第15話 大きな森の小さな竜巻 ~やっつめ~


「いったい何がどうなって.....?」


「分からん、あっという間だった」


 呆然と魔物の大群を見送る中央区域のラクーン王国。


 いきなり雪崩れ込んできた魔物によって国中が荒らされ、相対した騎士や兵士、冒険者らも容易く蹴散らされる。

 満身創痍な彼等を余所に、魔物達は王城を縦横無尽に駆け回った。まるで何かを探すかのような雰囲気で。


 それはすぐに判明する。


「だっ、誰かぁぁっ! 余を助けぬかぁぁぁっ!!」


 ひーっと凍えた悲鳴をあげ、魔物にかつがれたまま拐われていく誰か。


「国王陛下っ?!」


 限界まで目を見開いて騒然とし、魔物と必死に応戦する王城の者ら。それを再び蹴倒しながら、魔物達は来た時同様、あっという間に遥か彼方へ悠然と駆けていく。


「王がっ! 追えっ、追えぇーっ!!」


 竜巻のように吹き抜けた一陣の風を唖然と見送る王城の者らは騒然となり、あれやこれやと八方に手を尽くした。


 わあわあと大騒ぎのラクーン王国。そんな王城を知らない民達は、あらゆるモノを巻き上げて疾走する魔物に心底怯える。


 あれが魔物....っ? なんと恐ろしい。


 王都に近いあたりは比較的豊かだ。しかし、遠方の辺境が近づくにつれ、人々は貧しくなっていく。

 そこいらじゅうひっくり返されてぐしゃぐしゃな各街や村。豊かな所なら大した被害にもならなかろうが、貧しい土地では痛恨の損害を受けた所も存在した。


「芋の袋が..... 種芋だったのに」


「さっさと室にしまっておくんだったな。来年は厳しくなるかも.....」


 がっくりと絶望に項垂れる遠方の人々。収穫前の畑も無残に荒らされ、事は死活問題である。

 どれだけ慎ましく生活しても暮らしは楽にならない。税を納めるだけで精一杯な農村だ。魔物の大群が通り抜けた爪痕は深すぎて癒しようがなかった。


 アルカディア中央区域の国々は、ほとんどが似たような境遇である。


 平民、農民に人権はない。要求される税が払えなくば、子供を人買いに売らざるおえず、むしろ、人買いに売るために子沢山な家庭も多かった。

 育てば働き手となり、いよいよとなったら人買いに売って纏まった金子にもなる子供はある意味大切な保険だ。

 これを非道と呼ぶなかれ。これが罷り通る世界を構築した、各国の王侯貴族らが全ての元凶である。


 重い税を課して払えないなら子供や働き手を奴隷として奪う。

 働き手を失わないためには多く産み育てる他なく、それで命を落とす女性も多かった。出産とは命懸けなのだ。

 出産、育児、さらに家事や畑仕事と、当たり前にこなさなくてはならない女衆は、重労働で使い潰される消耗品のようなモノ。

 地球の過去も似たような感じではあったが、アルカディアのそれは輪をかけて酷い。しかし、そういう環境が長く続いてきたため、誰もこの非道に違和感を覚えない。

 なので中央区域の平民の間に情のようなモノは育たず、未だ悪辣な家長制度が蔓延っていた。


「子供らぁを売るしかないな。村で売れそうな子供はいたか?」


「なんとかするしかないよ。なんなら、どこかから拐ってくるか」


 当たり前に交わされる不穏な会話。


 これが中世というあやふやな世界だ。やるかやられるか。自分達を守るためなら犯罪も辞さない。

 倫理観も道徳心も薄く、悪いことでも必要に迫られれば躊躇なく行う。


 現代人であるサファードの建国したフロンティアが、如何に特殊なのかがうかがい知れるというものだ。

 そのフロンティアに感化され、歩みを揃えてきた辺境国も、この数百年で著しく変わった。国として発展し、人道を心得て豊かな国になりつつある。


 彼等は蛮族に近い中央区域とも交流を持ち、礼と言を尽くして人としての道を諭した。

 豊かになる近道は、民を豊かにすることなのだと切実に訴えてきた。


 だがその全ては徒労に終わり、頑迷に変らぬ中央区域を、辺境国の誰もが見捨て始める。


 己の利ばかりを追求して相手を慮れない野蛮な王侯貴族。家畜のように唯々諾々と従い、どんなに苦しくとも耐える民達。

 長年の悪習やしきたりの汚濁に浸かる彼等には、富める者の義務や責務も、尽くす者の権利や主張など全く理解されない。


 はやこれまでと諦めた辺境国の中で、フロンティアのみが未だに足掻いていた。しぶとく諦めず、こんこんと話し合いを何度も行い、ようよう今回の会談にまで辿り着いたのである。


