第12話 大きな森の小さな竜巻 ~いつつめ~
『.....で?』
ちっと大きく舌打ちし、千尋は双神を挟んでテーブルに座る。如何にも嫌そうにすがめられた眼と口角。
それを見て、アビスが心底呆れ気味に眼を細めた。
《仮にも創世神の前でなんたる態度か》
《チィヒーロ? あなたは我々の御先でしょう? 稀代の淑女とも呼ばれた女性なのに.....》
『うぜぇっ! あんたらに払う敬意は持ち合わせてないにょっ! 面倒事ばっか持ち込みやがって! さっさと洗いざらい吐けっ!!』
短い両手を組み、がーっと吠える幼女にオロオロし、二人は創世記まで記憶を遡らせた。
当時はまだ何も定まらない混沌期。ソレイユの働きによって、ようよう海に微生物らが生まれた頃。
僅かばかりな緑しかなかったアルカディア大陸に、双神はヘイズレープから譲られた命の種を蒔いた。
その芽吹いた種から生まれたのは小さなトカゲ。生まれたばかりのトカゲはヨタヨタ歩き、乾いた大地でひっそりと暮らす。
『小さな小さな生き物だった』
『風に飛ばされるわ、雨粒で溺れるわ。.....愛しい子であったよ』
懐かしそうに微笑む二人。熊を抱くカオスの腕に、ほんのりとこもる力。
『.....だがなぁ。アレは種だったのだ。あらゆる生き物の苗床となるな』
続けられた二人の話によれば、その生き物は大きくなり、沢山の卵を産んだのだという。
その卵からは、さらに多くの生き物が生まれた。種族無差別で。
ある時は鳥が。ある時はウサギが。卵ひとつにつき数匹ずつ。然したる年月もかけずに、アルカディアの大地は賑やかな生の息吹に満たされた。
卵からウサギやヤギか。まるで神話みたいだね。
八百万の神々の祖が親神様の身体から生み出されたという日本神話を読んだ身とすれば、卵から生まれる方が、まだ利にかなっている気がする。
そんな他愛もないことを考えつつ、二人の話に耳を傾ける小人さん。
種は役割を全うし、大きくなった身体は大地に還る。.....はずだったのだが、ここでイレギュラーが起きる。
長い年月の中、ようやく生まれた人類を守ろうと二人はアルカディア大陸に金色の魔力を注いでしまった。
ヘイズレープ育ちな種は魔力を知らない。そのように作られてはいない。これはカオス達はもちろん、レギオンですら予想もしないことだったのだ。
ただでさえ魔力に順応出来ないところに、創世の魔力が襲ったのだ。種は他の魔物同様、突然変異をしてしまった。
『それが悪食か』
こくりと頷く双神。
『ただ与えるだけだった種です。生み、増やし、あらゆる生き物をアルカディアに与えてきた種は、その反動か、あらゆるモノを奪う魔物に変貌してしまいました』
全てを喰らい、舐めるように這い回る悪食。どうしたら良いのかも分からぬ双神だったが、世界の再生に貢献してくれた生き物を滅するのも偲びなく、アルカディア大陸の真裏に位置する闇夜の大陸へ移動させたのだという。
『何もない大陸です。悪食が喰らえるのは生あるモノのみ。それらの一切ない場所に移動させたためか、彼は深い眠りにつきました』
『その眠りを妨げられぬよう、我々も結界を張り、彼を守っていたのです』
しゅんと項垂れる二人。
つまりはアレか。件の悪食とやらは、金色の魔力によって主らと同じような力を得てしまったわけか。
しかも元々が命を生み出す能力を持った生き物だ。何もない空間でも死ぬことはなく、眠ることで消費エネルギーを最小限にし、己を防衛しているのだろう。
魔力も糧になるのだ。空気だって雨水だって彼の糧となろう。多分だが、眠った状態ならば悪食は永遠に生きていられるに違いない。
『話は分かったよ。でもなんで、その悪食が今回の件にかかわってんの?』
お城妖精は言った。中央軍の連中に魔法が通じないのはイーターと呼ばれる悪食の一部だからだと。
『一部って何さ? どうかかわってんの?』
不貞腐れた顔で御茶をすする小人さんを一瞥し、カオスとアビスは小さく頷きあった。
『最近の技術発展により、人間達は海を渡るようになりましたよね?』
『その一隻が闇夜の大陸を見つけてしまったのだよ』
