第2話

 第三王女イリス様と相乗りした馬車から王立学園1年次の学舎前に降ろしていただく。

 第三王女の専属メイドマリアンナに会釈をしながら馬車の扉を閉じる時、第三王女イリス様の恨めしそうな視線に戸惑いながら。

 

 3年次の学舎へ走り行く馬車を見送った後、振り返って見上げると白亜の大理石で造られた古代ギリシア神殿のような建造物が視界に入る。


 「第三王女イリス様は、学生の身でありながら既に魔獣討伐に参加できるほどだからな……授業での体系的な魔法の実習と現地での演習――実戦の繰り返しが、能力を効率的に上げる手段になり得るか……」

 

 独り言ちながら、大人二人分の高さがあろうかという木製の重量がありそうな扉を押して学舎に入る。

 

「この3か月、授業での魔法実習と第三王女の専属メイドマリアンナで生活魔法は、使えるようになったけれど……能力値はな……」

 

 思考に沈みながら、胸の前で右手を左から右へ振る動作をする。

 目の前にステータス画面が表示される。


 ■ルイ=ラ=ソーン

 

 [Activity Value(活動値)]

  HP(体力):E+

  MP(魔力):D-

  PP(気力):E+


 [Ability Value(能力値)]

  ATK(筋力)   :E+

  VIT(耐久力) :E+

  AGI(器用)   :E+

  DEX(速度)   :E+

  LUC(幸運)   :E


 [Special Skill(固有スキル)]

  武装神技マルス:D- / 魔装神技アレス:E+


 [Common Skill(共通スキル)]

  生活魔法


 [Notes(備考)]

  武装神技マルス熟練度 D- 到達:【気力制御】【気力纏】【気配察知】【隠形】を獲得

  魔装神技アレス熟練度 E+ 到達:【魔力制御】【魔力纏】【気配感知】を獲得



 「の真似をして、ダンジョンの上層で魔物を狩るようにはなったけれど、まだまだだな……」


 幼い頃、別宅で護衛をしながら食糧調達をしてくれていた狩猟探索者ハンター達を思い浮かべる。


「……記憶の中にある美味しかった肉が、別宅近隣にあるダンジョンの階層主のものだとは思わなかったけれど……」

 

 自然と苦笑を浮かべながら、先ほどの馬車での会話を振り返りながら教室へ向かう。


 「この半年で多少、能力値は上がったけれど、武装神技マルス発動時の上昇値には届かないし……魔装神技アレスはまだ数回しか発動したことがないし……」


 ――魔装神技アレスが発動した1回もダンジョンのモンスターハウスにうっかり入り込んで死にかけた時だったとかは、口が裂けても第三王女イリス様その専属メイドマリアンナには言えない……。凄い剣幕で怒られそうだ。

 

 その状況を想像して思わず、苦笑いを浮かべる。


 「……ただ、武装神技マルス魔装神技アレスに熟練度が生えてきて、スキルのようなものが獲得できるなんて……」


 第三王女イリス様なら何か知っているかもと考えた時、馬車から降りる際の、恨めしそうな第三王女イリス様の視線を思い出し困惑の表情を浮かべる。

 

「そういえば……さっきのは、どういう意図だったんだろう……」

 

 馬車での第三王女イリス様とのやり取りを思い出しながら大学の講義室のように自由席となっている教室に入る。


 「まあいいや……第三王女イリス様から伺った話を参考にすると、能力値向上のためには実戦を繰り返すことが効率的みたいだから、今日も授業終了後にいつものダンジョンで修行あるのみだな。」


 3ヶ月通い続けたために習慣化されたためか、指定席と化した窓際の席に足が勝手に向かう。

 

 と、誰かが手を振っているのに気付き視線を上げる。

 はにかむように微笑む、赤味を帯びた金髪を後ろに纏め肩から垂らしている男装の麗人と、元気に手を振る赤毛の活発そうな少女が視界に入る。赤毛のポニーテールが手の動きに連動して左右に揺れる。

 

 男装と言っても、白いドレスシャツと紺の濃淡チェックのパンツ、紺色のブレザーという王立学園の男生徒の制服姿ではある。


 今の自分と同じ装いをしている。


 隣の赤毛の少女は、白いドレスシャツと紺の濃淡チェックのスカート、紺色のブレザーという王立学園の女生徒用の制服姿をしている。白いドレスシャツは、第2ボタンまで開けている。

 思わず程よく育った胸の谷間に視線が吸い込まれそうになるも、意思の力で視線を上にあげる。その視界に写る赤毛の少女の満面の笑みに不穏なものを感じ眉を顰める。


「……サリナ……悪だくみしてそうな表情だね……」

「あ、わかる?わかっちゃったかな?」

 

