第4話
通学用の定期馬車に揺られながら窓から見える景色をぼんやりと視界に入れる。
視界には王都と王立学園を繋ぐ整備された幹線道路が映る。
王立学園へと続く片側3車線ある幹線道路は定期馬車で渋滞している。
逆に王立学園から王都への幹線道路を走っている定期馬車がまばらに確認できる。
「……まるで上りの通勤ラッシュだよな……」
王立学園への定期馬車は、貴族子女が余裕を持って乗れるよう定員は6名。貴族用の馬車と違い、向かい合う形ではなく1人分の座席が3列設置されている。貴族用の馬車の定員は4名。
「定期馬車に対しても、貴族の面子があるなんてな……」
苦笑しながら独り言ちる。
定期馬車が整備された経緯について
定期馬車は、東方戦役後に王立学園の定員を拡充する方針を受け、貴族・平民共に利用可能な通学手段として整備することが発表された。目的は損耗したアドラ王国軍の兵力充当と7勇者候補者の層を厚くするため。
特に、東方戦役における7勇者の戦死はアドラ王国内でも衝撃をもって受けとめられた。
魔王軍への対応が急務であったことから発表当初、平民も利用可能な通学手段としての定期馬車導入には貴族からの反発は特に無かった。
ただ、試作馬車が公開されたタイミングで明確なクレームが殺到したようだ。
原因は、公開された試作馬車が12人乗りの細長い列車の1車両のような形状であったことらしい。
――我々の子女は養殖箱に押し込められた
――貴族の優雅さを損なうものは容認できない!
――百歩譲って平民と同乗したとして、平民と触れ合うような状況になるのはいかがなものか!
「……王立学園の定員拡大対応の本質とは、関係ない内容だよな……」
言葉に出したあと、もし有力貴族にでも聞かれたら激怒されてしまいそうだなと内心呟き苦笑する。
結局、試作馬車に対する貴族からの一際強いクレームに対応する中で、現在の定員6名の仕様となったという。座席もより優雅さを兼ね備えた装飾とする要求があったが予算の兼ね合いもあり、落ち着いた木彫りの装飾に留まっている。
「……王立学園って意外と通っている生徒数が多いんだよな……」
入学の際、学園でのレクリエーションで説明された内容を思い出す。
王立学園の1学年の定員は約300人。
内訳としては、伯爵以上の上級貴族が10人程。
上級貴族の寄子となる子爵以下の下級貴族は90人程。残り200人程は平民となっている。
この比率は、貴族だけでは王国軍の立て直しは困難との判断がされ、平民への門戸を大幅に増した結果だ。
王立学園は4年制のため全学年1200人程。
卒業に必要な単位は3年次までの学園の授業で取得することになるため、必然的に約900人の生徒が常時通学することになる。
結果、単純計算で、毎日、定員6名の通学用の定期馬車150台の稼動が必要となる。
通常運行している定期馬車が故障で使えなくなった場合や、特殊な理由により同乗したくない生徒の意向にあわせて約200台の馬車が利用可能となっている。
「……特殊な理由か……」
選抜試験での
畏敬の視線が大半だが、同時に嫉妬や憎悪のような悪意ある視線に加えて嫌がらせも続いている。
ふと視線を定期馬車の車内に向ける。
自分以外に乗車していない馬車の車内座席は、とても余裕がある。
通学用の鞄や荷物は膝の上か足元に置くことが通例だが、隣の座席を温めるために置いている。
「……特に温度があるわけではないけれど……6人乗りの定期馬車を1人で貸切利用か……」
独りごちながら定期馬車乗り場での腫れ物に触るような扱いを思い返し苦笑する。
「俺が列に並ぶと同じ馬車に乗ると場が持たないと思うのか別の列に並び直される上、俺の後ろには誰も並ばないからな……最初は傷ついたけどもう慣れたよ。」
言葉に出すも、内心嘆息する。
「前向きに考えよう……現状の情報と課題を整理する時間が出来て丁度良いんだよ。うん。登校すれば、教室でテレア達と話せるし。」
婚前の貴族令嬢は、定期馬車であっても密閉された空間となる馬車に表立って同乗するのは避ける必要がある。そのためテレア達は、通学時の定期馬車は女生徒専用便で通学している。
最終便の定期馬車しかない場合は同上する理由にはなるが、貴族令嬢が最終便まで学内に留まることは余程の事情がない限り滅多にない。