『は?』
思わぬ話に千尋は眼を見張る。
二人の説明によると、小人さんが金色の王としてはっちゃけていた頃。
多くの争いが至るところで勃発した。殆どが小さないさかいのようなモノだが、復活した魔法の後押しもあり、一族同士の命運を分けるようなモノもあったという。
そんな戦いで破れた人々が、新天地を求めて大海原に飛び出した。
どこか小さな島でも見つけて、ひっそり暮らそうと。そんな他愛もない気持ちだったようだ。
だが食料にも乏しく、金色の環から不用意に出てしまった彼等は魔力が枯渇する。魔法で船を動かしていたため、彼等は見も知らぬ海域を漂流する羽目になった。
照りつける太陽の渇き。みるみる衰弱していく船は、遠くに見える暗闇に焦がれ、残されていた力を振り絞って闇夜の大陸付近へと船を漕いだ。
あそこなら無慈悲な日射しから逃れられると。半ば放心状態だったが、彼は闇夜の大陸まで辿り着く。
双神の結界は悪しきモノを拒む。生きたいと切実に願う心を阻むモノではなかった。
そのため、漂流者たちは問題なく結界を抜け闇夜の大陸への足を踏み入れる。
そして彼等は上陸した大地に悪食を見つけたのだ。
一億年近くもの時間に削られ、小山ほども大きかった悪食の身体は、元の小さなトカゲに戻っていた。
それでも金色の魔力で変異した彼の身体は光り輝き、上陸した人々の眼を射る。
淡く輝く一筋の光明。アルカディア大陸で酷く打ちのめされ、長い船旅の漂流でボロボロだった人々は、その神々しさに魅入られた。
そして間の悪いことに、多くの人間の生命エネルギーを感じた悪食が眼を醒ます。
長く眠っていたせいか、悪食は突然変異による暴走から解かれ、彼の意識は元の種に戻っていた。
ならば、することは一択。
悪食は淡い光を放ち、自分の周りに種を芽吹かせる。
ヨタヨタと歩き回って、ここと思う処に泉も湧かせた。悪食は金色の魔力を浴びて主化したのだ。造作もない。
上陸した人々は、暗闇に光る生き物を驚愕の面持ちで見つめていた。
『神だ.....』
ゆるゆると拡がる緑の大地。湧き出た泉から伸びる小さな小川。
うちひしがれ絶望に陥っていた漂流者達は、悪食の造った新天地に住み着いた。
似たような境遇の人々を海で拾い集め、彼等は国を造る。
悪食を神と崇める国を。
『それが例の白い人間達か』
《そうです。彼等は闇夜の大陸で新たな進化を遂げた人間達。長い闇夜暮しで色素を失い、かつてのキルファンのように魔力に頼らぬ文明を独自に築きあげてきました》
《悪食も進化したようなものだ。前は生み出すだけだったが、突然変異して奪うことも覚えた。つまり、与えもし奪いもする。あとは人間達の解釈だな。悪食を見てきて、彼等は独自の解釈で宗教を作った。それが悪魔理論だ》
闇夜の大陸は金色の環に含まれていない。当然、魔力も魔法もない。悪食は主化してもいても森を持たない。神々の造りたもうた森を得て、初めて主は主たる力を発揮出来る。
そして、初代の漂流者達はアルカディア大陸で破れた落ち武者だ。悪意満載な教えを後の子弟に伝えたことだろう。そう、まるで邪神のごとく忌み嫌うような教えを。
はあっ、と大仰に溜め息を吐き、小人さんは天を仰いだ。
『なんとまあ.....』
《敗者にも逃げ道は必要だろうと黙認したが。このようなことになろうとは》
《悪食の暴走は止まったし、アレも闇夜の大陸で静かに暮らしておったから。まさか、人間らが暴走を始めるとは思わなんだのだよ》
元々アルカディア大陸で暮らしていた人間達の末裔なのだ。魔力や魔法を知らないため、その文化の発達には目覚ましいモノがあったらしい。
さらには生み出す生き物である悪食がついている。家畜や労力となる動物にも困らず、人工灯による豊かな楽園を築きあげた。
だが、伝え教え込まれたアルカディア大陸に対する怨念は消えず、その言い伝えとなった転換期に暴れまくっていたフロンティアは、悪の代名詞になっているとか。
魔力や魔法が復活しなければ、こんな憂き目に合うことはなかったと。あの国が頭角を現さねば。あの王が人々を唆さねば.....っ!!