 ニシシという表情を浮かべるサリナに呆れたように表情を向ける。


「クレード家の後継者補佐が、悪だくみに加担するどころか率先して推進するのはどうかと思うよ。」

「クレード家の後継者補佐として、ソーン家との繫りを強固にするっていう重要な役割を果たしているだけだよ!……結果的に悪だくみみたいになっているけど……」


 心外なという表情で主張した後、目を逸らしながら小声で呟く赤毛の少女サリナをジト目で見る。

 王立学園入学後の3ヶ月間に赤毛の少女サリナが起こしたヤラカシの数々が脳裏を過ぎる。

 反省の色が見えないサリナに文句を言おうと口を開きかけるも、隣の男装の麗人がとりなすように間に入る。

 

「まあ……今回の件は結果的にルイのためにもなりそうだからさ……その、大目に見てもらえると助かる……」


 苦笑いを浮かべる男装の麗人へ視線を向ける。

 

「……テレア、って言うってことは、今回のサリナの悪だくみって……もしかして貴族派対応ってことかな。」

「まあ……半分は貴族派、主にレイナート伯爵家とその寄子の子爵・男爵令息達への牽制を意図した対応だよ。」

「もう半分は……何かな……」

 

 途中から目を逸らすテレアに嫌な予感を感じ、間髪入れずにテレアへ訊ねる。


「もちろん、腹いせだよ!」


 口を濁すテレアの代わりに、ドヤ顔をしながら清々しいまでの言い切ったサリナにどう切り返そうかと思案するも、テレアが心配そうな表情を向けてくる。


「……入学直後から始まっている貴族派からの嫌がらせだけれど、最近の……特にレイナート伯爵家のルイへの接し方は度を超えていると思うんだ。」

「先週のは、流石に僕だってって思うよ!」


 取りなすように話すテレアの後ろからサリナが主張する。

 

「……まあ、先週のことは流石にね。」

 

 苦笑いを浮かべ視線を2人の背にある窓ガラスへ向ける。

 そこに映るルイ・ラ・ソーンこのアバターの容姿を改めて見る。


 青味がかった少し長めの黒髪に菫色の瞳。

 黙っていれば少女のような目鼻筋が通った幼さの残る容貌。


 ――見た目通りに『令嬢』教育を受けていればいいものを!

 ――ソロン教司祭の母親に従ってソロン教で神官になるべきだろう!

 ――いや、魔法も碌に使えない以上、その容姿を武器に愛人しかなれないだろう!


 こちらを貶める言葉の数々に、よくこんな表現を思いつくものだと、途中から感心してしまった。


 しかし、『令嬢』という言葉……今朝、思わず独りごちてしまうくらい、意外と気にしているんだな。

 これもルイ・ラ・ソーンこのアバターの記憶を追体験することで考え方もに近づいているってことかもしれない。

 

「選抜試験でルイの実力は分かっているのだから、関係のない暴言を吐く時点で陰湿としか言いようがない!」

「というか、ミレティ様のことも貶める暴言には、聞いている僕たちが激怒しちゃったよ!」


 目が座っているテレアに同調するようにサリナが叫ぶ。


「……あれには、教師が途中で嗜めていたっけ……『ソロン教の銀姫ミレティ様にレイナート伯爵も命を救われたことがあるのを忘れるな』って。」


 ソロン教の銀姫ミレティ様の子供でも欠陥令息は、守る価値がないと暗に言っているようなものなのだけどね。

 心の中で教師もフェアなじゃないなぁと独りごちる。


「あの教師は、ソロン教の銀姫ミレティ様を貶める言葉を注意しただけで、ルイの味方ではないと思っている。」


 テレアを見ると、視線でと言わんばかりに見返してくる。

 

「だからさ、状況を利用して公式に報復できる場をセッティングしてあげたから、僕には感謝して欲しいくらいだよ!」

 

 サリナの爆弾発言に一瞬、思考と身体が停止フリーズする。


「えっと……どういうこと?」


 フリーズした身体の首だけを、なんとか回すようにサリナを見る。

 個人的には、ギギギギギと音が出たんじゃないかってぐらいの重労働だった。

 

「今週から始まる実技実習が、これまでの『正道剣の型を学ぶ』ものから『勝ち抜き戦』になるんだよ。」

「……『勝ち抜き戦』?」


 聞きなれない言葉を思わずオウム返しのように訊ねる。


「そ、具体的には『貴族派』と『王家派』に別れての『勝ち抜き戦』だよ!ルイはそこで大手を振って貴族派……レイナート伯爵家とその寄子の子爵家・男爵家の貴族令息達を公式に打ちのめしちゃえばいいんだよ!」


