第3話
王都の西――馬車で1時間ほど離れた場所に『地竜の巣』と呼称される
地竜は亜竜の類で、岩石のような鱗を全身にまとう大蜥蜴のような魔獣だ。
1体を屠るのに騎士団1個小隊規模の戦力が必要と言われている。
アドラ王国建国以前より、一定の周期で大繁殖し、
女神セルケトに選定された最初の勇者であり、アドラ王国建国の祖となったラムス一世が
『地竜の巣』とは地竜1種類のみの群れであるためスタンピードとは異なる、この地特有の魔獣災害を指す固有名詞となっていた。それがラムス一世の踏破により、地竜の大繁殖が
詳しい調査により、
意図して
望まぬ争いに困惑するも、周囲に推される形でこの地を治める領主となったラムス一世は、敵対する領主達を降して行った。敵対する領主を無闇に殺さず、領土運営を委任する形で今のアドラ王国の前身となるアドラ共和国が樹立する。
アドラ共和国樹立と時を同じくして、大陸北方に大国――ロアズ帝国が興る。
強大な軍事力を背景に周辺国を併呑しながら版図を拡大していた。
ロアズ帝国との国境となるナズン高原付近での小競合いを端に発した、第1次ナズン会戦。
近年、第7次まで行われた会戦は、毎回、双方に多大な損害を出して痛み分けに終わっているが今だに終息していない。
危機感を覚えたアドラ側は、ロアズ帝国に対抗する戦力を短期間に養成するため、『地龍の巣』に新兵の訓練を行うための施設を建設した。その新兵の訓練施設が、今の王立学園の元となったと言われている。
◆◇◆
授業が終わった放課後。
藍色のフードを目深にかぶり、定期馬車乗場に近づく。
王都まで出ている通学用の大型の定期馬車が順次発着しては、乗場に居並ぶ学生達が乗り込んでいく。
定期馬車乗場横の時計台が午後16時を指しているのが見える。
定期馬車乗場の柱に掲げてある時刻表を右の人差し指でなぞりながら、最終便の時刻を確認する。
幾何学模様が刻まれた銀色の腕輪が右手首に輝く。
フードの右腕の裾から藍色の胴衣の上に纏った皮鎧が見える。
腰には、ショートソードとロングソードが鞘ごと吊るされている。
「……20時30分か……まだ時間はあるな……」
――ゲーム世界の時間は、現実世界と同じ24時間制に設定しているよ。
――1週間は7日で、1年が365日なのは、プレイヤーの時間間隔が狂うのを防ぐためだよ。
以前、『アガルタオンライン』のテストプレイヤーのバイトを行う際、久間さんからそう説明を思い出す。
定期馬車乗場横の生徒の行列を横目に
今は、午後16時――
「――余計なトラブルは回避しないと――フードを被る人も多いからね――」
誰とはなしに独りごちながらゆっくりと『関所』を目指して歩を進める。
『関所』とはよく言ったもので、欧州の古代帝国時代の建造物を彷彿とさせる巨大な石の門だ。
この『関所』の前には、近衛騎士団の精鋭が24時間体制で守備を行っている。
とはいえ、王立学園の生徒には、定期馬車の最終便が出発する20時30分なので、20時頃まで開放されている。
事前申請を行わないと20時以降に
丁度、交代のタイミングなのか、4人の近衛騎士が引き継ぎを兼ねて談笑している様子が視界に入る。
近衛騎士達に会釈をしながら、開かれている石の門をくぐる。
暗闇を通り抜ける際、視界が歪む。
方向感覚が麻痺するが、気にせずそのまま歩いていく。
一瞬の事のようでもあり、10分近く歩いたような気にもなる。
と、次の瞬間、視界が真っ白な光に覆われる。
真っ白な光に思わず瞑った目を開く。
そこには見渡す限りの草原が広がっていた。
腰ほどの高さの青々とした葦のような植物が、時折、靡くように吹く風に揺れる。
「……何度来ても、不思議だよな……これがダンジョンと知っていないと草原としか思えないや。」
独り言ちながら暫く草原の中へ歩を進める。
と、風の向きとは異なる方向に草原を駆け抜ける複数の音がする。
ガサガサ ガサガサ
咄嗟に、腰を屈める。
植物の影に潜みながら、近づいてくる音に耳をそばたてる。
腰の鞘からゆっくりと、ショートソードを右手で抜く。
植物と一体になるかのように、呼吸を細くして気配を消していく。
ショートソードを持つ右手首の銀色の腕輪の幾何学模様が鈍く輝く。
ゆっくりと周囲に溶け込むように気配が消えていく。
ガサガサ
近づいてくる音が唐突に止まる。
数秒の沈黙の後、何かに迷うようにゆっくりと移動を開始する。
いくつかの音は、明後日の方向に動き出す。
が、1つの音がこちらの方へゆっくりと近づいていくる。
間近に迫った草を踏みつける音が、こちらに気づかずそのまま横を通り抜けようとする。
子供ほどの背丈で、簡易な革鎧を身につけた子犬のような頭をした魔物が視界に入る。
ふっと息を吐くと同時に、左脚で地面を蹴る。
同時に右手に持つショートソードを魔物の首元へ突き出す。
「ギャッ!?」
悲鳴を上げ、子犬のような頭をした魔物は突き刺さったショートソードの刃の部分を握る。
バタバタともがく振動が伝わってくる。
ショートソードの柄を押し込むと同時に捻る。
ガリッ!
