第13話 大きな森の小さな竜巻 ~むっつめ~


「だからさぁっ! 変な暴露しないでくれるっ? 元々は君がした入れ知恵だよねっ?」


「ああっ? 言ったけど、ここまで極端なことするとは思わないじゃないっ! 傷つくくらいなら信じるなってのは、傷つけるくらいなら遠ざけろとは違うんだよっ! 傷つきたくない、傷つけたくない、だから全部背負い込むは無茶が過ぎるでしょーがっ!!」


 キャン×キャンがなりあう金色の眼の二人。同じく射干玉色の髪を振り乱し、喧々囂々の大嵐。

 集まった辺境四ヶ国は、兵士に中央軍の掃討を任せつつ、指令達が雁首を並べて無言で立っていた。

 唖然としている彼等を余所に、同じ色目の二人はヒートアップしていく。


「暗部と私で十分なんだ、今のアルカディアは平和だし、やるとこといえば国内の平定で.....っ」


「それにかかわることを周りに叩き込まないと、王に何かあった時、どうすんのさっ! 今回みたいにっ!! アンタが囚われたせいで、他の国もフロンティアも手が出せなかったんだよ? こういう有事に動ける人材を育てないとダメっしょっ!!」


「今回は.....っ! .....あああっ、もーっ! なんでフロンティアも他の国も私など捨て置かなかったのだっ! 国と、たかが王一人を天秤にかけるなんて、信じられないっ!!」


「信じられないのはお前の思考回路だ、ぼけーっ!!」


 お城妖精の頭を掴み、小人さんはその触手を使って、千歳の頭を殴った。すぱーんっと乾いた良い音が彼の脳天を見舞う。

 檻越しにはたかれ、呆然とする千歳に、彼女はさらにたたみかけた。


「己の不細工を人のせいにすんなっ! アンタがちゃんと報連相を怠らず、有事を想定して部下に指示しておけば全ては防げたんだよっ! 信用出来なくても利用ぐらいしてやれやっ! それほど無価値か、己の周りはっ!!」


 思わぬ言葉の数々が千歳の鼓膜をぶち破る。


「利用なんて、そんな.....」


「利用されたいんだよ、周りはっ! 察してやれっ!」


 呆然としたまま、千歳は周りを見渡した。


 そこに居並ぶ人々を。そして自分の我が儘を諌めようと同伴してきた側近らを。オーフェンなどは、今にも泣き出しそうな顔で千歳を見つめている。


 そうだ、利用でも良い。必要とされたい。何もさせないのは、何も期待されていないのと同じである。そんな惨めなことがあろうか。


 オーフェンらの悲痛な顔を見て、初めて千歳は自分の勘違いに気がついた。気がつかされた。


「アンタさぁ? 賢いんだけど、ドがつく馬鹿だよね? 全部背負い込んで誰が喜ぶの? アンタの自己満足なのに気づかない? 今回のヘマは極めつけだけど、周りの気持ちを考えたことある?」