 熱っぽく力説するサリナに困ったような表情を向ける。


「……えっと、王立学園入学後、『実技』の授業で基礎訓練が続いていたのは、アドラ王国の騎士団で受け継がれてきた伝統的な『正道剣』を学ぶためだと思ってたんだけどな……」

「入学後3ヶ月間『実技』の授業が基礎訓練ばかりだったのは、今年の授業内容の見直しを行っていたからみたいだよ。」


 再びドヤ顔をするサリナに困惑する。

 

「そんな情報、どこから……」

「ここだけの話だけど……近衛騎士団のガウル団長からだよ!」


 少し声音を落とすサリナが悪戯っぽく片目を瞑る。

 

 選抜試験後に発覚したソーン家の不祥事の調査の一環で、第三王女イリス様の付き添いで事情聴取をされたことを思い出す。

 その際、近衛騎士団長を名乗った壮年の男性の顔が脳裏をよぎる。


「サリナはガウル団長と接点があったんだ。」

「クレード家もソーン家同様に近衛騎士団と共同戦線を組むことがあるからね。王都にいる僕がクレード家と近衛騎士団との連絡役になっているのさ。」

「なるほど。」

「その時に、貴族派への牽制にもなるアイデアが無いかって聞かれたから、僕が貴族派と王家派との実践形式での勝ち抜き戦を提案したんだよ!」

「……その提案をしたってことは、貴族派……レイナート伯爵家の学園での所業も話したってことかな……」


 思案顔で聞くと、サリナは満面の笑顔で応じる。


 今朝、第三王女の専属メイドマリアンナに見咎められて話してしまったことを思い出し心の中で合掌する。


 レイナート伯爵家とその寄子の子爵家・男爵家に明るい未来は、なさそうだ……。

 考えを巡らせるために沈黙が続いていることに、テレアが心配そうな表情をする。


「……ルイは、ガウル団長は苦手?」

「……苦手というか……見透かされているようで居心地が悪いというか……」

「……それは、ルイが授業が終わった後や休日に『地竜の巣』に行っていることがバレているかもっていうことも含めて居心地が悪いってことかな。」

「ッ!?……テレアに言ったっけ?」


 ドキリとして反応すると、テレアは大きく嘆息する。

 ジト目でルイを見ながらテレアは悪戯っぽく微笑む。

 

「……カマをかけてみたんだよ……入学後3ヶ月、1月ごとに身体の動きが妙に良くなっていってるからね……狩猟探索者ハンターの真似事とかしながら実戦訓練を積んでいるのかなって思うよ。」

「そうそう。『実技』の基礎訓練でルイと打ち合いをする度に、剣戟のキレや重さが増しているから、僕も『地竜の巣』で実践訓練しているのかなーて思ってたよ!」


 失敗したなと思いながらテレアやサリナを見ると、微笑ましいものを見る目でこちらを見つめている。

 照れ隠しに二人から目線を外す。

 

「『選抜』試験に続き、授業のカラキュラムも見直しってことか……」

「僕的には、ルイは『勝ち抜き戦』で貴族派……レイナート伯爵家とその寄子の貴族令息達を相手に10人抜きとか楽勝でだと思うな!」


 サリナの言葉にテレアも頷いて続ける。


「いずれにせよルイは努力していることを含め、公式な場で正当に評価されるべきだと思う。」

「そうだよ!いまだに選抜試験で示したルイの実力が『不正だ!』『インチキだ!』って言う輩が多いんだからさ。」


 テレアとサリナの言葉で、周囲の人たちからどう見られているのかを気にせず無視していたことを思い出す。


 この3ヶ月間、今までルイ・ラ・ソーンこのアバターの能力向上を主眼に活動していたからな。

 

 期待に満ちた目を向けてくる2人を見て、ルイ・ラ・ソーンこのアバターが少しでも救われるようにするには、周囲の人達の評価を変えていくことが早道だと思った。

 

 ――『幸せは待ってても訪れないんだ。だから迎えに行ってあげるんだよ。』


 現実世界で、父さんにいつか言われた言葉を思い出す。


 テレアとサリナの目を見ながら頷く。


「判ったよ。せっかくサリナが用意してくれた舞台を利用させてもらう。」

「うん!僕たちも応援するからね!」

「ルイならきっとできるさ!」


 ゲームのキャラクターではあるけれどルイ・ラ・ソーンこのアバターの幸せを迎えに行かないと。でないと、あまりにも救いが無さすぎる。


 二人の笑顔を見ながら、ルイ・ラ・ソーンこのアバターの評価を変える行動をしようと決意を新たにした。

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