第10話 大きな森の小さな竜巻 ~みっつめ~



「うっわーっっ! 阿保なのっ? ねぇっ、うちの騎士団って阿保ばかりなのっ?!」


 所変わって中央軍。


 中央六ヶ国からなる多国籍軍十万越えの兵士達。そうそうたる面子が居並ぶ戦場で、情けなく吠えているのはフロンティア王国国王千歳・フォン・フロンティア。

 檻に閉じ込められて御輿のように最前線で晒し者にされている彼は、射干玉色の髪を振り乱し絶叫していた。


「それはアンタのことだろう。あれほど皆が止めたのに、このていたらくだ。満足かよ、あ?」


「オーフェンっ! 貴様、陛下の幼馴染みとはいえ、口が過ぎるだろうっ!」


「でも、確かにねぇ。陛下も、すかぽんたんではあらせられますが、フロンティア側も反応がおかしい。なぜに攻めてこないのか」


 ほれ見たことかと渋面をするのは護衛騎士オーフェン。今回の会談を最後まで疑い、それでも千歳の身を案じ張り付いてきた幼馴染みの騎士だ。

 無礼極まりないオーフェンに噛みつき唸るのは、同じく護衛騎士のダニエル。こちらも千歳の無謀を止めるべく付いてきたが、結局止められなかった。

 そして最後に、千歳をすかぽんたん扱いしたのが国王側近筆頭のティターナ。魔術師団にも所属する名うての魔術師であり、側近と護衛の二役をこなせる人材だ。


 そんな彼等も揃って檻の中。


 会談が行われた天幕の制圧で捕まり、抵抗はしたものの、連れてきていた騎士団と王子殿下を逃がすのが精一杯で、善戦むなしく捕虜となる。


「殿下は逃げ延びられただろうか」


「獣人らがついています。下手な冒険者よりもあてになる。大丈夫でしょう」


「大体なあっ! お前が殿下をお連れするから、こんなことになったんだぞっ? 千歳っ!」


 険も顕に怒鳴り付けるオーフェン。彼等は千歳の後ろの檻に入れられていた。


 分かってる。分かってるようぅぅ。


 がっくりと項垂れてシクシク泣きながら、千歳は幼馴染みの罵倒に反論する術がない。


「これが成れば、今世紀最大の快挙だと思ったんだ。その歴史的瞬間を息子に見せてやりたかったんだってばぁーっ!」


 おーい、おいおいと泣き伏す国王に、従者らは呆れ顔。


 長く反目しあってきた中央区域と辺境国。悪魔理論が蔓延るようになり、その険悪さはさらに如実となる。なのに信じるのだ。この馬鹿野郎様は。

 僅かでも期待が持てるならと、こんな荒野までやってきてしまうのだ。

 そしてこうやって裏切られても、似たような事が起きれば、またいそいそとやってくるのだろう。


 誰だっ! こんなんを王にしたのはっ! 他に光彩を持つ者がいれば、こいつの王位継承を全力で止められたものをっ!!


