第14話 大きな森の小さな竜巻 ~ななつめ~


「やっふぁーい、久し振りーっ!」


 きゃーっと旋回しながら飛び降りた小人さんの正面に駆けてくるのは、身の丈数メートルもあろうかというモノノケ達。

 それぞれ多くの子供らを率いて、どかどか土煙をあげつつ迫ってきた。


 各国の人々は顔面蒼白。地平線を埋め尽くす巨大な生き物達を見て、その瞳を凍らせる。


 だが、一人だけ。


 空に舞い上がる小人さんを見て、金色の王かと問いかけた男性のみは、感嘆の面持ちでモノノケらを凝視していた。

 その肩には小さなリスと、腰に蜜蜂。腕にも蛇がおり、足元にはカエルやウサギ。如何にも軍人らしい出で立ちと風格を持つ彼は、現ジョルジェ伯爵である。彼等の家には未だに家付きと呼ばれるモノノケが存在しているのだ。

 お城妖精にちなんでつけられた呼び方であるが、こういった家付きというモノノケは少なくはない。

 大概が王家所縁。各辺境国の王家には主の子供達が贈られ、それぞれの家付きと親しまれていた。常に代替わりはするものの、小人さんのポチ子さん同様、絶えることなくずっと寄り添ってくれている。

 たいていは国王の傍に一匹。多くてもその近親者らにつく数匹といった感じだが、唯一、ジョルジェ伯爵家にだけ全ての主のモノノケがついていた。

 ゆえに何かしらの事が起きると、そのモノノケらとともにジョルジェ伯爵が出る。彼には王都の森の主がついているからだ。普段は一匹の蜜蜂だけだが、助けが必要とあらば、クイーンの増援が翔てきた。

 だから、今回もその心づもりで戦車に乗った伯爵だったが.....


 着いてみれば大騒ぎの真っ最中。国王陛下とキャン×キャンやらかす幼女に眼を丸くする。


 すでに勝敗もついていたらしく、呆然と見守る人々の視界の中で、幼女は傲慢をも遥かに越えた不敬な言葉を並べ立てていた。


 なぜ、誰も咎めないのだ?


 悔しげに叫ぶチィトゥーセ国王陛下。それに反論しまくる側近達。論争を鎮火させるものかと燃料を注ぎ、ちゃかちゃかと火打石を打ち鳴らす幼女。


 にししっと悪い笑みを浮かべ、馬鹿だ阿呆だリコールだのと不穏な言葉を並べ立てる幼女の音頭で言い争いは終わり、気づけば事は終息していた。

 そしてさらに幼女は恐ろしい言葉を呟く。


 還る国が失くなっている? どういうことだ?


 問いかける暇もなく飛び立った小人さんを眼で追い、ジョルジェ伯爵は引っ掛かっていた疑問を叫んだ。


『貴女様は森の隠者様かっ?!』


 ああ、他におるまい。蜜蜂に掴まって空を翔る御仁など。


 それを肯定するかのような幼女の深い笑み。


 こうして舞い降りた伝説に感無量な人々。しかし、事実とは常に小説よりも奇なりなのだと、彼等はあらためて確信する。




「だからさぁっ! これをどうしろってのさっ!!」


《国を落とせと申されませなんだか?》


《左様、左様。国とはコレでありましょう?》


「.....いや、さすがにコレは。どうする? 隠者様」


「隠者様って? えーっ?」


 モノノケらの正面で頭を抱えるのは小人さん。それを据えた眼差しで見つめ、皮肉げに眼を細めるのは千歳。

 そんな千歳の肩を掴み、必死に揺するのはオーフェン。


 その後ろに立つ各国の重鎮らも、信じられない眼差しでモノノケ達の前に投げられたモノを見ていた。


 そこに無造作に積まれたのは中央区域の王族達。国王を筆頭とした王妃や王太子などである。数にして二十人ほど。連れて来られたらしい彼等は、怯えきって腰を抜かしていた。


「んもーっ、面倒だから勝手に片付けて欲しかったなぁ。ここまで連れてきたら戦争問題になるじゃん。アンタ達が殺っといてくれれば魔物の襲撃で済んだのにぃ」


 ウザそうに吐き捨て、幼女はとんでもない事を言う。


 いや待って? 仮にも国王や王族だよ? 殺っといてって..... なに? この子?!


