第17話 大きな森の小さな竜巻 ~ここのつめ~


「踊る阿呆に踊らぬ阿呆~♪ 同じ阿呆なら踊らにゃ損だよ♪ .....はあ、良かったよなぁ、市丸さん姐さん。また生声聞きたぁぁい」


 ひよひよ踊りながら呟き、通常運行の小人さん。前世の小さい頃なら、このへんでいつも.....



『だから、いつの生まれだ、お前はーっ!』


『知ってるアンタに言われたくないにょんっ』


 なんて、漫才を克己とやっている頃である。


 これも懐かしいなぁ。


 くすりとほくそ笑み、追憶に浸っていた千尋へ、別な処から突っ込みが入った。

 かああぁぁーっ!と、タイミング良く叫ぶのは居候カラス。


『いつの生まれだよ、その歌っ!! ってか、手伝えやぁーっ!!』


「ごめん、ごめん。でも間が良いなぁ、アンタ」


 モノノケカラスに、ベッタリ張り付いて離れない小さい王子様。子供の様子を見て、この魔物は安全なのかと一緒になって張り付く大人達。

 言わずと知れた千歳の息子と、拉致されてきた中央区域の王族らである。


「鳥しゃん、鳥しゃん.....」


 ぐずぐず鼻を垂らす王子を優しく撫でる克己ガラス。それを見て、がしっとカラスの背中に張り付き、小人さんを恐怖の眼差しで凝視する各国の王族。

 それを子供蜜蜂に剥ぎ取らせ、国王や王妃達はメルダ様の巣の個室に御招待。あふれる蜂蜜で満たされた巣で一瞬歓喜した彼等だが、そんなのは半日と続かない。

 克己ガラスや熊親父を悶絶させた蜂蜜責めで、どこからともなく悲痛な叫びがか細く谺する。


 んのぉぉぉ.....っっ、と苦しげな声が聞こえる中、小人さんは比較的若い王族らを前に仁王立ちしていた。


「ぶっちゃけ年配で頑固な選民どもに期待はしていないにょ。話すだけ無駄。これまでが全てを物語っているから。なんで、あんたがたに少し期待だ。どうする?」


 とつとつと今までの経緯を説明する幼女。


 小人さんが人間として世を去ってから数百年。辺境国は中央国と緣を結ぶべく努力してきた。国際連盟を発足して、お互いに手を取り合い困難に向き合おうと尽力してきた。

 なのに未だに理解せず、愚かな選民思想に浸り、民達を虐げて独善的な支配を続ける中央区域。


「それならそれで良いのよ。御国柄という奴だとも思うし、独立立地なアルカディアの世界では、それぞれの国で暮らしが完成してるからさ。でもね..... 他国への侵略は見逃せないかな?」


 にぃ~っと口角を歪め、中央区域の千尋は若い世代らを睨めつける。

 あらゆる恩恵を辺境国から甘受しておきながらの掌返し。いや、あえて噛みついてきた行儀の悪さ。

 誰かに唆された背景が見え隠れしているとはいえ、御粗末すぎる。これからを考えているようには見えない。

 金色の環の中に入ったがゆえ、魔力が復活し魔法が使えるようになったものの、中央区域は森の恩恵を受けておらず、森を持つ辺境国との力の差は歴然としている。


 なのに未だソレを理解していないのは、なぜか。


「過去の栄光は塵芥。どのような愚かな行いも人の倣いだと思って、ここまで静観してきたけど我慢の限界だわ。神々の思し召しを思い知ると良いにょん」


 澄み渡る青空のような笑顔を浮かべ、千尋は子供蜜蜂達に指示して、若い王族達を働かせる。


「わ、私は王太子だぞ? 捕虜だというなら国際法に基づき、それなりの待遇を求めたいっ!」


「寝言は寝てからほざけや。国際連盟、戦争法第三条『非戦闘員に無益な犠牲を出すべからず。焼き討ちや著しい財産の破損を禁ずる』.....あんたら、フロンティアの民に何をした?」