 ギリギリと奥歯を噛みしめ、今更なことに臍を噛むオーフェン。

 いったい、いつからだろうか。千歳が妙に物分かりよくなり、相手を慮り、常に調査や聞き込みを怠らず、やけに慎重になったのは。

 それは良いことだった。王としての自覚が芽生えたに違いないと、周りの人々も温かく見守っていた。


 なのに..... その反動か、上手くいく、あるいは上手くいかせたいという事に、彼は猪突猛進になる。

 前は疑り深くて癇癪持ちで、オーフェンから見たら、常に据えた眼差しで仏頂面な子供の印象しかない千歳。

 上手くいかないと怒鳴り散らし、青臭い正義感を振り回し、護衛をまいて逃げ回ること数知れず。

 御学友兼護衛でもあったオーフェンは、何度煮え湯を呑まされたことか。


 そんな彼が変わった。


 人の話を聞くようになったかと思ったら、疑問を自ら調べるようになり、終いには現場へ足を運ぶまでにいたる。

 学びを疎かにせず、それどころが貪欲なまでに教師に尋ね、まるで人が違ったかのような豹変ぶり。

 時折まだ護衛をまいて姿をくらますことはあれど、暗部がつき従っていたため大事にはならなかった。


 だが国の頂点たる人間がふらふら出歩くのは宜しくない。要らぬ誤解を招くし、臣に疑惑をもたれる。


 見かねたオーフェンが苦言を呈するも、当の本人は飄々としたもので、曖昧な薄ら笑いしか浮かべない。

 ふらりといなくなり、ふらりと帰ってくる千歳を訝り、どこで何をやっているのだろうと暗部に尋ねたりもしたが、彼等は口を閉ざして話さない。

 まあ、これが暗部の在るべき姿なのでオーフェンも追及しないが。


 そんな日々が流れ、オーフェンが危惧したとおり、千歳の悪評が広まっていく。



『何をしておられるか分からぬが、最近の殿下は目に余りませぬか?』


『前にも勝手に料理長を罷免されたし、遡って代々の料理長を処罰をなされたとか聞きます。やり過ぎでしょう』


『書類の手順も変わりました。臣に選別させず、自ら確認なさるらしい。そして些細な事を根掘り葉掘り調べ、処罰なさる。宜しくない。これは非常に宜しくない』


 やれやれと大仰に首を振る臣下達。


 確かに最近の千歳はやり過ぎ感がある。しかし不思議なことに、彼等のいう些細なことを調べ突き詰めていくと、大きな汚職や事件に当たるのだ。


 ある時は小さな紛失苦情。


 近頃、王宮の洗濯場から数枚のナフキンが無くなるとの苦情が下働きらから上がっていた。

 無くなるのは数枚だが、その頻度が激しい。数日おきに無くなり、それは洗濯物に紛れ込ませているみたいで枚数そのものが減るわけではないとか。

 明らかに使用用途の違うナフキンが混ぜられていて、それはすぐに分かる。大して汚れてはいないが、妙にカピカピでごわごわになったナフキン。

 それでも干しておいた物が消えるのは気持ちが良いものではないし、誰が何に使ったかも分からない物を王族らに使わせるわけにもいかない。

 結局、怪しげな使い方をされたかもしれないナフキンは処分される。

 微々たる枚数だろうとも重なればそれなりの金額だし、買い足す場合の申請にも理由が必要で、自分たちが破損させたわけでもないのに雑損伝票を切らなくてはならない下働きらから苦情が上がっていたのだ。


『これは我々の失態にされてしまうのです。我々に管理義務のある品物なので、ある意味、間違ってはいないでしょう。でも、誰かしらが眼を配れるリネン室と違い、ほぼ無人になる干場に人員は割けません』


 王宮の全てを賄う物干し場は無駄に広い。一人の見張りを置くにも人件費がかかるし、そっちの方が紛失したナフキンの代金より高くつく。なので王宮の兵士か誰かに物干場の巡回をさせてほしいとの陳情を読み、千歳はすぐに動いた。


 なんで、下働きらの陳情で国王が動くんだよっ!


