第11話 大きな森の小さな竜巻 ~よっつめ~


「動いてもよろしいか?」


 隆々たる体躯の大男は、邸前で立ち尽くす騎士達をギロリと睨めつけた。

 逆立つ艶やかな黒髪に、それと繋がる立派な顎髭。

 固めで爆発寸前の癖っ毛を後ろで一つ結わきにし、彼はこきっと首を鳴らして邸から出てくる。

 この大男の名前はエルゴ・ラ・ジョルジェ。ジョルジェ伯爵家の現当主だ。

 エルゴはフルプレートで完全武踏装束。両肩にモノノケと呼ばれる生き物を乗せ、にっと薄く笑い指先でそれらを撫でた。


「陛下らの護衛は任せるぞ。クイーンにお越しいただけると助かるのだが.....」


 飛び立つ蜜蜂を見送り、つと空を見上げて、彼は物憂げに眉をひそめた。

 森の主と言われる魔物は滅多に森から出てこない。モノノケらの王たる巨大な魔物。

 かつては我がジョルジェ家に生まれた金色の王に仕え、世界の変革にも助力したと言われる、知性ある尊き魔物。


「チィヒーロ様、我等に御加護を.....」


 そうボソリと呟き、彼は戦車に乗り込んだ。


 だが、意気揚々と出陣したエルゴを待つのは戦場ではなく、見る人が見れば、昔懐かしい茶番である。




「なんだ? これは?」


 フロンティアから追い出された中央軍を待ち受けていたのはキルファンやライガーンの精鋭部隊。

 水鏡による報連相で、彼等はフロンティア騎士団の通達を耳にし、今や遅しと中央軍一行を待ちわびる。


 そして起きる激しい戦い。


「おらあっ! よくも散々、好き勝手ししてくれたなぁっ!」


 獰猛に眼を剥き、爛々と狂暴な瞳を輝かせるは、あらゆる動物らの特性を保持した生き物、ライガーン人。

 中央軍にフロンティア国王を人質にされ、血反吐を呑み込みつつ、敵の行軍を黙って見ているしかなかった彼等は、フロンティア騎士団からの報告に色めきたった。


「反撃可だっ! 金色の末裔が動いているらしいっ!」


「モノノケ様らかっ! ああ、感謝いたしますっ! 創世神様っ!!」


 元神々の序列であった森の主達。数百年前の変換期に、一度はその地位を剥奪されたものの、見事返り咲き、新たな序列に加えられた。

 アルカディアにはそういう伝説が残されている。事実、その力の行使も許されており、それを動かすことが出来る一族を金色の末裔と人々は呼んでいた。


 金色の王チィヒーロの血族、ジョルジェ伯爵家だ。


 モノノケらが動くのであらば、やれないことは何もない。大規模に彼等が動くのは幾世紀ぶり。

 ざんっと立ち並ぶライガーン軍とキルファン軍。前衛を獣人らに任せ、オタ活をさせたら沼ると定評の日本人改めキルファン人の魔術師が後衛を担う。


 まさに両極な軍勢に囲まれ、中央軍はあからさまに狼狽えた。


 ただでさえ地理的に不利な中央軍。一撃離脱で敵を翻弄し、超人的な身体能力を惜しげもなく披露する獣人らに加え、想像力と集中力にずば抜けたキルファン人の魔術師らが相手なのだ。とても勝ち目はない。

 しかもとどめとまでに、鉄壁の軍隊で名高いフラウワーズまで参戦してきたのだから手に負えない。


「会談警護をしていたにもかかわらず、フロンティア国王を捕らえられたのは、こちらの失態。名誉挽回に眼にものを見せてくれようぞっ!!」


 ぐつぐつと煮え滾る溶岩のごとき咆哮。技術の国と呼ばれ軍事技術には一廉の誇りを持つ御国柄ゆえに今回の失敗は痛恨の深手だったのだろう。

 フロンティア騎士団の伝達が周り、待機していた各辺境国の何処よりも速くフラウワーズは先陣を突っ切っていく。一糸乱れぬ軍馬の突進は見事の一言に尽きた。

 うおおおおっっ!! と、各軍の雄叫びが交差する戦場を見下ろしつつ、小人さんは千歳を探した。


 派手にやらかしてんなぁ。まあ、こちらには治癒師もいるし、腕の一本や二本、失くしても痛手ないしな。


 そう。中央軍と辺境軍では、戰の基準が根本的に違うのである。

 死んでさえいなければ何とかしてしまう辺境国相手に、ガチバトルは分が悪すぎた。千尋の前世でいうなら、ゲームのゾンビ戦法。それがリアルで使えてしまうのだから。

 リアルである分、リスキルなどの不安もないため、ガチ万能。しかも辺境軍は災害訓練などを懇意な国同士合同でやることも多く、要救助者を戦場から離脱させるのも非常にスムーズ。