 法には法だ。守らぬ者を守る法はない。小人さんはそのように国際法を作ってきた。目には目を。歯には歯を。

 抜け道や情状酌量の余地など全くない戦争法を。失われた命は返らない。取り返しはつかない。ならば命で購ってもらう他はない。

 それも責任者である上を巻き込む法律だ。現場の独断専行もあるだろう。しかし、ソレをも御しえないのなら、上に立つ者の資格はない。アホぅには早々にご退場願いたい。


「法を無視した奴らに法の救いはないよ。働いて糧を得るか、死なない程度の蜂蜜で独房に閉じ籠るか。好きな方を選べば?」


 辛辣な眼差しで凝視され、王太子だと声高に叫んだ青年も黙り込む。

 他にも王子や王女が数人いたが、親たる国王らの力ない喘ぎを耳にして、居丈高な対抗心は悉く削がれていた。


「.....鳥しゃん、鳥しゃん」


 ぐずぐず啜り泣く小さな王子様。指をしゃぶりながら克己ガラスの小脇に挟まる姿は哀れの一言である。


「こんな小さな子供を殺そうと追いかけ回し、民らを馬車に詰め込んで火を放った。それどころが一国の王を檻に入れて戦場で晒し者にして、ソレを盾に他国を蹂躙。.....国際法で禁じられていることのオンパレードだ。なのに国際法がアンタらを助けると思うのかい? なあ? アタシが、そんな温い法律を作ったと思ってか?」


 切った張ったの戦場に常識など皆無。それは致し方のないことだ。それを責めようとは思わない。生きるか死ぬかの瀬戸際なのだから綺麗事では済まないこともあるだろう。

 しかし、丸腰で逃げ回る非戦闘員を追いかけて殺すのは話が違う。

 人質の有効活用も対談にのみ用いられるよう国際法では定めている。


 そして戦争法の頭にある文言。


『正当な理由が存在しない限り、他国を侵略するなかれ』


 ここで既に中央区域がやらかした戦争はアウト。奴等が国際法に頼れる術はない。

 国際法とは国同士の摩擦を緩和し、仲裁国を置いて問題の根本を正すための法律なのだ。

 国ごとに法律は違うし、考え方も違う。ならば、これだけは守るべしと人道を説いたモノ。それが千尋の作った国際法だ。地球の十戒を準え、示した、知的生命体としてやってはならない事を事細かに設定したモノ。