 ざーっと血の気を下げる人々を余所に、小人さんは頭で算盤を弾く。


 どうしたもんかなぁ。身代金と引き換えるか。でも、そうすっと民が重税に苦しむだけだよね。コイツらに直接的なダメージはない。かといって、コイツら処刑したって別な頭とすげかわるだけだし.....


 うーんと頭を捻らせる小人さんを見下ろし、ウサギのオルガが大きく挙手した。


《はあーいっ! 王の悩みは解決済みよぅ? 農民、貧民、平民はぁ、全て辺境国へ逃がしておきましたぁ♪》


 テヘペロっと小さく舌を出して、タップダンスのように足を踏み鳴らすオルガ様。

 それに頷き、他の主達も、ああ、とばかりに瞠目する。


《申しおくれておったな。左様。王が気にするのは民だと思い、各国の冒険者らに協力してもらって案内しておる。無論、逃げたい者らだけだ。強制はしていない》


 んまぁっと両頬を押さえて満面の笑みな小人さん。


「分かってんじゃーんっ! じゃ、本当に国は落ちたね」


《だあなぁ。残ってんのは王侯貴族や富裕層、あとは軍人らかね》


 カチカチ頤を鳴らしながら、宣う蠍や百足様。


「あっは、良いね良いね。お偉いさんらだけで国が維持出来るのか見物だわ」


 愉しげに笑う幼女と、それにあわせて肩を揺らす主達。微笑ましいを遥かに凌駕する異様な光景。


 周囲の人間は、その会話の内容を小人さんの言葉からしか察せられないが、何かしらの騒動が起きているのだと恐れ戦く。


 は? いったい何がどうなっているんだ? 


「隠者殿..... 相変わらずだな。これらが国王達となると、兵士や民が黙っておらぬのではないか?」


 仕方なさげに眉をひそめ、千歳が小人さんに問いかける。それを耳にして、周りの人々も心の中で盛大に首を振っていた。


「あ~っと。アタシは、中央区域の国々を落としてくれって主らに頼んだんどけどさ。火の海とかにはせず、穏便に王の居城を壊滅しといてくれってね」


 .....どこが穏便?


 落ちた顎が戻らない辺境国の面々。

 完全な宣戦布告&侵略行為。その規模が想像も出来ず、狼狽える皆様方。

 だがアルカディアの国々は隣接しておらず、今回のように大規模な進軍は滅多にない。相手から乗り込んできたのだ。やり返されても文句は言えないだろう。

 フロンティアとしては国是に反するため、苦虫を噛み潰しはするが、相手の自業自得でもある。だから口を挟まない千歳。

 しかし、次の小人さんの台詞には、流石に眼を丸くした。


「国王を筆頭に国政をあずかる連中を仕留めてって頼んだのに。生かして連れてきちゃうとか。ないわー」


 ふうっと嘆息する幼女。


 黙って聞いていた周囲は、その何の気なしな口調に全身を粟立たせる。

 小人さんがはっちゃけていた頃ならいざ知らず、今のアルカディアには国際連盟があり、国際法がある。他国への非道には世界が手を結んで抗うのだ。

 各国で法律が違うため、まだまだ擦り合わせに難儀しているらしいが。

 そんな法規を無視して行われたモノノケ達の襲撃。中央区域の恐怖は如何ばかりなモノだっただろう。


 押し黙った周りの雰囲気を察し、幼女は炯眼をすがめ辛辣に口角を上げた。


「なあにぃ? 先に規則を破ったのは中央区域だよね? 反故にされた規約を、こちらに守る道理はないっしょ?」


 にぃ~っと嗤う千尋に、思わずオーフェンが声を荒らげる。


「フロンティアは他国を侵略しないと宣言しています、このような惨状は、それに反するモノですっ!」


 雁首を並べる中央区域の王族達。青を通り越して真っ白な彼等の顔。モノノケらに無理やり運ばれてきたらしいが、きっと生きた心地がしなかったに違いない。

 こいつらが徒党を組んで攻め込んできたのは確かだが、遣り過ぎだとオーフェンは思った。そんな彼が眩しい小人さん。


 .....若いねぇ。青臭い正義感も悪くないが、現実を直視しないとなぁ。


「ふうん。アンタは自国の民が火炙りにされかかったのに、加害者を憐れに思うんだ? 御優しいこと」


 はっと顔を上げるオーフェン。歯に挟まったようなモノ言いだが、それでもしぶとく反論する。


「それは、許されることではないでしょう。だからこそ公で裁き、正しく罰を与えるべきではないですか?」


「そうだね。で? その罰ってのはなに? 罪を犯しても王侯貴族には酌量がかかるの知ってるよね? 実刑はなくなるかな。あとは賠償? そうなったとして金子がどこから集められるか分かってる? こいつらが現実で苦しむことはない。頭を悩ませはするだろうけど、実際に苦しむのは賠償のために増税される民らだ。それでも、法に委ねろと?」