 どの口が言うかと、天上から突っ込みが入りそうだが、その小人さんだって何年もかけて学んできたのだ。


 人を信じるということを。


 呆れた口調で呟き、千尋は死にそうな顔で項垂れる側近達の檻に近づく。


「勘違いしないでね? こいつの信じないは、親愛の裏返しだから」


 そう。袋トーストの一件から、千歳はよく森を訪れた。王宮では話せない相談や愚痴をこぼすために。


『なぜ悪い奴等が蔓延るのだ。叩いても叩いても湧いて出る。うんざりする』


『まあ、世の中そんなもんだにょ。蔓延る芽を小さいうちに摘めばいいさ』


 幼い王太子の悩みに相槌を打ち、小人さんはあらゆる事を教え込んだ。

 公務や政務、暗部の使い方や冒険者ギルドの利便性。下手な騎士よりも頼りになる冒険者の紹介など。

 小さな王様予定が困らぬよう、小狡い策略や陰湿な炙り出し方など、王族として培ってきたノウハウをアレコレとレクチャーした。

 努力を厭わず、貪欲なまでに学ぶ千歳。それはすぐに実を結び、彼はめきめきと実力をつけていく。


 研鑽を怠らず王位に着き、十八で結婚となった彼は、小人さんを結婚式に招待してある疑問をぶつけた。


『.....妻を守りたい。子供も、友も。どうするべきでしょう?』


 十五で王となった彼にはすでに側室がいて子供もいる。その子供が拐かされ、さらに突き詰めると犯罪を幇助したのは王宮に出仕する貴族の一人だったらしい。

 幼くから親しくしていた文官。その人物が城のメイドを買収して事に及んだ。身代わりの赤子を薬で眠らせて持ち込んだのもそいつらしい。


『十年らいの付き合いでした。私は彼を信用していた。だから後宮の管理を任せていたのに.....っ』


『裏切られた?』


 こくりと頷く若き王。


『花嫁はフラウワーズの姫君です。.....政略結婚の彼女を私は信じても良いのか。私や彼女の周りにいるのも幼くから親しくしていた者ばかりですが。.....私には判断がつかないのです』


『.....分かるよ。信じるのは怖いよね』


 似たような経緯を持ち、似たような猜疑心を長く胸の奥に抱いていた千尋には、彼の葛藤がよく理解出来る。

 だから、そのアドバイスも刹那的なものだった。


『信じなきゃ良いのさ。そういうものだと思っていれば傷つかずに済む。ああ、やっぱりねと切り捨てられる。常に距離を取り、相手を客観的に見る癖をつけるといい』


 にやっと人の悪い笑みを浮かべ、小人さんは若い王に毒を注いだ。いずれ誰かがこの毒を消してくれるだろうと。


 昔の自分みたいに。


 だが、ここで千尋も間違えたのだ。


 その当時、彼女の身体は三歳だったが中身は四十路。学ぶためにかけた年月を計算していなかった。

 現代人で斜めった思考の千尋ですら、その意識を変え、割りきるのに何十年もかかったのである。

 生まれて十数年。しかも心に大きな傷を負ったばかりな千歳が辛辣なアドバイスに歪み、道を踏み外すのは容易かった。


 周りを信じるな。彼は、この一点のみを実践した。

 そして、唯一信用出来る暗部だけを部下にし、今に至る。暗部は裏切らない。裏切れない。神々の盟約によって彼等は王家に忠誠を誓っているから。

 小人さんに紹介された冒険者らも信じられる。その担保は幼女。幼女が信じる者なら信じるに足ると彼は判断した。


 .....つまり、突き詰めれば、全ての根元は千尋なのだが、二人は気づいていない。


 そんな事も知らずに、千尋は話を続けていた。


「こいつは阿呆なんよ。思考が真逆でさあ。裏切られたくないから信じないの。信じていないことでアンタらを傷つけたくないから、事に同伴させないの。馬鹿でしょう?」


 くすくす笑いながら暴露する小人さん。それに狼狽え、千歳は真っ赤な顔で眼を剥いた。


「悪かったですねっ! 私の心が平穏であるのに必要だったんですよっ! いけませんかっ? 貴女が教えたことでしょうがっ!!」


「騎士団だって神々に盟約してんじゃん。少しは信じてやりなよ」


「騎士団の盟約は神々にでしょう? 王家にではないっ! いざとなれば私の首を刎ねる者らを、どう信じろとっ?」


 再びキャン×キャンやり出した二人を呆れたかのように見つめ、オーフェンは檻を掴む指に力を込めた。


 はあ? 裏切られるのが怖いから信じない? それで私達が傷つくのが嫌だから行動を共にさせない? なんだよ、それ。


 千歳の周りに張られた一線。その正体を知り、オーフェンは頭が沸騰する。

 理由が分からないわけではない。王女殿下の一件や、その犯人には彼等も驚愕を禁じ得なかった。

 だが、そのような痴れ者と同格に置かれていたことが許せない。勝手な感傷であることは百も承知だったが、騎士として、人としての矜持を踏みにじられた気分である。

 あまりの怒りに、彼は目の前が真っ赤に染まった。


「.....ざけんな」


 地を穿つかのように低い声音。


 思わず背筋を駆けのぼる凄まじい殺気に、二対の双眸が金色の瞳をオーフェンに向けた。


「ふざけんなよ? なんだ、それ。裏切ることを前提に? なあ? 俺がお前を裏切ると本気で思ってんのか? チィトゥーセ」


 沸々と沸き上がる怒りに圧され、大きく戦慄くオーフェンの指をティターナが押さえた。


「気持ちは分かるよ。でも落ち着け。アレは、まだ国王だ」


 口調は丁寧だが、その内容に問題ありなティターナ。


 まだ? 何を言っている?