 .....結果は惨憺たる有り様だったが。


 そして、それでやまないのが小人さん。


 彼女は状況を理解した途端、速攻で各地の主に思念を飛ばした。


『王として命ず。中央区域各国を落とせ。国を荒らしても構わない。最速、最短で、今回の馬鹿をやらかした奴等を地獄に突き落としてやれ』


 一斉に立ち上がり、承知と返す各地の主達。


 その知らせは各辺境国にも伝わり、それぞれ守護する国の王と筆談で詳細を詰める。


《王は民の苦しみを善しとなさらぬ御仁。我等は人の理に疎い。どのようにすれば良い?》


 投げ掛けられた疑問に炯眼を細め、辺境国は国際連盟の水鏡を通して相談した。


「金色の王か。本当に生きておられるのだな」


「.....伝説だとばかり思っておりました。まさか、未だに生きておられるとは」


 過去にフロンティアで囁かれた噂。最後の金色の王が永遠を得て神々の序列にならんだとの真しやかな話。

 これが事実だったとは、辺境国の誰も思っていなかった。

 かれこれ数百年も前の話だ。眉唾過ぎて、真実の確認も仕様がない。獰猛な魔物や主の一族が跋扈する樹海最奥。そこへ確認に訪れる物好きもいない。


 複雑な胸中を押し隠し、スーキャラバ国王が口を開いた。


「モノノケ様らが向かうとなれば被害は甚大。どうしたものか」


「人間など一撃で昏倒します。場合によっては魔法も使われるでしょう。.....魔法だけでも禁じてみますか?」


「モノノケ様らが我々の命令を聞くわけあるまいが。相手が下手に抵抗せず、焼け野原を招かぬよう祈る他あるまい」


 実際にモノノケ達が暴れていた時代は遥か昔。彼等が本気を出したらどうなることか。甚大な被害が予想され、沈痛な面持ちで顔を項垂れる国王ら。


 しかしそこに一人の青年が声をあげる。


 それはカストラートの王太子。


「冒険者を随員につけてみたらいかがでしょうか?」


 煌めく銀髪を揺らし、彼は黄昏色の瞳で真っ直ぐ水鏡を見据えた。


「冒険者を?」


 ざわめく人々に頷き、王太子は説明する。


 修羅場慣れした冒険者達なら臨機応変に対処してくれるはずだ。モノノケらは時折人助けをして樹海の常連な冒険者らとも面識がある。

 下手な騎士や兵士よりも意志疎通が容易いだろう。彼等の判断で現場を回してもらえたら、最悪は避けられるかもしれない。


 真摯な眼差しで訴える王太子に同意し、各辺境国は冒険者ギルドで有志を募った。


 結果、各国十名前後なベテラン冒険者が集まってくれ、蜜蜂馬車でモノノケの大群に同伴してくれたのである。


 後は御察しだ。




「うわあ、えげつねぇな」


「これは戦いではないですね。一方的な蹂躙だ」


 なみいる騎士や兵士をぶっ飛ばして進むモノノケ様。運良く弾き飛ばされた者はまだマシで、運悪くその場に倒れた者など、二度蹴倒されて満身創痍。

 邪魔だといわんばかりに蹴り捲られ、散々地面を転がされたあげく群れの中から弾かれる。


 そして目的の王城を暴れまわったモノノケ達は、フロンティアに向かって進軍していった。


 .....その口に各国の王族を咥えて。


 ないわー。無茶が過ぎるだろう。城に攻め込んだうえ、王族拉致とか。


 でもまあ、これでお役御免だ。途中途中の街や村には仲間の冒険者がフォローに残ったし、なんとかなるだろう。


 筆談で、ある程度の計画を擦り合わせたモノノケ達と冒険者は、なるべく纏まって直線で行動し王城へと辿り着いた。被害は最小。これ以上の譲歩はない。


 そう独りごちて、肩の荷を下ろし帰路につこうとした冒険者達は、しばらくして思わぬ事態に見舞われる。


 帰り道の護衛に残されたモノノケ様。群れの五分の一くらいだが、それと共に来た道を戻ってきた彼等は、ある街で声をかけられたのだ。


「ちよっ、少し待てっ!」


 声をかけてきたのはフォローに置いていった冒険者。彼は慌てたような顔で仲間を呼び止める。


「実は.....」


 複雑な面持ちを隠さず、彼は苦虫を噛み潰したような句調で仲間に街で聞いた話を繰り返した。


 それによれば、街は今回の事態で受けた損失を、子供らを売り払うことで埋める予定なのだという。

 ぎょっと顔を強ばらせて振り返った冒険者らは、広場に集められた子供らや妙齢な女性が、質素な馬車に乗せられそうなのを見た。


 はああぁっ? あり得ねぇっ!!


「おいっ! あんたら、何してんだよっ!!」


 がっと馭者らしき男の肩を掴み、険も顕に怒鳴り付ける冒険者。

 それを辛辣に一瞥し、馭者の男は吐き捨てるように呟く。


「仕方ないだろう。税を納められなければ、どうせ奴隷落ちだ。なら子どもを売って糊口を凌ぐしかあるまい」


 なんつー.....っ!


 酷く前時代的で野蛮な行動だ。こんな非道が未だに罷り通っているなんて。


 絶句し、言葉もない冒険者の面々。


 彼等も過去の歴史として、そういった蛮行が行われていたのを知っている。まだ中央区域には根深く残っているという噂も。だが、それが本当だったとは。

 自分達の国からみたら、何百年も前の話だ。今は、奴隷なんていう理不尽な生き物がいても良いなどと、誰も思っていない。国際連盟でも加盟国では禁じられた犯罪だ。


 なのに.....


 冒険者達が口を挟んだため、馬車に乗ろうとしていた子供らの足が止まる。

 だいたいは十歳前後な子供達。中には、まだ洗礼前ではないかと思うような幼子もいた。

 何の疑問も浮かべず、当たり前のような顔を並べる子供らに胸を掻き乱され、冒険者の面々はそっと視線を見合わせ、力強く頷く。


「そんな非道が罷り通ってはダメだっ! 子供が笑えない国なんて捨てちまえっ!!」


 唖然とする街の人々を見渡し、冒険者達は内政干渉上等と覚悟を決めた。


「街の代表と話をしたい」


 ここから、後に長く語られる勇者の話が始まる。

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