 そんな簡単明瞭に記されたモノですら理解しない馬鹿野郎様に施す情はない小人さんである。


「戦争法を破ったアンタらに国際法は味方しない。むしろ国際法を遵守するなら、手酷いしっぺ返しが待っているにょ? 楽しみだあねぇ?」


 法を守るなら中央区域には国際連盟の制裁待ったなし。守らないなら、辺境国全てを敵に回して袋叩き。

 往くも帰るも地獄な状態だとようやく理解したのだろう。

 王子や王女らの顔は色が抜け落ち、呆然と俯いていた。


「そんなつもりでは..... 我が国は、ただ.....」


「ただ?」


 唾棄するような幼女の問いかけに続く言葉もなく、呟いた誰かは唇を噛み締める。


 何をやっても許されると思っていたのだろう。張り子の虎とも知らず、すでに権威が失墜していることも理解せず、今までどおり事が運ぶと夢見て。

 時代は移ろい、世界が変わったとも知らず、がんとして認めず、中央区域が優位なのだと錯覚していたに違いない。

 そのように教えられ、そのように育ったのであれば無理からぬこと。

 孤立立地な各国は滅多に交流がない。自ら知ろうと動かない限り、与えられた情報で判断するほかないのである。

 アルカディアではその精査も困難だ。どれが正しく、どれが間違っているかなども分かるまい。

 そんな状況で真っ当な後継者など育成出来るはずもなく、中央区域は迷走を続け、今にいたった。


 いくらでもチャンスはあったのに。


 根気強く説得してきた辺境国や、年に数度行われる国際連盟の交流などで、他国を知る機会はあったはずだ。

 なのにソレを棒に振り続けたのも中央各国だ。己の物差しを信じて疑わず、頑迷に変わろうとしなかった。

 一部の選民だけが心地好い国の温湯から抜け出そうとしなかった。

 四面楚歌な現実。それをやっと彼等は理解したらしい。


「我は王子だぞ.....? それを.....」


「コイツもだけど?」


 わなわな震える青年。それに幼女が顎で示した先には克己ガラスに抱かれるフロンティア国王子。


「辺境国など..... 蛮族の棲みかで.....」


「古今東西、暴力で相手を捩じ伏せようとする人間を蛮族つーんだ。それともアンタ達の国では、小さな子供を殺そうと追い回す輩や力ない民を焼き殺そうとする輩を紳士とでも言うのかい? だとしたら常識が違い過ぎたわ、すまんね。フロンティアでは、そういう人間をケダモノっつーんだよね」


 人間ですらないと暗に自国を貶められ、悄然とする中央区域の若者達。

 言われてみればその通りだった。こうして延々と説明され、ようやく己の国の仕出かしたことを理解した。


「まあ、フロンティアは暴力を好まないんでね。それなりの身代金でアンタらを解放する予定なん。それまで飯を食いたきゃ働くんだな。働かざる者食うべからずだ」


 千尋がそう締め括ると、蜜蜂達が若者らをどこぞへ連れていく。わあわあと恐れ戦き連行される若者を胡乱な眼差しで見送り、小人さんはようよう肩の荷をおろした。

 しかし、その間隙を突くように複数の書簡が蜜蜂によって運ばれる。


「うにゃ~ん」


 じと目な千尋が書簡に苦虫を噛み潰していた頃、紆余曲折を経てフロンティア王宮へと戻ってきた千歳は、あんぐりと顎を落とす。




『おう、帰ってきたか。チィヒーロはどこだ?』


 お玉片手にキョロキョロする大熊。身の丈二メートル近い巨大な熊の姿は、近隣諸国で悪名高い灰色熊とそっくりだった。

 違いと言えば灰色の部分が銀色なこと。


「これは.....?」


「.....森の隠者様の僕だそうです」


 筆談で意志疎通をしたらしい騎士らが、疲れたような半目で答えた。

 どうやらこの熊様、城下町の人々とやってきてそこからずっと炊き出しを手伝っていたらしい。.....いや、仕切って中心的に作っていたらしい。

 小器用に動く金属製の爪。それを見事に操り、作られていく美味しそうな料理の数々。

 最後の仕上げとばかりに、ココンっとラードを鍋に落とした熊は、キラキラ輝く瞳で地面に文字を書いた。


『チィヒーロも戻ったのだろう? どこにいる?』


 ゴツい熊のくせに満面の笑みを浮かべる魔物を見て、千歳らは誰ともなしに視線を見交わした。


「隠者殿は森に還られましたよ? だいぶ前の話です」


「ええ、今回の元凶な者どもを連れて..... 御存知ありませんでしたか?」


 とつとつと語られる言葉を耳にして、熊親父の顔がすっとんきょうに呆けていく。

 そして次の瞬間、お玉とコック帽を放り投げて王宮を駆け抜けていった。


『チィヒーロぉぉぉっ!!』


 涙目で絶叫する熊を見送りつつ、何気にスープを味見した千歳は、思わず絶句。

 今まで口にしたこともない、極上のスープである。王宮にある食材をふんだんに投げ込んだ美味しいスープ。


「何者なんだ、今の熊は.....」


「これを魔物が作ったと? 嘘でしょう?」


「でも堂にいった料理人ぶりでしたよ。コック帽も板に付いていて.....」


 一緒に炊き出しを作っていたらしい王宮料理人らは、熊からダメ出しを食らいつつ手伝っていたと言うから笑えない。

 唖然と熊の残した土煙を見つめる千歳達。


 ここからまことしやかに囁かれる噂を、今の千尋や熊親父は知らない。


 小人さんには、忠実に寄り添う熊コックがいるとの本当の噂を。




『チィヒーロぉぉぉっ!!』


 相も変わらず、愛娘の名前を叫んで走り回るドラゴだった。

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