「そういう意味だと、昨日の最終定期馬車で遭遇した黒髪の女性徒は何をしてたんだろう……」
考え事していた際に話しかけられたから思わず裏拳で応じてしまった。
うん。反省。
「考え事をしていたとはいえ、話しかけられるまで気配を感じなかったよな……」
同学年の生徒や上級生でそんな身のこなしをする生徒がいただろうか。
入学式のオリエンテーションの後で、昨日の黒髪の女性徒を見かけたような気もする。
アドラ王国で黒髪の貴族と言えば、遥か東方の島国から流れ着いた一族がいるって聞いたことがあるな。確か、サルア家だったかな……
「それにしてもテレアやサリナ以外の同級生って誰がいたっけ……」
口に出してみて気が付いた事実にショックを覚える。
もしかして、王立学園では同級生の友達がかなり少ないんじゃないだろうか。
「いや……あの時と今じゃ明らかに状況が違う……ともかく、まず優先するのは、
テレアやサリナは、
友達が少ないってことがショックなら、一昔前前に流行った『ズッ友』『ソウルメイト』みたいなものと考えればいい……少し違うかもしれないが。
通学用の定期馬車に揺られながら思考に埋没していた意識を身体に戻して、再び馬車の中に視線を向ける。
「あとは、うっかり死なないように強くなることだな……選抜試験での
独り言ちながら、昨日の『地竜の巣』でのコボルトの攻撃を受け流し損ねて痛めた左肘に手をやる。
触れたことで感じる鈍痛に顔を顰める。
「……寝る前に打身用の常備薬のポーションを掛けたけど、まだ少し痛むか……」
朝、
美人て怒ると凛々しくなって、より綺麗になるんだなと頭の片隅で思ったのはここだけの話。
「ともかく……器用さを高める戦い方は昨日判ったから、今日は昨日と違うアプローチ――力押しでいってみるか……
つぶやいたタイミングで、定期馬車がゆっくりと失速していくのを体感で確認する。
「……あ、もう王立学園に到着したんだ……授業の後は『地竜の巣』で特訓だな……定期馬車の最終便で、また昨日の娘に会うかもしれないけど……」
完全に停止した定期馬車から降りるべく、隣り席に置いた荷物を掴んで立ち上がった。
◆◇◆
王立学園敷地内の定期馬車の発着場で1人降り立ち、1年次の学舎へ向かう。途中、いつもと同じ2種類の視線を感じながらも教室の指定席となっている場所に向かう。
「……という訳なんだよ。想定より危険なアプローチであることは間違いないよ。」
「それは……」
「ありゃりゃ……」
大学の講義室のように自由席となっている教室の奥。
窓際の席に近づいた辺りで、いつもの2人に加えてどこかで聞き覚えのある女生徒の声が耳に入る。
立ち止まると、3人の視線がこちらに向けられる。
難しい顔をした赤味を帯びた金髪を後ろに纏め肩から垂らしている男装の麗人。
こちらを見つめる碧の瞳が、僅かに揺れている。
眉を寄せた赤毛の少女。
振り返ったのか赤毛のポニーテールが僅かに揺れる。
こちらを見つめる碧の瞳に、困惑の色が見える。
黒髪を短く切りそろえた女生徒。
髪と同じ黒い瞳をしている。
こちらを見つめる黒い瞳には、興味を抑えきれない光を宿している。
視線が合うと悪戯っぽく片目を瞑って口角を上げる。
「昨日は、どうも。」
「あ……」
開口一番、黒髪の女生徒の声に昨日、定期馬車の最終便で裏拳を放った相手だと気付く。
御者に急かされて馬車を降りた後、家令と思しき家人に促されて迎えの馬車に乗せられていたので女生徒と面と向かうのは実は、これが初めてとなる。
「定期馬車の最終便に女生徒が乗車していると思わなかったよ……」
気まずさから、思わず目を逸らす。
「昨日は、
そう言って黒髪の女性とは猫を思わせる微笑を浮かべる。
そして、ゆっくりと近づきながら続ける。
「それに……意外と泥臭い戦い方をするのには驚いた。今日も『地竜の巣』に行くなら一緒どうだろうか。中層を目指すなら一人よりは効率がいいと思うよ。」
「ッ!?君も、昨日『地竜の巣』で探索していたのか?」
突然の黒髪の女性徒の提案に、2人で探索する場合のメリット・デメリットを列挙して思案してみる。メリットが多そうだとの結論に思わず独り言ちる。
「確かに一人で探索するよりは安全マージンが取れるか……」
「……」
「……」
「……」
