2:制服を買いに行くはずの話

特になにか良くないことが起こったわけではない。

この日の放課後、彼女は一昨日出会った、その場所で座っていた。今度は普通に、座っていた。

「ジョツキ、制服って決まってるんだ…」

「だから制服っていうんだろ…」

我が尚武高校 (本来の尚武という意味は全くない)は制服を着ていなければ学内に入れないという校則があって、校門で守衛に止められる。他にも髪型の指定があったり、授業中に携帯禁止などある程度校則が存在する。

「制服持ってないのか?」

「ない」

「入学式の前に買わされなかったのか?」

「行ってない」

入学式行かないってどんなやつだよ…

「まあじゃあ親に行って買ってもらえよ」

「いない」

「なにが」

「親」

タブーに触れてしまったらしい。

「すまん、」

「別にいいよ」

口では言っていてもどうみても暗そうな顔にしてしまった。もちろんなんでいないのかとか図々しく聞ける俺ではない。

「それよりっ、制服、ほしい」

「えっと、一応生協に行けば買えるが…」

「買いに行く!」

「いや、でも、制服って意外と高いんだぞ?」

「お金ならここにある」

そういって彼女は通帳をバッと見せてきた。

「残高は、………は?四百万!?……しまえ!それ今すぐしまえ!」

「あっちょっとっ」

無理やり鞄の中に押し込ませた。

いやいやツッコミどころが多すぎるだろ。

「まずなんで通帳持ち歩いてるんだよ」

「通帳ないと、お買い物、できない」

「財布は?財布でいいだろ」

「ない」

「はぁ?いちいち銀行からお金下ろして買ってってやってんのか?」

「そう」

「面倒だし、危なすぎるだろ!」

女子高生が通帳 (残高三百万)なんて持ち歩いてたら泥棒の格好の標的じゃないか。

「とりあえず、財布を買え。それに、知り合っての人に通帳なんて簡単に見せたらだめだぞ。盗られたらどうするんだ」

「なんで?ジョツキ盗ってない」

キョトンとした顔で言った。

「俺は盗らなかっただけで俺じゃない人なら盗ってたかもしれないだろ。とにかくそんな大切なものを持ち歩くな」

「…ごめんなさい」

「いや…怒ってるわけじゃないんだ。あまりにお前が危なっかしいから」

「怒ってない…?」

「怒ってないって」

上目遣いで見つめるなよ。こんなにシュンとしてんのに怒れるかよ…!

怒ってない、と言うと彼女は安心したような笑みを浮かべた。

「最後にして最大の質問だが、お前、なんで三百万も通帳にはいってるんだ!」

「ジョツキ、"お前"って言わない。奏って言う」

「名前で言えってことか?胡桃じゃだめか?」

胡桃でもなかなか下の名前っぽいけど。

「それでいい」

「じゃあもう一回聞くが、…胡桃はなんで三百万も持っているんだ?」

あくまでも名字なのに気になってしまう俺が恥ずかしかった。

「えっと、お金が毎月勝手に入ってくるの」

「そんな嘘みたいな話があるか」

「嘘じゃない」

「じゃあ、…こっそり通帳を見せてくれ」

自分でもさっき言ったことと綺麗に矛盾していることは分かっていたがさすがに見ないと信じられなかった。

「うん」

そう言うと通帳をコソコソと出してくれた。

結果から言うと胡桃の言うことは嘘じゃなかった。

一ヶ月毎に五十万ずつ振り込まれていた。年収六百万みたいなもんじゃないか。振り込んでいるのは

「…胡桃エリカ?」

「今のお母さん。でも血縁関係はない」

「それって…」

「私は養子。一緒には住んでない。唯一の、お母さん」

「そう、か」

「とりあえず、勝手にお金入ってくるの、納得?」

「…ああ」

いろいろ疑問はあったがそれ以上は聞かないことにした。なんとなくこれ以上言ってもバッドエンドだと思ったから。

「じゃあ、制服、買いに行こ?」

そうだった。話が大きく逸れてたな。まあお金はあるんだし、買いに行くのは問題ないか。

「買いに行くのは良いんだが、」

「だが?」


「もう今から行っても生協開いてないんだよな…」


「えぇ…」

「いや!だって俺もまさか制服すら持ってないとか思ってなかったんだよ!」

「制服、買えない…学校入れない…」

目がちょっとうるうるしていた。

「大丈夫!大丈夫だから!俺が明日生協で買って、持ってきてやるから!泣くなよ、な?」

「うん…分かった…」

とりあえずこの日は落ち着いた。今にも泣きそうな女の子を見て、こんなことを口走ってしまったわけだが、女子用の制服を買いに来る男子高校生というものが周りにどのように思われるのか、そんなことまで気が回る俺ではなかった。俺はやっぱり、残念な生き物であるようだ。

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苦しそうに屈んでいた女子高生との話 @haicjhs

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