ブライアンのひとりごと
夏緒
ブライアンのひとりごと
いつものカフェテリアで、ぼくはひとりBランチを注文する。
今日はミートスパゲッティだ。
カフェテリアの入り口の食品サンプルを見れば、どうやら添え物のリーフサラダがついている。
出されたスパゲッティとサラダの皿を木製の四角いプレートに乗せて、大量に用意されたフォークの中からひとつを選び、サラダに白っぽいシーザードレッシングをたっぷりとかける。
オレンジジュースは別料金だから、ぼくはいつもの冷水をグラスに注ぐ。
そうしてその一式が乗ったプレートを持って、ぼくは、いつものあの席に座る。
あ、また、笑っている。
ぼくは今日も彼女を眺める。
カフェテリアの隅でひとりBランチのミートスパゲッティなんて食べながら、そのカフェテリアの一番日の当たる場所でたくさんの友達に囲まれて笑っている華やかな彼女を、ぼくは眺める。
厚い眼鏡のレンズ越しにくっきりと映る彼女は、いつもたくさんの友達に囲まれている。
今日、彼女の右横の席を許されているのは昨日も見かけたあの派手な男友達だ。
目の前の席の、別の女友達の冗談に大きく下卑た笑い声をあげている。
ぼくはそれを見てミートソースが絡みついたスパゲッティをフォークに巻きつける。
蛇がとぐろを巻くように、ぐるぐるぐるぐる絡みつく。
彼女のチョコレート色に染められたロングヘアーが、彼女が楽しそうに笑うたびに微かに揺れる。
そのたびに、あっちにきらきら、こっちにきらきら、光を飛ばす。
日の光が当たって艶めくあの髪の毛は、指で撫でるといったいどんな匂いがするだろうか。
例えば甘いキャンディのような、例えば緑が息吹いたようなハーブの香りだったり、もしかしたら朝に採ったばかりのオレンジの香りだったり、するのだろうか。
さらさらと指から毛先がこぼれ落ちるその様は、さぞ心地よく、近くで見ればさぞや美しかろう。
ぼくが彼女の横に座る男友達にとぐろを巻いたスパゲッティのように嫉妬をすると彼女はそれを知ってか知らずかテーブルの下で、まるで見せつけるかのようにしてゆったりと脚を組み替える。
惜しげもなく晒したその瑞々しいふくらはぎに、ぼくはこのフォークを持っているほうの指を
するり
と這わせたい。
彼女の履き古してくたびれたグレーのパンプスをかかとから恭しくゆっくりと脱がして、きっと濃い赤が塗られているだろう爪先に一本ずつ丁寧にキスをして、足の裏から、さも
ねっとり
と指を這わせ、下から這い上がるようにしてそのふくらはぎの柔らかな感触を堪能し、優しくその膨らみを揉みしだきたい。
脛の骨に沿って舌を這わせたそのあとで、膝の裏を指先でくすぐってその白いふとももにまで手を伸ばしたら、彼女はどんな表情をこの ぼく に見せるのだろうか。
チョコレート色の髪の毛は、大袈裟に揺れるか、否か。
膝を隠そうとするスカートの裾からぼくの指先を潜り込ませてまるでそう、このスパゲッティにまとわりつくミートソースのようにして そこ に、
からみつく。
そうしてぼくはスパゲッティが絡みついたフォークを口に運ぶ。
口の端についたミートソースを舌先で舐めとると、そこで彼女がぼくを見る。
まるでぼくの舌先を覗くかのようにして、彼女は静かに目を細める。
そうしてほんの微かに、
ぼくに
笑いかけてみせるのだ。
そうするとぼくはなんだか今度は添えつけられたリーフサラダなんかを食べてみたくなって、ミートソースで汚れたフォークをその柔らかい緑色の葉に、突き立てる。
白いシーザードレッシングは、フォークに残ったミートソースで微かに汚れる。
ミートソースとドレッシングで汚れた新鮮なリーフサラダを、ぼくはゆっくりと舌の上に乗せる。
彼女は それ が、ぼくの口のなかにすっかり納まるまで目を細めてぼくを見ている。
ぼくがすっかり噛み砕いて飲み込んだのを確認してから、彼女は何事もなかったかのようにしてようやく、ぼくから目を逸らす。
まるで、今まさにぼくが食べたのが彼女の それ だったかのように。
そうしてぼくはその逸らされた目線に興奮して静かに身震いをする。
これだからやめられない。
これだから彼女は最高だ!
ぼくはひとり口元が弛むのを止められない。
ぼくのことにすべて気がついていて、それでいて遠くから餌だけちらつかせて寄ってこない。
誰にも気づかれないように。
ぼくと彼女に接点はない。
ぼくと彼女の関係は誰にも秘密だ。
これが他者にとっての真実か否かも問題ではない。
彼女は、ぼくが彼女にすり寄っていくのを待っている。
きっとぼく以外にもこんなふうにして誘っているに違いない。
それでもいい、それでもぼくはまた彼女を眺める。
ミートソースが絡みついたスパゲッティを、ゆっくりとフォークに巻きつけながら。
ブライアンのひとりごと 夏緒 @yamada8833
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