 そう捲し立てるオーフェンを無視し、千歳は行方をくらませる。


 そして数日後。大規模な人拐いの破落戸どもが検挙された。


 唖然とする周りを余所に、千歳は説明のため一枚のナフキンをテーブルに置く。それはカピカピな汚れが幾つも張り付いた変なナフキンだった。


『これ。調べさせたら唾液の汚れだったんだよね。しかも、こんなに大量に。乳臭い匂いものこっているし不自然じゃない?』


 たしかに。


 王宮でこんな汚れをつけるようなのは赤子くらいだろう。赤子といえば後宮だ。丁度、生まれたばかりの王女殿下がおられる。こういうナフキンがあっても不思議はない。

 だが、後宮には後宮の洗濯場がある。わざわざ王宮から持っていく意味が分からない。


『で、まあ、暗部に見張らせたんだわ。物干し場。二日目に捕まったよ。メイドの一人が』


 結論としては、そのメイドは人拐い一団の仲間だった。


 フロンティアは、過去にカストラートによる王家の子供拐取が半分成功しかかったという悪例があったため、王宮は入るにも出るにも鉄壁の確認を行うようになった。

 出入りする人間は決められており、その人間以外は門を通り抜けられない。身代わりもすり替わりも許されず、その人間が動けない場合、事そのものの日付を変える徹底ぶり。

 だが悪いことを考える連中はどこにでもいる。

 どうやってか赤子を王宮内に持ち込み、なんと、生まれたばかりの王女殿下とすり替えたらしいのだ。


 有り得べからぬ千歳の説明。絶句する周囲を一瞥し、千歳は仕方なさげにため息をつく。


『ほんと。世の中、驚くことばかりだよねぇ』


 そう呟き、彼は説明を続けた。


 メイドは赤子をすり替えたはいいものの、前述したように城壁は水も漏らさぬ警備が敷かれている。こうして身代わりの赤子を持ち込めたのが奇跡なのだ。

 あの手この手で王女を連れ出そうと試みるが全て失敗。外部の仲間らが手を貸そうにも、同じく鉄壁の門に阻まれる。

 万事休すとなったメイドは、仕方なく地下室で赤子を育てていた。

 後宮には昔の忌まわしい風習の名残がそこかしこにあり、妃や子供達を幽閉したり虐待する用の地下室も残っていた。

 入り口は分からないように閉じられていたが、後宮の人間は在るのを知っているのだから探せば見つけるのは容易い。

 以前、ファティマが閉じ込められていた半地下の部屋も、似たような用途の部屋である。

 その悪習の名残に王女を隠し、メイドはヤギの乳や砂糖水で赤子を育てていた。

 だが、赤子とは大量の布を必要とする生き物だ。オムツや肌着、涎拭きなど何枚も必要になる。

 オムツなどは王女殿下用のを利用出来たが、問題は食事などで使う涎拭きや、寝床のタオルや毛布。

 タオルや毛布も後宮からくすねられる。自身の洗濯物と一緒に洗い干すことも出来たが、涎拭きだけがどうしようもなかった。

 王女殿下は涎が多く、しかも吐き戻しも頻繁だったため大量のタオルやナフキンが必要だったのだ。

 自身の洗濯物に紛れさせて洗うのも限界だし、個人の物干し場にずらっとタオルやナフキンが並べば変に人目をひくかもしれない。

 なにより、後宮は王宮の一角であって人が少なく、リネンも数を正確に管理されている。下手に持ち出せばすぐにバレてしまうし、かといって買い求めに城下町へおもむくには休暇届けから出さねばならず、時間的に間に合わない。

 考えた結果、そのメイドは王宮からナフキンを借りることにした。ざっと水洗いしてから紛れ込ませれば気づかれまいと。

 部屋の中では乾かないし、湿ったまま使い続けると変な匂いがして赤子が泣きわめく。この状態がどれ程続くか分からないため、メイドも手詰まりで途方に暮れていたらしい。

 彼女は、もう殆んどノイローゼ状態だったとか。


『この王宮で乳の匂いがする物なんて、ヤバい物でしかないよ』


 ナフキンを借りにきて暗部に捕まったメイドは、半狂乱になりつつも微かな安堵を浮かべていたとか。


 赤子はモンスターだ。それを知らずに、たまたまの偶然で悪事に手を染めた者の愚かな末路である。


 説明を聞き終わり、シン.....っと静まり返る部屋の中で、凍りついたままね人々を無視し、千歳はさらさらと書類を書いた。


『これね。よろしく』


 千歳が相手を見ずに書類を差し出すと、カーテンの陰から伸びた手がそれを受け取り、ぱさりとはためくカーテンの動きに合わせて消える。

 ぎょっとしたオーフェンが慌ててカーテンを捲るがすでに誰もおらず、彼は信じられない面持ちで千歳を見た。


『あの赤子に罪はないしね。教会に任せたんだよ』


 罪人達は司法にゆだね、これにて一件落着と快活な笑みを惜しげもなく披露する千歳。


 この時、オーフェンは誓ったのだ。


 こんな危ない奴に国王をやらせられないと。


 誰にも何も言わず問題の渦中に飛び込み、結果は事後報告。それも部下を使わず、暗部を操る始末。


 これでは万一しくじった場合、闇から闇へと消されかねない。自身の身分を軽んじすぎてはおられまいか。


 危うい.....


 今回だって、聞いたところによれば自らメイドの尋問をし、城下町の冒険者ギルドに協力を仰ぎ、暗部らと共同で人拐い達の根城を見つけ、単身乗り込んだというではないか。


 .....ないわー。


 この場に克巳がいたなら、そう呟いたことだろう。言葉は違うが同じ気持ちをオーフェンも千歳に抱いた。

 だが千歳にすれば妾妃の子といえ、我が子を誘拐されたのだ。怒り心頭。暗部が止めるのもかまわず突っ込んでいったのも頷ける。


 そんなこんなで年月が過ぎ、あれやこれやと騒ぎを起こしつつ今にいたる千歳国王。


 今回は極めつけなヘマだった。


 己の苦労の足跡を噛みしめているオーフェンの前で、千歳はぶつくさ文句をたれている。


「そんな言い方しなくたってさぁ。まあ、失敗したのは認めるよ? でも夢を見るくらいしても良いと思うんだよな。ねぇ?」


 それに同意を求めるかのよう、千歳は小さな生き物を撫でた。

 そこには赤ん坊サイズのモフモフな蜜蜂様。


 .....っ? モノノケ様っ?


 オーフェンが思うより早く、その蜜蜂は空へと翔ていく。


「伝えておくれねー。私は大丈夫だから」


 翔ていく蜜蜂を満面の笑みで見送る千歳。その懐にはいつの間にか小さなカエルが潜り込んでいた。

 そしてオーフェンは、はっと周囲を見渡す。

 所々に潜む小さな生き物達。これを彼は知っていた。


 .....動かれるか、あの家が。


 最後の金色の王の系譜。


 これらはジョルジェ家を守る僕達だ。


 予期せぬ援軍に眼を細め、オーフェンはしだいに兵の集まりつつある地平線を凝視した。

 そこに揚がる旗は深紅に金の六芒星。


 数百年の時を超え、再びアルカディアを巻き込む戰が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る