんに従っていれば、少なくとも仕事は貰える。

 ある意味、洗脳だ。こういうものだと人々に諦めを習慣づけ、上に立つ者への畏怖を叩き込む。

 それが連綿と続いてきたのだから、そのように染まるのも致し方なし。

 過去の和樹も長く足掻いた泥沼に足を踏み入れ、ギースは酷く葛藤する。


 どうして分からないんだよっ! 土地なんか余りまくってんだから、もっと豊かで暮らしやすい場所に移れば良いじゃないかっ!!


 ぐぬぬっと歯噛みするギース。

 彼は仲間と相談して、モノノケ達が同行しているのを良いことに、街の人々の大移動を目論んだ。モノノケの護衛があれば、過酷な荒野や砂漠も渡れるだろう。随時、蜜蜂馬車を飛ばして拾うことも可能だ。

 乗り掛かった船である。幸い、どこの辺境国も豊かで土地が広い。各国は積極的に難民を受け入れている。

 民の十万や二十万、どんと来いだ。むしろ新たな土地を開拓して街にしてもらえるのは願ってもいない僥倖。

 

 そう切実に訴えるギースだが、やはり街の人々の反応は鈍い。


「んな上手い話があるかよう。どうせ、俺らを騙して奴隷にでも売っぱらうつもりなんだろう?」


「だな。誰でも住める豊かな土地? そんなん、あるわけないべさ」


「毎日汗水たらしても、こんな街が精々だ。嘘をつくにしても、もっとマシなこと言えっての」


 完全に疑ってかかる街の人々。

 苦虫を噛み潰すギースの元へ、仲間の冒険者達が駆けつけてきた。


「準備出来たぞっ!」


「出来たかっ!」


 ぱあっと顔をひらめかせ、ギースは、渋る街の人々を連れて、自分達のキャンプへ向かった。




「.....んだ? これぁ」


 やってきたキャンプで街の人々は度肝を抜かれる。

 そこには宙に浮かぶ不思議な物体が幾つもあったのだ。


「これは水鏡といってな。遠く距離を隔てた場所を映し出す魔法だ。俺達だけじゃ難しかったが、モノノケらが手を貸してくれた。見ろっ!」


 その声に応じて、蛙達がヴンっと水鏡を振動させる。途端に一メートル四方の水鏡が数多の風景を映し出した。

 賑やかな街並みや荘厳な神殿。道行く人も明るく、愉しげに歩いている。

 一見して田畑と分かる風景もあるが、その規模や実りはこの街と比べ物にもならない。

 整然と並ぶ青みに、誰もが固唾を呑んだ。


「これが辺境国の実情だ。ここはわりと小さい街でな。でも穏やかで優しい街だよ」


 小さいっ? これがっ?!


 思わず食い入るように水鏡を凝視する人々。そこにある風景は、とても小さな街に見えない。まるで領主街みたいに立派な街だった。

 そして彼等の眼は、ある水鏡に集中する。

 美味しそうに昼食を取る農夫。その手にある食べ物は、腸詰めや野菜をふんだんに挟んだ贅沢なパンだった。


「あんな食べ物、見たこたねぇ.....」


「美味そうだな。ありゃあ、偉い人なんだな、きっと」


 ごくっと生唾を飲み込む街の人々をチラ見して、ギースの頭でピコンっとアホ毛が爆ぜる。


 そうか!


 誰にでも分かりやすい恩恵。歌と踊りと料理は容易く国境を越える。越えさせる。

 にぃ~っと悪い笑みをはき、彼はキャンプのテントに取って返して、ありったけの携帯食を持ってきた。


「あれは辺境国では普通の食事だぞ? ほら、携帯食だって、こんな風だ」


 バラバラと出されたモノを見て、街の人々は眼を見張る。どれもこれもが美味しそうな食べ物だった。

 防水紙に包まれたサンドイッチやドッグ。お湯に溶かして食す用の具沢山な煮こごり。ドライフルーツやナッツを贅沢に使った蜂蜜キューブは携帯食の定番だ。

 遠出であれば素っ気ない干肉とかも持ってくるのだが、今回は蜜蜂馬車での遠征である。各自、手軽に食べられる普通の弁当を持参していた冒険者達。


 ギースの説明を聞いて、あんぐりと空いた口が塞がらない人々。


「これが普通?」


「ああ」


「祭りや儀式でも食ったこたねぇよ、こんなの」


「.....だから、この国はおかしいんだよ。民を飢えさせる王に、王たる資格はない。そして、あんたらは仕えるべき王を選べるし、住む土地を変えられるんだ。腹一杯食べさせてくれる国に行かないか?」


 切なげに眼をすがめ、ギースは理解しやすいよう、ゆっくりと話した。

 

 そして街の人々は思う。


 お腹一杯食べたことなぞ、ついぞ無い。いつもカツカツで、水のようなスープに固いパンを浸して食べていた。

 収穫期につくクズ野菜のごった煮が、たまの御馳走。あとは祝い事の時に〆る老いた鶏を皆で分けるのが贅沢だった。

 一口もない肉を噛み締めて、心の底から至福を感じる。それが彼等の暮らしであった。


「そんな夢みたいなことが.....」


 まだまだ疑いを捨てきれない人々。それを和かに一瞥し、ギースは防水紙を剥がして街の人々に食べ物を渡した。


「現実だ。食え」


 手にした食べ物を信じられないような眼差しで見つめ、街の人々は恐々口にする。

 柔らかなパンとシャキシャキした野菜。それを噛み締める度に、じわりと旨味を拡げる何か。


「.....これは? 何か入ってんぞ」


「それは炙りチキンのサンドだ。鶏の肉だよ」


「鶏.....」


 今まで食べていた鶏肉とは全く違う。廃棄する予定の鶏は年老いていて、身も固く筋張っていた。

 こんな柔らかくて肉汁たっぷりな肉を彼等は口にしたことがない。

 

「ぅ.....」


「ふぐ.....、ぅぅ」


 初めて食べるまともな食べ物。どこの国でも貧民や農民の身分は最低辺だ。それでも辺境国なら豊かに暮らせる。

 小さなサンドイッチの中に詰め込まれた、これでもかという説得力。

 論より証拠。食に垣間見える真実の欠片は分かりやすさ抜群である。


 身体が栄養を欲していたのだろう。指先の毛細血管にまで沁みわたる満足感。

 不可思議な感覚に戸惑いながら、街の人々は嗚咽をあげつつ貰ったサンドイッチを食べていた。

 そこへ他の冒険者の急使が水鏡に割り込んでくる。


『あのさあっ! 村の人達が子供を売るって.....っ!』


『そっちもかっ? こっちもだよっ! ありえないよなっ!』


『何とかしないと.....っ、待て待て待てってーっ! まだ馬車に載せんなーっ!!』


 阿鼻叫喚な顔をして水鏡に映るのは各国の冒険者達。


 どこも考えることは同じらしい。胡乱に空を見上げ、ギースは事のしだいを報告した。


『『『『そうか、飯かっ!』』』』


 どうしたものかと連絡を取り合った各国の冒険者は、ギースに倣い、食事を餌にして人々の説得を試みた。

 それは功を奏し、どこの民も辺境への移住を決意する。


「じゃ、何人か俺についてきてくれ。他の街や村も似たようなことになってるだろうから拾ってくるよ」


 蜜蜂や蛙と共に馬車を翔させ、冒険者達は各地の街や村を訪ね歩いた。

 そして同意してくれる人々にのみモノノケの護衛をつけて辺境国に送り出す。

 ついてきてくれた人々が説得に一役買ってもくれた。実体験した者の言は重い。

 なかにはそれでも渋る者はいたが、そこは自由意志だ。無理強いはしない。


 こうして各地で民族大移動が起こり、その後も、噂を聞きつけた人々が流れてきたりと、中央区域の国々から人が流出していく。

 その流れを誘い、引率する蜜蜂や蛙がいたのも御愛嬌。


 詳しい報告を受けた小人さんが、お腹を抱えて大笑いしていたのは余談だ。


 中央区域の平民達は識字率が低く、筆談不可能なため、蜜蜂らは赤と白の旗を使って意志の疎通をはかる。


「おっと、止まれか? ここ? うおっ、亀裂かよ、危ねっ!」

 

 目の前を遮るように渡された赤い旗を見て、慌てて止まる男性。


「こっち? 進めね? ありがとう」


 下で半月を描くようにユラユラ揺らされる白い旗を見て、進行方向を確認する母子。

 蛙も小さな旗を持ち、人々の足元で跳ねている。


 後の世に長く語られるお伽噺。モノノケらの登場が、お伽噺の定番になりつつあるアルカディアだった。

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