 不審な眼をすがめる千歳が口を開くよりも早く、小人さんが大笑いをする。腹の底から愉快だといわんばかりな幼女様。


「あっはっはっ、だよねぇ? こんな王様要らないよねぇ?」


 はっ? と怪訝そうに眼を見開く千歳。それに、にんまりと悪びれた笑みを返し、千尋は己の首もとで、くっと親指を走らせる。上がった口角が、これでもかと皮肉を伝えていた。


「リコールだにょん。フロンティアは、王制であれど民主主義。瑕疵が酷ければ現国王の退位を国民が求められる国だもの。忘れたの?」


 あっ、と間の抜けた顔をする千歳。


 今までのツケも押し寄せるだろう。その内情がどうあれ、民に被害を与えたことは許されない。元老院の老いぼれどもが嬉々として追い落としてくることも想像に難くない。

 千歳の引いた一線は、臣下と信頼を育てることを阻んだ。彼を擁護する者はいないだろう。


 なんと見事な因果応報か。


 現状を理解して、顔面蒼白な千歳。


 だけど、たぶんそうはならないことも小人さんは知っている。


「馬鹿なんだよねぇ、ほんと。裏切られたって良いじゃないの。それごと受け止めてやりなよ。王様なんだからさ。何をされても許せる相手は信じても良いのよ?」


 にっこり微笑む幼女。


 その屈託のない笑みに圧され、千歳は無意識に呟いた。


「.....ごめん、オーフェン。ティターナも。私が狭量であったよ。うん。そなたらなら裏切られても許せると思う」


 心からの言葉。千歳にとっては万感の想いが込められた最上の信頼を表す言葉だったが、それを耳にした二人は物凄い剣幕で吠えた。逆鱗をも震わす勢いで。


「だからそれが、ふざていると言うんだよっ! 俺が裏切る? 悪い冗談だっ! 見限るならあるかもなぁっ! それでも離れてやらねぇけどよっ!!」


「同感ですね。これからも一生付きまとってやります。生涯かけて、貴方を裏切ることなどないと証明してみせますよ」


「.....出遅れた」


 幼馴染みな二人よりも若いダニエルは怒涛の展開についてゆけず、ただぼんやりと成り行きを見守っていた。そのため、ようやく今になって我を取り戻したらしく、私もっ! 私もですっ! と、オーフェン達の尻馬に乗っている。