 法治国家で育った小人さんは、それの使い方を間違った人々を知っている。

 悪法でも法は法と、冤罪にもかかわらず毒杯を飲み干したソクラテス。他にも多くの人々が法の名の元に殉じてきた。

 時の権力者によって、都合良く歪められてきた法律。フロンティアのモノは比較的現代に近い法律なため、国王の強権すら通じないこともある。

 だが他の国のモノは、まだまだ身分に左右されるのだ。そんな曖昧なぬるま湯にぬくぬくと浸からせてやるのは馬鹿だ。

 国際法にしても、未だ未成熟。いくらでものらりくらりと逃げ回れる。それでも、真っ当な戦争であるならば、小人さんは結果を法に委ねただろう。戦線を開く理由が存在し、御互いに国の命運を懸けたモノであったのならば。

 しかし今回の戦争は、戦争ではない。人質を取り、蹂躙するためだけの謀だったのである。

 謀には謀で返すべきだ。


「実際、フロンティアは手を出してないっしょ? 中央区域を襲ったのは森の主らなんだから。何が問題なの? 魔物に襲撃されただけよ?」


 しれっと宣う幼女の憎らしさよ。


 オーフェンや千歳は呆れて言葉もない。そんなのは詭弁だろう。そう思った。


「.....この王族らに、それが通じますかね?」


 未だ、ガタガタと震えるだけの中央区域の王族達。これらを生かして返そうものなら、あとあと面倒なことになるのは目に見えている。闇夜の大陸の奴等同様、凄まじい厭悪憎悪をフロンティアに抱くだろう。


「だから、面倒臭いってんのよ。ほんとに。今からでも良いから、こいつらの喉笛かっ捌いて、それぞれの国に投げ込んできてくんない?」


 死人に口なしである。


 疎ましげな幼女の言葉を耳にして、彼等は、ひっと声にならない悲鳴を上げた。

 全身を恐怖に凍りつかせながらも、辿々しく必死に言葉を紡ぐ。


「わっ、我々はっ、各国の王だっ、身分に準じた待遇を受けられるはずではないかっ?」


 勇者だな。小さく口笛を吹き、千尋は柔和な笑みを浮かべた。

 人好きする優しげな笑み。だが、その口からは切り口の良い辛辣な毒舌が次々と叩き込まれる。


「だからぁ? これも国王なんだけど? 一応」


 これと言って彼女が顎で指し示したのは千歳。これはないだろう、これは。そんな物申す顔のフロンティア国王。しかし口にしようものなら、きっと倍返しが待っている。なので賢明な彼は、不満を口の端にのぼらせなかった。


「身分に準じた待遇ぅ? 国王でも檻に閉じ込めて前線で晒し者にするのが、中央区域の待遇でしょ? で? 要求に応じなければ四肢を刻むんだっけ? .....刻もうか? アンタらも?」


 己の行いは己に返る。


 ひゅっと息を呑み、縮こまる憐れな王族ら。


 それを辛辣に一瞥して、小人さんは、わざとらしくオーフェンを振り返った。


「こういうことよぅ? 非人道的なことを先にコイツらがやらかしたの。同じことを返して何が悪いの?」


 ぐっと言葉に詰まるオーフェン。


「アタシは見たのよ? コイツらの軍が、何の罪もないフロンティア人を馬車に押し込んで火だるまにしたのをね。.....こっちは一思いに処分してやろうってのよ? 十分な慈悲だと思うけど? 何なら四肢を刻んで動けない状況で火だるまにしましょうか? ねぇ? それが道理よねぇ?」


 目には目を。歯には歯を。


 うっそりと笑みを深めて憐れな虜囚を見下ろしている幼女が、得体の知れない化け物に見え、オーフェンのみならず、そこにいた人々全てをおぞけさせる。


 だが言われてみたら、そのとおりだった。


 この愚かな中央区域の者達がやろうとしたことが、元々人非人な行いだったのだ。それに抗い、我々とて切っ先を合わせたのである。

 国を守るため、民を守るため。人として在るべき姿を見せたのだ。

 人として在らざるべきことをやらかした連中に持つべき情などないはずだ。


 しん.....っと静まり返る周りを余所に、小人さんはしばし思案し、ぽんっと手を叩いた。


「主らの話によれば、アンタらの国から民は逃げ出したみたいだし? それなら、遠慮なく身代金もらおうかなぁ? 御飯食べたいなら働きなさいね? 森で預かるにょ♪」


 くふくふと愉しそうに笑う幼女の言葉の意味も分からぬまま、中央区域の王族達は再びモノノケに抱えられ、王都の森に運ばれる。

 顔をひきつらせて泣き叫ぶ彼等を、呆然と見送る辺境国の人々。そんな人々に、千尋は戦後賠償の交渉を御願いしておいた。


「がっつり搾り取ってやるがよろし。身代金と引き換えにアレらを渡すから」


 にぱーっと笑いながら飛んでいこうとする幼女の足を千歳が慌てて掴む。


「いやっ、どういう? 説明しろーっ!! 敬意も礼儀もあったもんじゃない。勝手に考え、勝手に決めて、事は丸投げって、有り得ないだろうっ!!」


 ほぼ泣き言に近い悲鳴のような千歳の声。それに溜め息をつき、小人さんは地面に降りた。


「だからさぁ、各国の民らはそれぞれ近い辺境国に向かったらしいのよ」


 そこから始まる壮大な民族大移動。主達の話によれば、大半の民が冒険者やモノノケの案内で移動していったらしい。

 中世あるあるだが、現代のように国家に誇りを持ち、故郷に依存する人々はあまりいない。むしろ住み良い土地を求めて移住していくのも珍しくはなく、家族、一族、下手をしたら村や街の単位で大移動したりもした。

 国の単位は珍しいが、モノノケという恐怖の対象が共にあれば、荒野や砂漠を渡ろうという気持ちにもなるかもしれない。


「.....ってわけで、身代金や賠償を要求しても苦しむ民はいないさぁ。だから、むしりとれるだけ取ってやれってこと」


 にこにこ笑う幼女と対照的に、がちりと固まる辺境国の面々。


 .....それって?


「だっ、誰かあるっ! すぐに水鏡を用意せよっ! 至急フラウワーズに連絡せねばっ!」


「こっちもだっ! キルファンに早馬を.....っ! 他の辺境国にもっ!」


「伝令っ! 即刻、荒野周辺に偵察を出せっ! 難民らが迷わぬようにっ!!」


 各国、蜂の巣を蹴飛ばしたような有り様で、いきなり降って湧いた問題を知らせるべく連絡に駆け出した。


「うに?」


 きょんと首を傾げる小人さん。


 あざと可愛いソレを忌々しげに一瞥して、千歳は頭をかきむしった。


「アンタさぁっ! .....あーっ、もーっ、ほんっと変わらないなっ! チィヒーロぉっ!!」


 思い立ったが吉日。行き当たりばったり。出たとこ勝負。事が済んだら、後は丸投げ。

 自分の人生を半分以上、彼女と共に過ごしてきた千歳は、規格外な小人さんのアレコレに未だ慣れない。

 こちらにしたら、国家規模で難民が押し寄せるなど一大事である。なのに、この幼女ときたら、然したる問題でもなさげに飄々としていた。

 こんな感じで毎回爆弾を投下される千歳でも、今回のは極めつけだ。


「少しは常識を学べぇぇっ!」


 絶叫する千歳の姿を乾いた笑みで見つめ、どの口が言うかと眼を据わらせるオーフェン達。


「なんとかなるべ?」


「するしかないの間違いだろうっ!」


 叱られて、すんっと鼻を鳴らす小人さん。叱っていても、まるで説得力のない千歳国王。

 茶番劇のような一幕を眺めつつ、周りは苦笑を隠せない。


 事は一段落な様相を見せたが、後日、闇夜の大陸を巡り、新たな問題の持ち上がるフロンティア。


「白い人々が消えた?」


 今回の責任を取らせようと、捕縛を命じていた闇夜の大陸人らが忽然と姿を消す。


 こうして再び世界を巻き込み、小人さんの新たな冒険が始まった。

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