権力者同士の醜い争いで負けただけのくせに被害者面して、悪いことは全て誰かのせいと、責任転嫁に勤しむあさましさ。
あ~、なんか懐かしいわぁ~。なんで善からぬ奴等って、こうも判を捺したかのように似たような行動取るかねぇ~。
乾いた笑みを浮かべ、ぐったりと言葉もない幼女。
しかし、事は国家規模だ。
これが個人のいさかいならば小人さんも口出しはしないが、さすがに看過は出来ない。
『よっしっ! 馬鹿野郎様どもの横っ面張りにいくか。邪魔したね、カオス、アビス』
すちゃっと敬礼して、千尋は駆けてきた道を戻っていく。
それを生温い眼差しで見送り、カオスとアビスはしたり顔。
《.....忘れたな》
《だな》
によによと口角を緩める二人の後ろにはアドリス。
『相変わらずの猪で助かるわ』
《今しばらく時を稼げよう。あれらも順調に育っておる。こういうのをサプライズというのであったかな?》
《善き、善き》
珍しく悪巧み顔な三人を、猪突猛進な小人さんは知らない。
「....と、言うわけでぇ。やるぞ、千歳っ!」
いきなり現れた幼女に面食らい、千歳の側近達が口々に声をあげる。
「ちょっ! 何者だっ! いや、子供? えっ?」
「こんな戦場に子供?」
「.....陛下と顔見知りなようですよ? でも見覚えもあるような?」
がしゃがしゃと檻を揺するオーフェンを余所に、千歳は仏頂面。
「なんで来たんですか。てっきりジョルジェ伯爵が来るものかと.....」
「不貞腐れてる場合かにょん? あんたがとっ捕まってからフロンティアはえらいことなってんのに」
じっとりと眼を据わらせて、小人さんはかいつまんで説明する。
「人々を焼き殺そうと? まさかっ?!」
顔面蒼白で眼を凍らせる千歳に、小人さんは辛辣な眼差しを向けた。
「世にまさかはない。なんだって有り得るし、最悪は現実となる。薄ぼんやりしてる場合じゃないんだよっ! みんな、あんたが招いた種だ、周りを信用しない、あんたがねっ!!」
幼女に恫喝され、千歳は己の手を固く握りしめた。
周りを信用していないのだとの甲高い声を聞き、背後の檻にいたオーフェンが、絶望的な顔をする。
.....分かっていたさ。幼馴染みで気心もしれた友人だと思っているのは自分だけなんだって。
言いたい放題させつつも一定のボーダーラインを周りに敷き詰める千歳。親しい者ならば誰もが気づいていた。
身分を考えれば仕方がない。あらゆる公務や政務をこなしているのだ。警戒するのは良いことだ。そういった欺瞞で己を慰めていた。
だがここにきて容赦のない子供の一括。
それに含まれるダメージが周りにも流れ弾を当てているのだとは、彼女も気づいていないのだろう。オーフェンは、そう思った。
しかし小人さんは知っている。知っていてわざと聞かせているのだ。
そして彼女の行動は常に斜め上半捻りする。
「正確には信用してないじゃなく、危険なことはさせたくないだよね? 過保護すぎなんだよ、あんたはっ!!」
「「へ?」」
オーフェンの間抜けな呟きに、ティターナの異口同音が重なった。
はっと顔を見合わせる二人。慌ててティターナは気まずげに視線を逸らした。
そんな二人を余所に小人さんの話は続く。
「王は民を守り、尽くす者だ。でも臣下は、そんな王を守り、支える者だ、臣下は民じゃないっ! 国ごと臣下まで守るなっ! 国王一人で国は守れないにょっ!! 傲るなっ!!」
彼女の罵詈雑言を黙って聞く千歳。その顔は見えないが、耳の先をほんのりと染める朱を後ろの檻にいた側近達は見逃さなかった。
「守るって..... 私どもを? は?」
「なぜにそのような? 本末転倒でございましょう?」
「そのとおり。本末転倒大車輪もいい処だ。アンタみたいな奴をアタシは知ってるよ? そいつも今のアンタのように、部下へ責任を問わせぬよう、有り得ない程の仕事をやってたわ。だけどね.....」
千尋は、一瞬だけ脳裡に愛しい旦那様を思い浮かべた。そして、あの時同様、目の前の千歳を怒鳴り付ける。
「なんのために部下がいるのさっ! 使って育てなきゃ、いつまでたっても半人前でしょーがっ!! アンタに彼等が成長するチャンスを奪う権利はないよっ!! 籠と情を履き違えるなっ!!」
幼女の咆哮に周囲が眼を見張る。
突然現れた子供に面食らいつつも、捕縛しようと兵士は動いたが、お城妖精に邪魔され近づけない中央軍の兵士達。彼等の袖に付けられたボタンを、お城妖精達は片っ端から弾き飛ばしていた。
そのボタンが今回の元凶。悪食の身体から落ちた鱗を砕いて混ぜ、作られたミルクボタン。これが魔法の魔力を奪い、無効化させていたのだ。
誰も気づかなかったソレに、お城妖精は気づいた。
お城妖精は妖精であって精霊ではない。このアルカディアという大地の生み出した、唯一の妖精なのだ。
家に蓄積された想いが生み出し、想いを糧とし、想いを抱いて消え失せる。そしてその想いを継承し、新たなお城妖精が誕生するのだ。
メルダとは別の意味で世界を語り継ぐモノ。その真価は、全てを継承することにある。
経験、知識、技術。蓄積されてかきたそれら全てを継承し、生まれてくる。
だから知っていた。悪食の存在を。闇夜の大陸にもお城妖精はいた。全ては繋がり一つの意識を持つ。それがお城妖精の特色である。
そしてお城妖精は魔力を必要としない。妖精が妖精であり、精霊と混同されない所以だ。
『うざイノデス。我ラハ主ニ従ウ物。さーしゃ様ノ主デアル王ニ徒ナスナラバ叩クノデス』
過去にお城妖精の主となったサーシャ。彼女以降、お城妖精の主と認められた者はおらず、今ではフロンティア王宮を根城としていた。
各地で生まれたお城妖精達も、一時はそこの家に交り、ちょこちょこ御手伝いしたりもするが、最終的にフロンティア王宮へと移動する。
仕える価値のある主を見つけられなかったからだ。
本来なら家が壊されたら消え失せるお城妖精だが、主の森と同様に居場所を移すことは可能。
結果、あちらこちらから妖精が集まり、今ではフロンティア王宮には数千ものお城妖精が巣くっている。
だから、お城妖精ならば千歳らを守ることが可能なのだ。魔力に左右されず、賢く、意思伝達が可能な生き物。
しかも見かけ同様、スライムと同じ特性を持っていて、何処へでも潜り込めるし、器用な触手で悪戯も出来る。まさに万能な生き物だった。
ある意味、最強である。
そんな小さな護衛に守られ、千歳は恨みがましく小人さんを見上げていた。
「放っておいてくださいませんか? 私が何をどうしようと私の勝手です」
「はあん? それで民が火だるまになったんだけど? アンタが死のうが生きようがアンタの勝手だ。だったらそれに民を道連れすんなっ!!」
ぐうの音も出ず、再び千歳は黙り込む。
そうこうしているうちに、破竹の勢いだった四ヶ国が中央軍を蹴散らして千歳の元にやってきた。
彼等は予想外の展開に狼狽える。
目の前には数多の魔物と二つの檻。さらには仁王立ちする幼女と項垂れる国王。
いったい何が起こっている?
たらりと冷や汗を頬に伝わせ、各軍先頭は固まった。
《うん、なんとかなりそうだ》
《アレに任せておけば、大概のことはなんとかなるな》
『大概は、アンタらだよ、まったく』
双神とともに妹分の行動をハラハラ見守るアドリス。
天上から覗き見されているとも知らず、己の道を突き進む幼女。
今日も彼女の元気は止まらない♪
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