 程好く連携も取れているので質が悪い。


 倒す端から復活してくる兵士達に怯えた眼をする中央軍。あちらは山のごとく負傷兵を抱えて阿鼻叫喚の嵐。

 怒涛を通り越して殺意の塊な四ヶ国に叩きのめされ、中央軍は顔面蒼白の涙顔で逃げ回っていた。


「なんなんだ? なんなんだよ、こいつらあぁぁーっ!」


「ひいぃぃっ! 死ぬ、死んじまうようぅぅっ!!」


 戦場に立つのだ。負傷は当たり前。伊達に死線と呼ばれているわけではないのに、なんたるていたらく。戦争を仕掛けてきたくせに、その覚悟もなかったのだろうか。


 無様過ぎる中央軍の愚か者どもに嘆息しか出てこない小人さん。

 顔面をひきつらせ叫ぶ誰がしかに、脳内でだけ御愁傷様と呟き、小人さんは千歳の檻を探す。そして、中央軍左翼にその檻を見つけた。

 件の檻の周囲には数多なモノノケ達が蠢いている。中でも最たるモノは、お城妖精と呼ばれるスライムモドキ様。


『頼マレタ。王ノ縁者ダ。寄ルナ、慮外者ガ』


 檻の四隅や天井に張り付いて、その触手をテシテシと振り回すお城妖精。


 実は彼等が千歳奪還の要である。


 戦場や周りを見た限り、相手に展開する魔力は霧散していた。どういう理屈か分からないが、中央軍の兵士に触れると、構築された魔力が溶けるように消える。

 まるで結界でもあるみたいだ。魔力を溶かす結界が。


 しばし前の王宮周辺の争いを見て、それに気づいた小人さん。


 どうしたものかと思案する幼女の隣に、いつの間にか見慣れたスライムモドキがいた。


「話には聞いていたけど、なんなんだろね、あれ」


『あれハ、イータ。喰ラウ者ノ一部』


「ほに?」


 思わぬお城妖精の言葉に首を傾げ、小人さんはスライムモドキを頭に乗せて、一旦森へと帰還する。

 思念で繋がる森の主らへは連絡済みだ。一番近い西の森からでも蜜蜂飛行で一刻はかかるだろう。

 その間にメルダらと相談せねばと、千尋はポチ子さんに揺られながら翔んでいった。




《イーターとはまた。やっかいなモノが絡んでまいりましたね》


 カーツの懐で眠る王子を小さなお家のベッドに寝かせ、千尋はスライムモドキを小脇に抱えたままメルダの話を聞く。

 いわく、古い昔。それこそ森の主達が生まれるよりも前。

 世界には『なり損ない』と呼ばれる魔物がいた。原始の汚濁の中で過酷な現状に適応した魔物は、あらゆるモノを喰らった。

 動植物はもちろん、精霊や魔力まで。糧となるモノ全てを喰らう生き物を目の当たりにし、神々は生まれたばかりの人類を害されることを恐れ、その魔物をある場所に移動させたという。


「ある場所?」


《アルカディア大陸の真裏に位置する小さな大陸です。星の自転や公転の具合で、全く陽の射さぬ場所でもあると聞いています》


 さすがのメルダでも、生まれる前の事は分からない。だけどアルカディア大陸を守護する者として、大まかな説明をカオスらから受けたとか。

 主らは魔物になったばかりだし、その大陸に主の森はない。当然、魔力も無かった。

 そのうえ、光の存在しない真っ暗な海域は魔力を必須とする魔物には禁域ともいえる場所だ。さすがのメルダ達も確認出来なかったらしい。

 何でも喰らう性質から、イーター、あるいは悪食と呼ばれる魔物がどうなったのかは誰も知らない。通常なら魔物の寿命は五十年前後。だが、メルダが双神から説明を受けた時にも生きていたという。

 その時は、イーターが生まれて数百年たっていた頃だ。何もない大陸に閉じ込められて糧となるモノが無くても生きているなら、今、生きていてもおかしくはない。彼の魔物は太陽の光すら糧としていたので、光の射さぬ場所を双神は選んだ。

 それから一億年近く。メルダも忘れていたような事象である。 


「あ・い・つ・らぁぁ~」


 盛大に歯茎を浮かせ、小人さんはシュルンっと姿を消した。


『.....あの双子は学習しないんかね? やらかしが多すぎるよね?』


 カリカリと地面に爪をたてね文字を書く克己ガラス。

 それに忌々しげな眼を向け、メルダも地面に文字を書き殴った。


《不敬にも程がある。神々の御心を己の浅慮なものさしではかるな》


 メルダにとって絶対な創世神。その逆鱗に触れたと察し、克己ガラスは自分の書いた文字をそそくさと足で消した。


 怖や怖や。姐さん容赦ないからなぁ。


 消えた千尋の行く先は天上界だろう。そう考え、克己ガラスは大空を見上げた。

 まだ御遣いでない克己は、天上界にまで同伴出来ない。


 .....御愁傷様。


 今頃とっ捕まっているだろう双神様の泣きっ面を思い浮かべて、ついつい口元がにやける鴉様である。




『カオスーっ! アビスーーっ!! 何処だあぁぁぁっ!!』


 ずだだだだだだっと、凄まじい勢いで天上界を駆け回る小人さん。何事かと驚き、振り返る他の世界の神々達。


《あれは小人さん?》


《久しいな数百年ぶりか? 時間がおありなら我が家に招きたいが.....》


 何気な会話を交わしつつ、神々は顔を見合わせる。


 .....あの剣幕では、そんな暇はなかろうな。


 眼は口ほどに物を言う。


 生温い視線を交差させ、こっくりと頷き合う他の世界の神々達。彼等は小人さんという生き物を、よく知っていた。

 猪状態の幼女は人の話を聞かないし、目的に向かってまっしぐらだ。声をかけるだけ無駄である。いくら暇をもて余していてもお触り禁止。触るな危険。否が応にも巻き込まれてしまう可能性あり。

 平穏を好む神々と対極にある状態の今の小人さんに、かかわろうという物好きはいない。


 また今度の機会に。


 伊達に長々と生きてはいない。亀の甲より年の功。賢明な神々である。


 だが彼等は知らない。


 触るな危険が、混ぜるな危険に爆進していることを。




『見つけたあーーーっっ! あんたら、そこに座りなさ.....いぃ.....? いいぃっ?!』


 自宅の庭でオヤツを頬張る双子神。その足元には小さな熊。そして、その横に立つ人物を見て千尋は眼を丸くする。


『チィヒーロ?』


『アド兄っ? なんで、ここにっ?!』


 忘れようとて忘れられるはずもない。見慣れた白いコックコートと赤いサッシュ。そのサッシュの端には千尋の刺した蜜蜂の刺繍。

 あちゃーと顔を掌でおおい、アドリスは指の隙間から情けない眼で千尋を見る。


《バレたな》


《そうだな》


 もっもっとオヤツを食べるカオスとアビスは通常運行。特に狼狽えた風でもなく、自分の皿からパンケーキを小熊に分けていた。

 小熊は自身の皿のを食べてしまい、ひゅーん、ひゅーんと鼻を鳴らして二人の足元にまとわりつく。


《しかたがない子だ》


《我のもやろう。たんと御上がり》


 小さなテーブルに広がる微笑ましい光景。胡乱に宙を見つめるアドリスだけが、その光景から浮いていた。


『説明、プリーズぅぅっっ!!』


 相も変わらず絶叫で喉を震わす小人さん。彼女の人生は何百年たとうが変わらないらしい。


《アレな。説明しよう》


《そうしよう》


『それもだけど、なんでアド兄がここにいるのさっ!』


『...............』


 しれっと半眼を泳がせながら、アドリスは空になった皿を両手に邸へ向かう。

 それを見咎めて止めようと千尋が声を上げる前にカオスが真面目な顔で呟いた。


《まずは悪食の話が先ではないのか?》


 じっと据えた眼差しを向けられ、小人さんは、ぐっと喉を詰まらせる。


『.....それはそうだけど、気が抜けるから、そいつを下ろしなさい』


 超真面目な顔のカオスは膝に小熊を抱いている。ペロッと小さな舌を出した小熊を撫でつつする話ではあるまいに。


《む? 可愛くないか?》


『小熊は可愛い。あんたは可愛くない。ってか、真面目にやれ』


《.....心外だ。私は真面目だぞ?》


 如何にもと言わんばかりに顔をしかめるカオスだが、小熊を撫でる手はとまらない。無意識なのだとしたら重症だ。


《可愛いは正義だと聞いた。場にそぐわぬことはなかろう》


《うむ》


 至極真面目なカオスに同調し、アビスまで大きく頷いている。思わず頭が痛くなる小人さん。


『正義の用途が違うわっ! TPOくらい弁えろーっ!!』



 過去に散々やらかし、凶事も惨事も神々の命運すら茶番に変えてきた小人さん。

 どの口が言うかと双神は呆れ顔。


 まさか、この二人からこんな視線を受けようとは。


 じっとりと据えた眼差しの三竦み。


 どっちもどっちだろう? と、然り気無く距離をおいて周りに佇む多くの神々達。


 相も変わらずなアルカディア組を生温い笑顔で遠くから眺める他の世界の神々に見守られ、今世紀最大の茶番劇が幕を上げた。

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