脛骨が削れる音とともにダラリと手が下がり、力無く崩れ落ちる。
念の為、ショートソードをさらに押し込み、首を掻き切るようにして振り払う。
力無く崩れ落ちた魔物の体がビクンと跳ねる。
バシャッ!
ショートソードを振り抜いた向こう側へ、勢い良く血が吹き出す。
「コボルトか……地竜の餌となるんだったよな……返り血がつかないようにしないと……」
皮鎧をの上に羽織った紺のフードを見下ろす。
「汚れてもいいフードではあるけれど、最終馬車の事を考えると洗う時間がないからな……」
嘆息した後、移動しようと周囲を見渡す。
少し離れた場所に泉が視界に入る。
ゆっくり近づいて泉を覗くと、湧水なのか澄んだ水を湛える泉の底から小さな泡が出ている。
水面に、青味がかった黒髪の目鼻筋が通った幼さの残る容貌が映っている。
菫色の瞳がスッと細められる。
「……『令嬢』か……」
何とはなしに独り言ちる。
と、物音に不審なものを感じたのか、明後日の方向に遠ざかっていた複数の音が近づいてくる。
側の叢にゆっくりと入ると腰を下ろし、呼吸を細くしながら気配を消していく。
「……とりあえず数をこなさないと……」
その日、20時になるまで、くぐもった悲鳴がいくつも草原に鈍く響き渡った。
◆◇◆
ガタガタガタ
振動に揺られながら馬車の窓に、一定の間隔で映っては後方へ流れていく魔力灯の青白い光を眺める。
――
――まさか、短期間にあれだけお強くなるとは思わなかったよ。
――単純な力比べだと
「竜の巣で遭遇した他の学生の話を総合すると、
討伐した魔物の戦闘記録や戦略が分かれば何かヒントになるかもしれない。
思考を深めながら、なんとなく王立学園のブレザーのポケットに右手を入れる。
指先に当たった堅いものが当る。
ポケットの中の
「……結局、狩れたのは16体か……今回も魔石は保管だな……」
ぼんやりと青白いひし形の石を眺めながら、胸の前で右手を左から右へ振る動作をする。
目の前にステータス画面が表示される。
■ルイ=ラ=ソーン
[Activity Value(活動値)]
HP(体力):E+
MP(魔力):D-
PP(気力):E+
[Ability Value(能力値)]
ATK(筋力) :E+
VIT(耐久力) :E+
AGI(器用) :D- (E+)↑
DEX(速度) :E+
LUC(幸運) :E
[Special Skill(固有スキル)]
[Common Skill(共通スキル)]
生活魔法
[Notes(備考)]
「……今日みたいな戦い方だとAGI(器用)が上がるってことか……」
――プレイヤーの強さを熟練度で表示して訓練の成果を数値化しようって……
――相関から算出した差分の大きさがプラスで大きければE以上のランクで表示して……
「いつだったか、久間が熟練度換算の事を説明していたっけ……あんまり、ピンとこなかったから聞き流していたけれど……」
ちゃんと真面目に聞いておいた方がよかったなと、頭の片隅でぼんやりと考える。
「……熟練度……相関から算出した差分が大きくなればランクが上がる……だったっけ……」
『アガルタオンライン』のテストプレイヤーのバイトで、久間さんから説明されたうろ覚えの内容を思い出す。
――能力値は、理論上、EランクからSSランクまでの熟練度に基づいて変動し、戦闘やトラップ回避を通じて徐々にステータスが上昇していく……
「熟練度SSに到達した時点で、人外なんだろうけど……まずは、AGI(器用)以外のパラメータの上げ方も探っていかないとな……次回は「何、呟いているんだ……」」
突然かけられた声に、驚く。
咄嗟に、魔石を持つ右掌を握ると反射的に裏拳を放つ。
「おい!待て待て!」
放った裏拳を辛うじて受け止めた相手をよく見ると、短く切りそろえた黒髪の女性だった。
白いドレスシャツと紺の濃淡チェックのスカート、紺色のブレザーという王立学園の女生徒用の制服姿をしている。
「あ……」
「あ……じゃないよ!終点の王都に到着しても、まだ座席にいるやつがいるから親切心で声がけしたんだぞ!」
黒髪の女生徒は、ムッとした表情で恨めしそうなこちらを伺う。
「すまない……考え事をしていたんだ……」
「……まあいいさ……しかし、意外と好戦的だったんだな。
そう言うとニカっと笑みを浮かべる。
「
「なんだか他人事のように言うのだな……」
肩を竦める仕草に、意外そうな表情で返される。
「……まあね……」
ゲームのアバターの渾名なんて完全に他人事だし。
心の中でつぶやき、妙に感心した表情を浮かべる黒髪の女生徒を改めて見る。
腰に漆黒の鞘に収まった特徴的な片手剣――刀のようなものを吊るしている。
よく見ると右手首の銀の腕輪に刻まれた幾何学模様と同じ意匠が刀の鞘に刻まれている。
「……ところで君は……」
「ああ、こちらが一方的に知っているだけだからな……私は「そろそろ降りてくれませんかね!」」
黒髪の女生徒の言葉を遮るように、定期馬車の御者が苛立ちながら割り込む。
「最終便は明日の始発便にもなるんですよ!始発便の準備として掃除を早く終わらせたいんで、降りてくれませんかね」
「あ、すいません」
「……すまない」
同時に平謝りをして、慌てて馬車を降りた。
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