「良い仲間じゃないのよ。受け止めてやりな。きっと、隠れ親派も沢山いるにょん。線を引けと言ったのはアタシだけど、引かれた線を越えさせるのはアンタだよ」


 にんまり笑う幼女を惚けたように見つめ、千歳は己の最奥に燻る恐怖心を自覚する。


 そうか。臆病者は自分なのだ。森の隠者様のアドバイスだと己を騙し、信じない免罪符にしていた。

 暗部と自分で事足りたため、周りを遠ざけてしまった。それが彼等にどのような気持ちを与えるかも考えずに。

 守りたい者が増えて、どうしようもなく不安になった。守るために奔走し、それを気づかれたくなかった。

 悪事の芽を小さいうちに摘んでしまえば、彼等が危ない目に合うことはない。全てが公になる前に葬ってしまおうと、一人で走ってきた。


 .....ただの自己満足だった。


 こんな窮地に陥ってから自覚するなど、お笑い草である。民に拭えぬ傷を負わせ、辺境国の手を煩わせ、あわやフロンティアが戦場になりかねない危機にまで発展した。


「.....たしかに。私のような愚か者に王は務まらぬな。リコールか。それも悪くない」


 溜め息を吐くかのように一人ごちた千歳を見て、周囲から凄まじい眼光が向けられる。


「馬鹿を申されますなっ! 我々が何のために挙兵したかっ!」


「その通り。今回は失敗しましたが、貴殿の不屈の闘志には感服しております。我が国は諦めましたからな。中央区域との外交を」


 力強く発言するキルファンとライガーン。


「まあ大事にはなりましたが、全てはこちらを謀ろうとした中央区域の悪手。貴殿に責はなかろう。人間、期待はするものだ。当たり外れは時の運だ」


「.....奔放が過ぎるとは思います。しかし、貴方を国王失格とは思っておりません。もう少し、こちらに話を通して欲しいとは考えますが」


 続くのはフラウワーズとフロンティア騎士団。愚痴にも近い騎士団長の言葉で、周囲が小さな笑いを漏らす。

 なんのかんのと千歳の努力を彼等は見てきている。その方向性が歪なのだと思っても、呆れず諦めずついてきたのだ。彼をリコールしようなどと思うわけがない。

 だからこそ千尋は煽りにリコールという言葉を使えたのだ。もし本当に彼等が千歳を見限っていたのなら、嘘でも使えない言葉である。


「アンタは考え過ぎなのさぁ。裏切られても良いように準備を怠らなければいいだけっしょ? 政なんて汚いモンよ。騙し騙され、それでも利を得られるよう、もっと狡猾になりな」


 それは勧めて良いことなのか?


 ぽんぽんと千歳の頭を撫でる小人さんに、じっとりと眼を据わらせる周囲の人々。

 そんなこんなで話が終わったころ、各軍の兵士達が戻ってきた。


「あらかた掃討は完了です。幾らか逃亡した敵もおりますが、この広い荒野を渡れるとは思えません」


 だろうな。


 兵士達の報告に耳を傾けながら、小人さんの口から不穏な言葉がまろびた。


「逃亡したところで、帰る場所も無いかもだしね」


 ぎょっと顔を強ばらせる人々。


 檻から出てきた千歳を押し退け、剣呑な顔のオーフェンが小人さんの前に立つ。


「どういう意味だ?」


 慇懃無礼な態度の若者を見上げ、幼女は、にっと快活に笑った。


「そりゃあ報復したに決まっているじゃない。仮にも金色を持つ人間だよ? アタシ。好意は二倍、悪意は百倍返しが当たり前だよね?」


 いや、どこの戦闘民族の信条だ、それ。百倍返し? この闘いの? 


 眼は口ほどに物を言う。


 其々の瞳に浮かぶ疑心を一瞥し、小人さんはポチ子さんに掴まって大空へと舞い上がった。

 そこから見える地平線には、もうもうと上がる土煙。

 しだいに近寄ってくるそれらは、各地のモノノケ達である。

 思念で繋がる小人さんは、各辺境の森と、その近くの国々に通達した。


 隣接する中央区域の国を落とせと。


 モノノケ隊が協力するのだ。事は赤子の手を捻るようなもの。

 中央区域を陥落させたモノノケ達は、本番の祭りに参加するためフロンティアへとやってくる。


「目にモノ見せてやらないとね。元凶に」


 戦の形を借りた盛大な茶番劇の前哨戦。それに勝利した辺境国の面々は、モノノケを従えて翔ぶ幼女を、あんぐりと見上げていた。


 .....まさか?


 いや、あれは.....


 本当に居たのか。


 ごくりと固唾を呑む人々のなかで、ひときわ大きな男性が絶叫するような声で小人さんに疑問を投げ掛けた。


「貴女様は森の隠者様かっ?!」


 最後の金色の王と呼ばれるチィヒーロ・ラ・ジョルジェ。彼の御方は黒髪金眼の美少女だったという。

 洗礼を受けたか受けないかの年齢の微妙な幼女は、男性の叫びに応えるよう優美な笑みを浮かべた。


 大輪の薔薇にも勝る深い笑み。


 伝説の降臨を目の当たりにし、誰もが喉を震わせた。脳筋そうなオーフェンすらである。


 そうして疑惑を確信に変え、千尋はやってくるモノノケらにも笑みを深めた。


 いつでもどこでも絨毯爆撃をかましつつ、今日も小人さんは元気です♪

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