この時、俺の反射的な言葉に3人が、一瞬、目を見合わせたことに気づきもしなかった。NPCに意思はなくプログラムされた通りに行動すると思っていたから。
改めて黒髪の女性徒を見やると、後方の二人――テレアとサリナを振り返り頷いたところだった。
テレアは、視線でサリナと黒髪の女性徒に合図をするとゆっくりと近づいてくる。
「テレア?」
不穏な気配を感じておもわず後ずさるも、黒髪の女性徒とサリナが左右に広がって回り込もうとしているところだった。
「えっと……一体、どうしたんだ?」
素朴な疑問にテレアは深く嘆息すると、左腕の肘の部分をガシと掴む。
「ッ!?」
昨日のコボルト戦で痛めた箇所を掴まれ、伝わってくる鈍痛に顔を顰める。
「今日はさ……『地竜の巣』ではなく私達とちょーっと付き合ってもらえると嬉しいかな。」
笑顔でうかべるも有無を言わさないテレアに戸惑う。
「昨日、ルイは特訓場所が『地竜の巣』だって言ってたじゃない。ある人とルイの話題になった時に、たまたま『地竜の巣』の利用方法を詳しく知ることが出来たんだ。」
左後方に回り込んだサリナが、左肩を掴む。
思いのほか力が込められているのに戸惑う。
「学園的には、『地竜の巣』の利用状況の実態調査を進めていてさ。王立学園に入学した家臣団の訓練を兼ねて
右後方に回り込んだ黒髪の女性徒が、右肩を掴む。
こちらもサリナと同じくらい力が込められている。
「えっと……話がみえないんだけど……」
3人の様子に戸惑う。
教室の他の生徒も何事かとこちらに視線向けてくる。
「ルイ……君が入学以降、自己研鑽に一生懸命なのは分かってるよ。でもね、『地竜の巣』への単独探索はちょーと容認できないかな。」
「えっと……『地竜の巣』への単独探索は、確かにたまに死にかけるけど効率がいい方法……ってテレア?……痛い……痛い……ちょっと……」
何気ない回答に、テレアが笑顔で左肘を掴む手に力を籠める。
「あー……これは完全に情状酌量の余地のない確信犯だねぇ……しかも何が悪いかを認識していないやつだよ……」
「……一番駄目なやつじゃん!僕もここまで意図せず、危険行為をする人初めてみるよ……」
黒髪の女性徒とサリナが言いながら、肩を掴んでいる手に更に力を籠める。
と、その時、授業開始のチャイムが鳴り響く。
こちらに視線を向けていた他の生徒達は、いそいそと着席をしていく。
着席後、こちらへ興味本位の視線を向けてくる。
「えっと……授業が始まるから着席しないと……あ、先生が入って来たよ。」
大学の講義室のような教室の前方ドアが開くと、一限目の担当教師が入ってくる。
ただ、今日に限っては、白い礼服の上に赤を基調としたハーフプレートメイルを纏った壮年の騎士が1人、続けて入ってくる。
赤を基調としたハーフプレートメイルは、主に近衛騎士の標準装備だったはずだ。
何事かと座席に着席している生徒の視線が、こちらと壮年の近衛騎士に分かれる。
教室を見渡していた壮年の近衛騎士は、まだ着席していないこちらに気づく。
そして、少しバツが悪そうな表情を浮かべる。
「……あー、ルイ=ラ=ソーン……だな。」
このどこか気だるげなな口調、聞き覚えがあるような。
「……はい。そうですが……ちょっと取り込んでいるので、後にしてもらえると……」
テレアやサリナ、黒髪の女性徒に掴まれている状況をみやり焦りを覚える。
「あー……
「はいッ!?」
キイテナインデスガ。
近衛騎士の言葉に思わず驚く。
よく見ると、黒髪と黒の瞳をした精悍な顔立ちをしている。
あ、確かこのひとは。
「ルイ=ラ=ソーン……『地竜の巣』への単独探索は許可が必要なんだわ。警備とかをどうやって掻いくぐっていたのかを含めて、事情を聞かせてもらいたいんで、同行願おうか。」
そう言うと壮年の近衛騎士――近衛騎士団長ガウル = ラ = バエルはニヤリと笑みを浮かべた。
麒麟の輪舞 ~ ダンジョン攻略シュミレーターが異世界への入り口だった件 きょうのなのか @kyouno-nanoka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。麒麟の輪舞 ~ ダンジョン攻略シュミレーターが異世界への入り口だった件の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます